第六話 童

5.転生


 数日後、彼はある事に気がつき、大学の端末から新聞社、警察のDBにアクセスしていた。

 「冬の甍岳で遭難して生還した者のは……三人か。 次は……公開されている行方不明者に該当者は……」

 眼鏡の奥で目が見開かれた。

 「三人とも行方不明……つまり100%の失踪率……」

 遭難者の数が少ないのは、彼の様に遭難とされる前に一度帰ってきたからだろう。 だが、そんなことは問題ではない。

 「行方不明になっていると言う事は……帰った後で……」


 ……たとえ帰れてもな、『雪童』が迎えに来るげな……


 「逃げよう!」

 端末を切り、アノラックを着て、食料の詰まったリュックを背負い……そこでやっと気がついた。

 「なんで?」

 愕然とする彼の周りで冷気が渦巻き、白い霧が視界を遮った。

 ビョオ……

 一陣の風によろめき……そして彼はあの場所に立っていた。

 「こ、こんな事が……」

 ”きやれ……”

 背後からの艶かしい声に振り返れば、薄絹を纏った美しい女性が彼を見つめていた。

 「ゆ……ゆきおんな」


 女が優雅に手を広げ、彼を招いた。

 彼は操られるようにふらふらと歩み寄り、その腕に抱かれる。

 「あ……」

 するりと二人の着ている物が滑り落ち、一糸纏わぬ姿となった。

 たじろぐ彼に、『ゆきおんな』が唇を重ねた。

 ”ようきた……さぁ、ぬしの熱い精で、われを暖めておくれ……”

 『ゆきおんな』の言葉は、抗いがたい力で彼をからめとる。

 二人は雪の上にゆっくりと倒れこむ。 不思議と雪は暖かかった。


 はぁ……はぁ……

 彼は『ゆきおんな』の胸に顔を埋め、熱い吐息を漏らす。 彼女のそこは、優しく彼を迎え入れ、熱く粘りついて奥へ誘う。

 彼は誘われるままに腰を突きこんだ。

 「うっ……」

 熱い蜜の壷に亀頭がはまり込む。 痺れるような快感で亀頭が震え、男根の中をいなづまのごとく貫いた。

 「あっ……ああっ……あああああっ……」 

 熱い快感に身を震わせ、彼は熱い精を『ゆきおんな』の奥に注ぐ。

 ”ああ……熱い……熱いぞえ……”

 『ゆきおんな』の喜びの声が、彼の快感を倍化させた。

 「くふっ……くふっ……」

 彼は余韻に浸りつつ、力を失った男根を抜いていく。 が、滑る肉襞が亀頭を弾いていくと、たちまち力がみなぎって来るではないか。

 「うっ……ううううっ」

 獣の様に唸りながら、再び『ゆきおんな』に腰を突きこむ。 再びの絶頂が男根を痺れさせ、熱い精を吹き上げる。

 「うぁぁぁぁ……」

 ”はぁぁぁ……”

 彼は一突きごとに絶頂と余韻を繰り返し、絡みつく白い女体に精を注ぎ続けた。


 「ぐっ……」

 唐突に意識が戻り、凄まじい空腹感と胴震いに襲われた。 彼は凄まじい勢いでリュックの中の食料を口に運ぶ。

 ”ふふ……たんと食すが良いぞ……”

 『ゆきおんな』は、そんな彼の様子を目を細めて眺め、背中を優しく摩っている。

 「がふっ……あ、貴方は……ゆ、ゆきおんななのか?」 彼は勇気を奮い起こして尋ねた。

 ”ゆきおんな?……さて、知らぬな。 われらは、ただこうして生きてきた”

 『ゆきおんな』は彼の背中に胸を擦り付ける。

 「うっ?……」

 『ゆきおんな』に対する恐れや疑念が、湯をかけられた雪の様に消えていく。 柔らかい胸の感触が、彼の意思を奪っていくようだ。

 ”われらは山が雪に閉ざされる間、こうして人の男(おのこ)と肌を合わせて過ごす”

 「肌を……」 彼は意思が奪われていくのに必死で抵抗した。

 ”そう……肌を合わせ……我らを暖めてくれる相手を”

 「相手を……他の子達は……」

 ”優しいのう、ぬしは。 懸念には及ばぬ、選ばれたはぬしだけではない……”

 「他にも……」

 ”そう……さぁ”

 『ゆきおんな』は彼を仰向けにすると、彼の腰に跨り、反り返った男根に秘所をこすり付ける。

 ”楽しむが良いぞ……我が男(おのこ)よ……”

 滑る秘所が男根の上を二往復もすると、彼は再び『ゆきおんな』の虜になる。

 固くなった男根を妖しく誘う女陰に沈め、『ゆきおんな』に精を注ぐ。

 「あっ……あああっ……いく……」

 ”ぬしの精はおいしい……もっと……もっと……”


 時折回復させられながら、着実に彼は弱っていった。 そして、食料も尽きてしまった。

 「はぅ……はうう……」 喘ぐ声に力がない。

 苦痛は感じない。 しかし体が重く、だるい。

 (ああ……眠くなってきた……)

 ”これ……しっかりせんか……”

 『ゆきおんな』はからかうように言った。 その顔は無邪気に笑っている。

 (僕が死のうがかまわないんだな……)

 彼を抱いているのは残酷な冬の精。 力尽きれば死あるのみ。

 「……」

 彼は覚悟を決め、目を閉じる。 その時、暖かい風が彼のほほを撫でた。

 ”む?”

 『ゆきおんな』が動きを止めた。

 「?」

 彼は目を開ける。 『ゆきおんな』が空を不思議そうに眺めている。

 ”時が来たか……これ、我が男(おのこ)よ”

 「?」

 ”達者でな”

 再び暖かい風が吹いてきて、彼と『ゆきおんな』を包み込む。 と、『ゆきおんな』の体が霞んだ。

 「!?」

 思わず差し出した彼の手をすり抜け、『ゆきおんな』は無数のうす桃色の花びらに姿を変え、風に乗って舞う。

 ”次の雪とともにわれらは新たな生を受ける……さらば……”

 春の喜びに舞いながら、花びらは天を目指しす。

 振り返れば、山のほかの場所からも花びらの塊が続いて行く。

 「そうか」 彼は空を見上げた 「春が来たんだな……」

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 若者が話し終えると、ゆらりとロウソクの火が揺れた。

 「それで命が助かったわけかい」 滝が呟いた。 「運が良かったな」

 「ええ」 若者は相槌を打った。

 「『ゆきおんな』ね……まぁ貴重な体験をした訳ですね」 と志戸が受ける。

 「ええ」

 「まぁ、これに懲りて雪山には……」

 「また、行きますよ」

 若者の返答に、滝と志戸が目を剥く。

 「なに考えてんだ、あんた。 今の話だと『ゆきおんな』は、冬にはまた戻ってくるんじゃないか!目を付けられていたらどうする!」

 「だから……」若者は立ち上がる「行くんじゃないですか」

 若者は、歪んだ笑みを浮かべ、リュックを背負うとその場を離れた。


 「最近の若い奴は……火も消してねぇ」

 滝がロウソクを消そうと立ち上がり、ロウソクに手を伸ばす。

 その目の前で、一陣の冷たい風が渦を巻いて火を消した。

 顔を上げた滝は、風に乗って踊る白い童たちの姿を見たような気がした。

<第六話 童 終>

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