第七話 珠

1.石玉


 真珠色のロウソクが灯る。

 ロウソクの明かりに照らしだされたのは、着物を着た少年らしかった。 うつむき加減の顔は少女の様に

線が細く、儚げだ。

 (おい、ガキじゃねぇかよ) 滝は舌打ちし、少年をたしなめる。

 「坊主、一人で夜遊びするには十年早え。 誰かに送らせるから帰りな」

 少年の代わりに、背後の闇から落ち着いた女性の声がした。

 「お気遣い有難うございます。 私共がついておりますゆえ」

 「保護者付きか? ん……ならいいか。 遅くなる前に始めてくれるかい」

 闇の中から白い手が伸び、少年の首に軽く触れた。 少年はぴくり動き、おずおずと顔を上げる。

 (ほお……)

 正面から見ると、かなりの美少年だ。 しかし整いすぎた顔立ちは生気に乏しく、人形が動いているような

印象を受ける。

 「……」

 夢から覚めたように瞬きする少年に、白い手が何かを手渡した。 少年は、それをそっとロウソクにかざす。

 それは、薄暗い炎よりも白く輝いていた。

 「ほぉ……珠? こいつに由来する話なのか?」 

 少年はかすかに頷き、澄んだ声で語り始めた。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 しとしと、音のない雨が卒塔婆を濡らす。 墨の色が一際新しい卒塔婆の前に、初老の男が佇んでいる。

 「かかぁ。 おめぇはこの下で朽ちて骨になるだよな」

 男は陰気な口調で呟き、懐から小さな石の玉を取り出した。

 「おら、馬鹿だ。 なんもできねぇ。 だから出来ることをしてみただ。 お前の為に、玉、磨いただ」

 男は、石の玉を卒塔婆の前に置いた。 石の玉は完璧に磨かれ、雨粒が滑り落ちていく。

 「かかぁ……よぅ」

 男は土饅頭の前にひざまづき、子供の様に泣きじゃくった。

 鳴き声に波の音が重なり、海辺の墓場に陰鬱な雰囲気が漂う。

 「かかぁ、またくるだ」

 男は大儀そうに立ち上がり、おぼつかない足取りでその場を離れた。


  男の姿が見えなくなると同時に、卒塔婆の前に白い着物を着た女が現れた。 女は雨を気にする様子もなく、石の玉を拾い上げた。

 「心のこもった細工…… きっと美しい魂を……」

 女は、雨に溶けるように姿を消した。 後に残された卒塔婆の墨が、微かに流れる。

 『磨時素体流』

 卒塔婆には、そう書かれていた。


 日が暮れる前に、男は漁村のはずれの小屋に帰った。 麦と雑穀を、雑魚と一緒に囲炉裏で煮て、粥を

作る。

 「いただくだ」

 粗末な椀に粥をよそい、ぼそぼそと食べていると、ほとほとと戸を叩く音がした。

 「誰だぁ?」

 殿様がいる城下町ならともかく、小さな漁村で日暮れに出歩く者など皆無だ。 男は首を傾げつつ、戸板を

外した。 

 「ごめんくださいまし」

 戸の向こうには、提灯を下げた白っぽい着物の女が立っていた。 男は腰を抜かし、念仏を唱える。

 「ひぇ、なんまんだぶ、なんまんだぶ。 おら、悪いことは……幾つか覚えがあるども、堪忍してくんろ」

 「もし、私は貴方に害をなすものではありません。 わが主の為に、あなた様に細工をお願いしに参ったの

です」」 

 「は? 細工? なにかの間違いでございましょ。 おらぁ、船大工の下働きで、フイゴ番やら、碇石の削り

出しは出来ても、細工などできましねぇだ」

 そう言いながら、男は女を小屋に招きいれた。


 女は『お浜』と名乗り、男は何もねぇですがと言いながら、白湯を湾に注いで出す。

 「失礼ながら、貴方様が連れ添いの方の為に、見事な玉をお供えしているのを拝見しました。 その腕を

お貸しいただきたいのです」

 「あれを……はぁ。 ですがぁ、おらぁ、昔石工の見習いだった時に見よう見まねで、玉の磨き方覚えた

だが。 あれは、おっかぁが、いんでもうたが悲しゅうて……」

 「引き受けていただけませぬか」

 お浜は男の手をとり、ひたと目を見据える。 年をとっても男は男、女の願いは断りにくい。 不承不承で

あるが、お浜の依頼を受けることとなった。


 翌日、昼過ぎにお浜がやってきたが、どういうわけかお浜が来る直前からひどい霧が出てきていた。

 「どこさぁいくか知らねぇども、こりゃあ難儀なこった」

 言外に、日を改めてと言ったつもりだったが、お浜は頓着せず、男を漁村の浜に連れ出す。

 「岩女」

 「ここに」

 短い答えがあり、霧を払うようにして一人の女が現れた。 がっしりした体格で、男より一回り大きい。

 「お客様を案内します。 さ、あの小船にて案内いたします」

 「は?」

 なにしろ伸ばした手の先が霞むほどの霧、漁師でない男にも、船が出せる状況でないのは歴然としていた。

 しかしお浜は、半ば強引に男を小船に乗せ、沖へと漕ぎ出させた。


 前後もわからぬ霧の中を小船は進む、いや、進んでいるような気がする。

 「……」

 ひょっとして、自分は三途の川を渡っているのだろうか……等と男が考え出した頃、前方に黒い影が見え

た。

 「あの島にわが主様がいらっしゃいます」

 「島? はて、こんな近くに島がありましたかのぅ」

 男が首をかしげている間に影はずんずん大きくなり、気がつけば小船は砂浜に乗り上げていた。 艪を

握っていた岩女が先に浜におり、浜辺に置いてあった厚い板で、船縁と浜に橋をかける。

 「さ、お手を」

 お浜に手を引かれて、男は浜に降り立った。 

 岩女を残し、お浜は男を島の奥に案内する。

 
 「綾音様、お蝶様。 お探しの方を連れてまいりました」

 お浜の主は『綾音』という名の色白で線の細い少女だった。 ちょうど『女』になったかどうかの年頃に見え、

殆ど白無垢に見える着物を纏っており、その髪の毛までが白に近い色だった。

 だが白髪ではなく、不思議な色艶をしており、光の加減で七色に光っている。

 その脇に控えている黒い着物の女性が『お蝶』。 こちらは二十歳過ぎに見え、黒い髪をしているが、

髪の色艶は『綾音』とよく似ている。

 「なるほど、なかなかに美しい魂を秘めておるのぅ」

 お蝶の言葉に男は困惑した。 彼女が何を『美しい』と言ったのか、見当が付かなかったのだ。

 「あの、おらぁなにかの細工を頼まれたんですが……」

 「はい、貴方様にお願いしたい事がございます。 これ、シジミ衆。 骸をもて」

 骸とは死骸の事、何の骸が出てくるというのか。 男は内心驚いた。 するりと襖が開き、五人の稚児が

三宝を捧げ持ち、男の前に置く。 三宝には、貝殻がうずたかく積まれていた。

 「これは……貝がら、蛤の貝殻でごぜえますか?」

 「いかにも、お浜の子供たちの骸じゃ」

 お蝶が奇妙なことを言い、男は首をかしげる。

 「お浜様の……お子様?」

 お蝶は頷き、脇に控えたお浜を示す。

 「我らは人にあらず、年を経た貝が霊力に通じて変化したものなり。 お浜」

 声をかけられたお浜が、平伏する。 するとその姿が霞み、人が納まるほどの『蛤』に変じた。

 「あらら、これは異なり」

 三文芝居の台詞を吐いて、男は腰を抜かした。

 「これ、驚くでない。 人は我らを『貝姫』と呼ぶ。 『貝姫』がぬしに細工を所望したは、真実なり」

 お蝶は三宝を示す。

 「のう、これらの骸に麗しい『死に化粧』を施してもらいたい」

 「化粧……」

 「左様。 死せる者は帰らぬが理。 せめて、麗しき姿にて送り出してやりたいのよ」

 「は、ですがぁ、おらでなくとも」

 「細工は心、主の作りし玉には、心がこもっておったとお浜が申しておる。 その心根で、お浜の子供らの

亡骸を飾ってはくれまいか」

 「は……はい」

 ここで、綾音が口を開いた。

 「頼みます。 仕事をなしたあかつきには、お浜が存分な礼をするでしょう」

 「へぇ……ときに、綾音様のお頼みごとは?」

 「まずは、お浜の頼みを聞いてくださいまし。 その後、私とお蝶の頼みを話しましょう」

 「は、はぁ」

 こうして男は、『貝姫』達の依頼を受けることとなった。

【<<】【>>】


【第七話 珠:目次】

【小説の部屋:トップ】