第六話 童

4.誘う声


 甍岳を後にして数日。 あの出来事が嘘だったように、彼は平穏な日々を過ごしていた。 

 「ふう……」

 西日がさすアパートの散らかった部屋に戻ると、教科書やがらくたの入ったナップザックをロフトに放り投げ、軋む椅子に腰掛けた。

 ヒョウ……

 暖房が効いているはずの部屋の中で、冷たい風が首筋を撫でた。 彼は驚き、椅子ごとひっくり返る。

 「あたたた……隙間風かな……」

 体を起こしかけた彼は、床に散らばった本の、その中の一つに目を留めた。

 『山岳ガイドブック 甍岳編』

 パラララララ……

 風がページをめくり、昔話のページが開いた所で止まる。  


 ……たとえ帰れてもな、『雪童』が迎えに来るげな……


 「……ぐ、偶然って怖いな……はは……ちょっと寒いかな……」

 机にかけていたジャンパーを羽織る……グレーのはずの袖が黄色い。

 「……」

 振り返って姿見を見る。 黄色いアノラックを着ている自分の姿が映っている。

 「……そ、そうだ夕飯を買いに……」

 ロフトの上からナップザックを取って背負う。 ずっしりと重い。

 「……」

 姿見には、冬山登山装備の彼が映っている。


 ”おいで……”

 一陣の風と共に、少女の声が聞こえた。

 「ひっ……」

 ”おいで……暖めて……この間みたいに……”

 少女の声に、彼の脳裏に『雪童』との戯れを思い出した。 生々しい素肌の感触、そして……

 「この間みたいに……?」

 頭の中で淫らな記憶が鮮やかに蘇り、他の一切が追い出された。

 「呼んでいる……山が呼んでいる……」

 登山とは無縁の妄想に支配され、彼はアパートを後にする。


 ウフフフフ……

 アハハハハハ……

 軽やかな少女の笑い声に我に返った。

 いつの間にか、彼はあの白い闇の中に来ていた。

 「い、いつの間に? き、君達は?」

 白い雪の上で、二人の裸の少女が楽しげに踊っている。

 この間の『雪童』よりは大人だが、『女』にはもう少しとういうところだろうか。

 (そ、育ったのか?)

 顔形は『雪童』のうちの二人に良く似ている。 だとするとあと一人は?

 佇む彼に、一人の『雪娘』が近づきその手を取った。

 「待っていたのよ」

 その言葉に心臓が高鳴った。 彼は手を引かれるままに、この間の雪洞に連れて行かれた。

 「ここは……」

 呟く彼の両脇に、二人の『雪娘』が寄り添って熱っぽく囁く。

 「ねぇ……暖めて」

 「私の中に……熱いのを頂戴」

 雪洞の中が、密やかな喘ぎで満たされるまで、たいした時間はかからなかった。


 はぁ……はぁ……

 熱いため息が漏れる。

 『雪娘』の秘所では、幼さを残した花びらが息づき、それが彼の男根を捕らえて離さない。 その感触は愛撫というより、獲物を舐める肉食獣の舌のようだ。

 「ああ……喰われる……」

 哀れな獲物は、倒錯的な興奮に身を固くする。

 「可愛い……いま食べてあげる……」

 『雪娘』は小悪魔の様に笑うと、その秘所に男根を咥え込む。

 「!……」

 強烈な締め付けが、男根を絞り上げ、同時に蕩けるような柔らかさで淫肉が男根に吸い付く。

 矛盾した感触に男根はーが混乱し、彼は瞬時に『雪娘』の虜となる。

 「ああぁぁぁ……」

 「固くて熱い……おいしい……」

 うっとりと呟く少女の囁きは、彼の心に深い喜びを生み出し、体の芯がかっと熱くなる。 それが『雪娘』の狙いでもあるのだろう。

 「うふふふ……さぁ……熱いのを頂戴……」

 そう言って一層深く、腰を沈めてくる『雪娘』。 その動きに彼の男根は、『雪娘』の奥深くに誘い込まれる。

 「あっ……あっあっあっ……」

 亀頭が魔性の肉襞にはまり込み、舐め回された。 それとともに、熱い快感が彼の腰を支配した。

 「い……いい……あっ」

 男根の芯に深い快感を覚えながら、彼は『雪娘』の奥に熱い精を注ぎ込む。

 「……熱い……」

 腰を揺すって歓ぶ『雪娘』に、彼は熱い精を捧げ続け、とめどなく続く快楽に酔いしれる。


 「うぅ……」

 『雪娘』から解放されると、彼は猛烈な空腹感と冷感に襲われた。

 リュクに手を突っ込み、夢中で食料を詰め込む。

 「ほらほら、しっかり食べないと精が尽きちゃうよ」

 「うふふ、頑張って」

 その物言いには一遍の優しさも感じられず、彼は恐怖を覚えた。

 (こいつらは、僕のを食料としか見ていない。 僕が死んでも気にしないんじゃないか)

 濃縮ミルクを飲み下しながら、彼はここから逃げ出す方法を考えていた。 しかし……

 「次はボクに頂戴……」

 囁かれると逆らえなくなる。 『雪娘』の虜になった彼は、『雪娘』と肌を重ね、熱く濃厚な精たっぷりと注ぐこと以外考えられなくなる。

 熱く淫らな地獄の中で、彼は生死の境をさまよい続ける……


 ドサッ……

 やせ細った体がロフトに倒れこんだ。

 どうやってアパートに帰ってきたのか、どうしても思い出せない 

 (どのくらいあそこにいたんだろうか……)

 ちらりとそんなことを考え、彼は意識を失った。

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