乳の方程式

Part35 ブラックホール


「マドゥーラ?いや、違うな…俺の意思をくじく為か?」

マドゥーラの姿のジャムが口を開いた。

”貴方達を死地に送り出した地球、そこに義理立てする理由があるの?”

船長は、一瞬考えるそぶりを見せた。

「一理ある。しかし俺は地球生まれの人間で、お前達は外宇宙から来た。第一、ルウもマドゥーラも他の皆もお前達に取り込まれ、ジャム
か、

ククールとか言う宇宙人の命令で動くロボットになっちまった」悔しげに口をゆがめる。

「違うか?地球には碌な奴が残っていないかもしれないが、だからと言ってお前達に魂を売る理由にはならん」

船を失くし、仲間を失い、体すら奪われた船長の、それが最後の意地なのだろう。


”ふ…”

”うふふふふふ…”

楽しげに笑う『マドゥーラ』ジャムと『ルウ』ジャム。

「笑いたければ笑え、どうせ負け犬の遠吠えだ」

”違うわ…ねぇ船長、貴方には真実を知る権利がある”

「何?真実」

”ええ、見ていないんでしょう、マドゥーラ医務長のレポート”

「マドゥーラのレポート?…そう言えば、オットーが色々と言っていたな」

”搭載艇には、航海日誌や医療記録がコピーされるんでしょう、ここにあるわ”

「それを知っているのか…やはりお前達は、頭の中から情報を横取りできるのか?」忌々しげに呟く「あいにく、俺は幽霊になっちまった

ようだ。コンソールには触れんぞ」

”心配要らないわ”

宙を漂っている船長の瞳が赤い幕で覆われた。 そして、不器用に動いて、手近のコンソールを操作する。

(ふん、体は完全に奪われたか…)

コンソールの一つにマドゥーラのバストショットが映り、彼女は落ち着いた口調で喋り始めた。


’マドゥーラ医務長記録、『ティッツマッシュルーム』の人体寄生の症例に関して’

’…『ティッツマッシュルーム』はこのように女性胸部に寄生する’


画面に映るマドゥーラが、大きく胸をはだけた。 

白い胸に不気味に脈打つ『ティッツマッシュルーム』がへばり付き、根元のほうでは癒着が進行していた。

「マドゥーラ…これは」 船長が驚いたのは、マドゥーラの体の状態にではなかった。

寄生されているのに、平然としているマドゥーラの態度に驚いていたのだ。

彼は漠然と、マドゥーラのレポートとは、『ティッツマッシュルーム』構造解析結果、解剖学的所見、分泌物の分析結果をまとめた物と思い

込んでいたのだ。

(マドゥーラは自分自身をモルモットにしていたのか?)

が、直ぐに思い違いは訂正される。


’…いつ寄生されたのか、全く記憶がない。就寝中にリタが、『ティッツマッシュルーム』を私に植え付けた可能性が高い’

’…船長への報告や切除は全て失敗した。 対応策を考えていると、急にハイになったり、眠くなったりする。記憶が飛ぶこともある。『テ

ィッツマッシュルーム』の防衛機構だろうか…”

’…記録を取ることは問題ない様だ、取り合えずこのまま分析を続行しながら対策を考えよう…”


淡々と報告を続けるマドゥーラ、刻々変わっていくタイムスタンプ。

彼女は、『ティッツマッシュルーム』の寄生が進行していく事に恐れる様子も見せず、ただ医務長としての責務を果たそうかとしているよう

に見える。

船長はその様子に感銘さえ覚えた。


’…どうやらこの赤いアメーバ状の生物が、私の意志に介入しようとしているらしい…’

’…感覚が鋭くなったり、急に欲情したりする。 リタが絡んできたり、自慰行為に耽っているのも赤いアメーバに誘導されている為だろう…’

’…このままでは遠からず、私もリタの様になるだろう…’

’…『ティッツマッシュルーム』が分泌物で、赤いアメーバは脳に直に干渉しているらしい、精神安定剤を試してみる…’

’…効果が薄いし、持続時間も短い。もう時間もない。危険だが精神安定剤と興奮剤を交互に、許容量の倍試してみよう…’


そう言ってから、マドゥーラは机の上においてあった青い圧入式注射器を首に押し当てた。 能面の様に表情がなくなる。

続いて赤い圧入式注射器を首に押し当てる。


’…う…ぅぅ…’


呻くマドゥーラ。 うなだれているので表情が見えない。 

(マドゥーラ、どうした!)拳を握り締める船長。

長い時間が過ぎ…顔を上げたマドゥーラは…泣いていた。


’…カルーア、貴方の子供は私が命に代えても、地球に…’

’…どうして…ルウ…どうして貴方は私の前に現れたの…’

’…地球はおしまいよ!こんな計画が何になるの!…’

’…不老長寿の宇宙キノコですって…狂ってる、皆狂っているのよ!…’


「…これはいったい?…ジャム!マドゥーラはどうなったんだ」

”薬物の過剰投与で精神が不安定になったのよ。『ティッツマッシュルーム』でも抑えられないほどに。でもそれだけじゃない”

「なに?」


’…狂っている、皆狂っている…死んでしまう、このままではルウが死んでしまう…’

’…ルウを…愛しいルウを助けなければ…’

’…そうだ…これだ…これをルウに植えつければ…ルウは死ない…駄目だルウは男の子…’

’…いや…赤いアメーバが『ティッツマッシュルーム』を制御しているとすれば…’

’…そうだ…これがオットーの言っていたように…宇宙人の体を改造できるとすれば、人間の体を作り変えることも、いえ心だって自由に

制御できるかも…’


けたたましく笑い、号泣し、そしてとんでもない事を口走り始めたマドゥーラに、船長は恐怖を覚えた。

「マドゥーラ…何を言っている…」

”マドゥーラ医務長は強い人だった。 でも機械じゃないわ。 いえ、誰よりも熱い心を秘めた人だったのよ”

「鋼鉄の神経と呼ばれたあいつが?」

”友人の死、地球への不信、あまりにもばかげた秘密の目的、これらがあの人の心の中で渦を巻いていた…そして、託された小さな命に

対して芽生えた、許されない恋心…”

「まさか…ルウに…」船長の問いにジャムが頷く。

「馬鹿を言うな!?親子ほど、いやそれ以上に歳が離れていたんだぞ!」

”男女の間に年齢差は関係ないでしょう…ねえ” 


船長は大きく息を吸い込んだ。

「これがお前達の言う真実か?マドゥーラは狂気を内に秘めていたかも知れん、しかしが表面化したはお前達の関与があればこそだろうが!」

”否定はしない”

「そして狂ったマドゥーラをお前達が取り込み、皆を女性化し共生体に改造してまわった」

”否定はしない”

「『ニューホープ』の全員が、お前達とククール達のロボットになった言う事実わかわらない」

”それは否定する”

「え?」

虚をつかれた船長を、背後から抱きすくめる手があった。


’…ルウの為、ルウの為…きっと船長だって協力してくれる…ねぇ、船長…協力してくれるわよね…’


「!?」振り返れば、コンソールから突き出た二本の腕が彼を捕まえている。

「ばかなぁぁ!?」

『ウ…ウフフフフフフフフ…』 

続いてコンソールと反対の方から、しっとりと濡れた笑い声が響いてきた。

見れば、女性化しつつあった自分の体が、完全な女となってツナギを脱ぎ捨てている…いや…

「ま…マドゥーラ…」

そこに居たのはマドゥーラだった。


「どういう事なんだ…いったい…」

『これは全て幻…貴方の頭の中で起こっている幻覚よ…』

’私は言わばマドゥーラの記憶…’ コンソールの中からマドゥーラが語る。

『そして私は…』 マドゥーラの体が、足を開き、黒々とした女陰をこちらに向ける『マドゥーラの狂気…』

「ひぃっ…」 戦慄が船長の背筋を駆け抜ける。

’貴方は…そう、船長の『最後の理性』…それも間もなく呑み込まれる…『狂気』に’

マドゥーラの女陰の奥が見えた…次の瞬間、船長は強い力で引っ張られた。

「ひ、引きずり込まれる!」

『おいで、船長…『理性』が『狂気』に呑み込まれる…余計なことは全て消えうせる…最高に気持ちいいから…』

「ひぃぃぃ!」 生まれて始めての恐怖が、船長を支配した。 

そして、もっとも話の通じそうな相手に助けを求める。

「た、助けてくれ!ジャ、ジャム、お前達でもいい。マドゥーラを何とかしてくれ!」

”そうしてあげたいけど…”すまなさそうに顔を伏せる

”ぼくらも…全てのジャムが…マドゥーラの狂気に感染したんだよ” 顔を上げたジャムは…狂気の笑みを浮かべていた。

「ば!」

”ぼくらがマドゥーラを支配したんじゃない、マドゥーラが…マドゥーラの狂気が僕たちを支配してしまったんだ”

「あぁ…ぁぁぁぁ…」 船長が凍りついた、絶望に。


’…アメーバは我々の脳髄とダイレクトにリンクする方法を、覚えていった。 私にリンクしたアメーバは、私のルウへの『想い』を写し取っ

てしまった…’

’…だが、これで条件が整った。ジャムと『ティッツマッシュルーム』を使い、乗組員全員に私の『想い』をコピーすれば…’

’…全員がルウの為に働いてくれる。 ルウは死なずにすむわ…’

’…アメーバは、宇宙人も、ルウのトモダチに…’

’…宇宙船だけでは足りない…ルウには地球が必要だ…ルウの為に地球も、残りの地球人も…’


マドゥーラの記憶が吐き続ける狂気のフレーズをBGMにして、船長の理性はマドゥーラの狂気に引き寄せられていく。

赤く蠢く女の情念の向こうに、狂気のブラックホールが彼を呑み込もうと待ち構えていた。


「ばかな…俺の頭の中の事なら…なぜ自由に…うぁぁぁぁ?」

船長の足がマドゥーラの秘所に触れた。 

熱い陰唇のベーゼに、足が蕩けるような快感が襲い、同時に下腹に甘い疼きが走る。

『ふふ、体は一足先に女になってしまっている。男として女に呑み込まれながら、同時に女としての初めてを迎える…とても正気ではいら

れないわよ…』

「…ああ…ぁぁぁぁ…」

『船長…私に同情していたでしょう?…私の苦しみを…でもね、理性が狂気を理解したら…それは理性じゃなくなってしまう…うふふふ…』


ずぶりと足が、太ももの辺りまで呑み込まれる。 

グチャグチャとすねの辺りに纏いつく秘所。 足が蕩けていくようだ。

ビクリビクリと震える船長を、マドゥーラの女が飢えた獣の如く咥え、舐め続ける。

「と…蕩ける…蕩けていく…」

白目を剥いて、マドゥーラの足にしがみついた船長は、腰を揺すってマドゥーラをかき回す。

ビチャ…ビチャ… 腰から腹を滑る液体で光らせ、ずぶずぶとマドゥーラに沈んでいく船長。

同時にお腹の中に、暖かいものが生まれて来る。

『船長…さあ…ルウの事を考えて…』

「ルウ…ルウ…う!」

小さな少年の事を考えると、愛しさに頭が真っ白になった。


無重力空間で器用にハイハイをしていた赤ん坊。

過酷な木星で、皆に希望を与えてくれた坊やの笑顔。

地球への帰還を前に、誕生日のケーキに顔を綻ばせた少年の笑い声…


「あぁぁ…」 全てがルウ一色に染まる。

気が付けば、マドゥーラのソコからは、船長の手だけが覗いていて、それもゆっくりと裂け目に消えていく…

船長もマドゥーラの狂気に呑み込まれた。


…ロイ大尉は震えていた。

スクリーンの中で船長は宙を漂いながら、次第に豊満な体つきの女に変わっていく。

その呟きは、次第に意味を成さなくなっていく。

ごろりと言う感じて頭が動き、その瞳がスクリーンを見た、赤くにごった目で。

ブツリ

唐突に画像が切れた…しかし、何故か赤い瞳だけがスクリーンに映っている。

「!」

振り向いたロイ大尉の目に映ったのは、4つの乳を蓄えた女の姿だった…


”コード****…金のリンゴを確保、神の奇跡に感謝を”

船長は、ジャムに言伝られていたオットーの専用コードで『アップルシード』確保の報告を送る。

「これで、『ニューホープ』は月軌道までは大丈夫ね…」

振り向いた船長の視線の先には、ロイ大尉の体が浮いている。

その胸には、地球人の男性用に改良された『ティッツマッシュルーム』が吸い付き、彼を狂気の中に誘っている。

直に彼も彼女に、そして忠実なルウのトモダチに変わるだめろう。

「さて…次は…月基地を…」 船長は顔を上げて外を見る。

”ルウの為に…”

「ええ、ルウの為に…」


『ニューホープ』の船内で、ルウはジャム達と小さな青い星をじっと見ていた。

あどけない顔の少女の横顔に、マドゥーラが愛情溢れた視線を注ぐ。

「マドゥーラ…ねぇ、トモダチいっぱいできるかな…」

”トモダチ!””トモダチ!””トモダチ!”

ジャム達が声を合わせる。

「もちろん、地球の皆がルウのトモダチになってくれるわ…」

「ほんと!」ルウが無邪気な笑顔で振り返る。「楽しみだね」

「ええ、とっても楽しみ…」


ウフ

ウフ

ウフフ…

アハハハハハハハハハハハハハ…

楽しげな笑い声に包まれ、『新しい希望』は地球に帰還する。


<乳の方程式 終>

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