沼の娘

14:エピローグ


さて、『カンツェーラ』達の、文字通りの『魔の手』を逃れた教授、コットン助手、青年の三人は…

彼らは、外の沼を一気に突っ切って、最初に沼に入った時の、沼に突き出した地点にたどり着いた…
「教授、陸です。 助かった…」
「いや、このままボートで進むんじゃ、多分沼から流れ出る川か水路があるじゃろう。 君、名はなんといったかの」 教授は青年に尋ねる。
「リコ」 青年は短く答えた。
「どっちに行くべきかの、右か左か…」
「多分…左…」
「うむ、では左じゃ…」

そのまま、左手の方を岸沿いに進むと、ほんとに水路があった…
「ほんとだ…教授、なぜわかったんです?」
「『カンツェーラ』は水棲じゃ。 なのに沼よりかなり前に襲われたからの… 歩くよりここを行ったほうが早いじゃろう…」
そのままボートは進む、間もなく日が暮れたが、今は休めない。 漕ぐのを交代にして夜通し進む…

夜半を過ぎた頃、小さな池に出た。 水路はそこで終わっている。 三人はここでボートを捨て、月明かりを頼りになおも先に進む。
程なくして、密林を横切る『白い道』に出た。 それを越してなおも先を急ごうとする。
「つ、疲れた…ここで休もう…」 リコが提案する。
「『カンツェーラ』が追ってくるかも知れん…まだ水からさほど離れておらん…」
「大丈夫…『神の道』を越えたから…」 リコはへたり込みながら言う。
「ほう、詳しいな…」教授がポツリと言う。 

「え…」 リコがギクリとする。
「ゲリラは『カンツェーラ』の事はよく知らんと思っていたがの…」 教授はリコの目を見る。
「…」
「君は村の人間じゃな」 教授の口調は事実を確認するかのようだ。
「あ、ああ…そうだ…脅されて…道案内を…」
「なら、なぜ危険な『カンツェーラ』の沼に行った?」
「…」
「最初から、そのつもりだったんじゃろう…ゲリラどもを『カンツェーラ』の沼に誘い込む…わしらはその口実か、エサというところかの…」
「教授、彼も危険な目に合っています」 コットンが指摘する。
「うむ、『カンツェーラ』に教われない工夫があったか、自分も犠牲になるつもりだったかのどちらかじゃろう…」

リコは目を落として、ポツリと呟く。
「リータ…」
「何?」
「妹…ボスが目をつけていた…あいつはケダモノ…だから…」
「それでか…じゃがわしらまで…」
「悪かった…でもあいつら用心深い…理由もなく禁断の沼を通らせようとしたら警戒する…」
「警察に頼むという手があったじゃろう」
「前に警察や軍隊に…でも、チンピラのゲリラ程度じゃ動いてくれなかった…10人少々でも取り押さえるとなれば村人に犠牲も…」
「それで『村人』の犠牲が少なくなるように仕組んだ訳か…」 教授は苦いものを吐き出すように言う。
「貴方達…一部で有名…それで情報流せば来る、思った…」
「許せる話ではない…しかし証拠は君の証言のみ…ふむ…」
「教授…」 コットン助手が問い掛ける。
「仕方あるまい、彼らの罪は問わない事にしよう。 探検が成功していても危険だった事に変わりないからの…」

3日後、教授、コットン、リコは村に生還した。
すぐに村長の家に行く。
「おぉ、無事でしたが…一緒に言ったのがゲリラと聞いて心配しておりました…」のんきに話す村長。
「白々しい…」

教授が一部始終を話した…
「うーむ…これは驚いた『許される』とはな…」
「『許される』?」
「うむ、あそこは昔から重罪人を流す為の場所なんじゃよ」
「罪人を…」
「処刑はしたくない…だから」
「『カンツェーラ』に『食わせる』と…」
「なんじゃと?」
「あ、しまった(忌み名を呼んでしまったか)」
「いや、『カンツェーラ』?…ああそうか…発音が違う『カン』ではない『クァン』じゃ」
「『クァン』?…確か『裁き』とか『処刑』の意味が…そうか『沼の娘』ではなく『裁きの娘』…」
「そうじゃ…罪人とはいえ命を奪うのはためらわれる…だが…」
村長は、顔を落とし床を見る。
「…ならば命は残る…」
「あれでか…うーむ…」考え込む教授。(女に食わせてもらって『する』だけ…確かに理想の…いや、断じて…)

「兄さん!」「リータ!」
「お」教授とコットン助手が驚く。
村長の家の下働きの娘、彼女が妹だったようだ。

村長は何か思案していた。
「ふむ、『カンツェーラ』か…真の名を隠すには悪くない、呼び名として使わせてもらおう。 よかったの、命名は発見者の特権じゃぞ」
「む…ふん、証拠も無いのに発表できるか」 教授は悔しげに言う。

さらに2日後、帰りの飛行機でコットンが聞く。
「『カンツェーラ』は…あれはどういう生き物なんでしょうか」
「わからん、最初は肺魚の変種かとも思ったが…あの知性、あの生態…魔性の者とでもいうべきか…」
「シェーラちゃん(白い人魚)達と繋がりがあるんでしょうか」
「DNAでも比較すれば判るかの、そういうものを持っていればじゃが…」
「そうですね…教授」
「ん?」
「ちょっとだけ…ほんの一瞬ですよ…僕は…彼女達に呑まれたい…そんな気に…」
「わかる…ああいう生き方は男の理想…確か日本では『ヒモ』とかいったかの…」
「『ヒモ』?」
「うむ、日本人留学生の恵美君に聞いた事があっての…そう言えば彼女はどうしているじゃろうか、頭のいい子じゃったが」

コットンが話をもどす。
「それで、彼女達をほっといてよかったんですかね。 村に出てきたりしたら…」
「それは無いじゃろう、水から離れては生きていけんじゃろうし…それにあの『白い道』」
「?」
「塩じゃ…まるで『カンツェーラ』を閉じ込めるように『沼』を取り巻いておる」
「閉じ込める…」
それっきり二人は黙る。 

−マジステール大学、生物学科、UMA講座−

「以上が、アマゾンの探検内容じゃ…今回も成果無しというわけじゃ」
学生達は半信半疑…ゲリラと教授が関わった事は新聞に載ったので間違いないが、『カンツェーラ』の話は信じられないという顔だ。
「証拠が無くては信憑性がないからの…ま、信じたいものだけ信じてくれ…さて前期試験についてじゃが、巨大生物の捕獲方法についてのレポートを…」

その日の夜、教授の家。
「只今…」教授は、帰宅した。
玄関をくぐる、明かりのついたままに居間に向う。
奥から声がする。
「パパ…」声を出したのは『白い人魚』、教授の娘のシェーラ…怯えているようだ。
「どうした?…」
教授は、居間に向う。 ピチャッ… 廊下が濡れている…
「おっ?…」
教授は床を見る。 濡れた跡が点々と…ザックだ…アマゾンに持っていった…口が開いている。
ザックの中を見ると、ヌルヌルした液体で濡れている…
「ま、まさか…」
濡れた跡を追うと…バス・ルームだ…ザー…シャワーの音がしているのに気づいた。

そーっと、ドアを開けてみる。 バスタブの中に60cm程の幼『カンツェーラ』がいる。
背中をバスタブの縁に預け、シャワーを浴びて、鼻歌を歌っているような…

彼女が教授に気づいた。 片手を挙げて「ヤァ」と挨拶する。 教授もひきつった顔で片手を挙げる。
ドアをバタンと閉め、後ろ向きで、両手を広げ背中でドアを押さえる。
バシャ…ズリズリズリ…幼『カンツェーラ』がタイルの床をこちらに這ってきたらしい。
カリ、カリ、カリ、カリ、…
ドアを掻く小さな音が聞こえる。そして、中から可愛い声で…
「教授…教授…エサ、エサ…」
ドアを背中で押さえたまま呟く「お、思ったより順応性が高いようじゃ…」

…………………………………………………………………

そして『カンツェーラ』の沼…
ゲリラ(山賊)達が全滅して数ヶ月…
月明かりの中、大『カンツェーラ』達が出産していた…
大『カンツェーラ』のスリットが開き、一人が一匹ずつ幼『カンツェーラ』を水中に生み落とす。
生まれたての幼『カンツェーラ』を、娘『カンツェーラ』が捕まえ、沼の水面に出て息をさせている…

?…幼『カンツェーラ』の一匹だけ雰囲気が違う…それは、かって「パブロ」と言う名を持っていた…
『パブロ』は目を開いて月を見ている…
「どうしたの?…」 『パブロ』を抱いている、娘『カンツェーラ』が優しく尋ねる。
「怖い夢を見ていたの…黒い筒で仲間を傷つけたり、殺したり…傷つけられたり…」
「心配しないで…それは悪夢…」
「悪夢…」
「そう、誰も貴方を傷つけたりしない…貴方は大事な『男』なんですもの…」
『パブロ』は安心して目を閉じ、娘『カンツェーラ』の胸に顔を埋める…

アマゾンの密林の奥に沼がある。 楽園とも、処刑の場とも言われる魔の沼…そこから誰かが呼ぶ声がする…
「オイデ…オイデ…コッチニオイデ…ココハ暖カイ…トッテモ暖カイ…」

<沼の娘:ランデル教授・2 終>

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