ずぶり

其の二十 崩れた壁


 「女に……女なんぞに……」

 頭は呻きながら『ずぶり』に背を向け、鉛の様に重い足を引きずって出口を目指す。

頭は地蔵光線の範囲にいる。 『ずぶり』は近寄れない 。

 ”なぜ拒みまする……さぁ……いらして……”

 「断る!!」

 その言葉は『ずぶり』に対してというより、頭が自分自身に向けたものだったのだろう。

 「女の物の怪なんぞに……喰われてたまるかぁ!」

 ずっ……ずずっ……

 歩くと言うより這いずるようにして、頭は出口にたどり着く。 その黒々とした闇に飛び込めば、助かるのだ。

 ”その先に何が待っているか……知っているのですか?……”

 ひどく悲しげな『ずぶり』の声。 頭は後ろを振り返った。


 ガキン!
 鉄が噛み合う音に頭は我に返る。 目の前できらめく槍の穂先が交差していた。

 荒縄で磔台に縛り付けられた手首と足首がひどく痛む。

 顔を下に向けると、床机に腰掛けた代官と目があった。

 「これより無宿者、又兵衛の処刑を執り行う」

 代官が告げると、穂先が左右に離れた。

 「こ、これは……夢か……」

 代官が眉を上げた。

 「豪儀な奴よの、磔にされて居眠りをしておったか……又兵衛、己が所業の報い、受けるが良いぞ」

 頭、又兵衛は目を見開いた。

 (そうだ、手下は全て捕らえられ首をはねられた……いや、奴らは『ずぶり』に……あれは夢……まさか)

 代官が手を下ろし、左右で槍が構えられた。

 「夢……どっちが……」

 「突け」 

 必殺の穂先が又兵衛の脇から潜り込み、肋骨を砕いて心の蔵を貫く。

 又兵衛は激痛に身をよじり、血反吐を吐いた。


 「罪状を申し渡す」

 情け容赦の無い力で髷を?まれ、又兵衛は地に伏せられた。

 「汝の犯した罪は極めて重い。 八大地獄にて罪をすすぐが良い」 幼い声には聞き覚えがあった。

 「お、お約束地蔵様!?」

 閻王の顔は、お約束地蔵とそっくりだった。

 「牛頭、馬頭。 まずは血の池地獄に放り込み、うえから石を投げ込め」

 牛と馬の顔をした地獄の鬼が、暴れる又兵衛を引きずっていき、煮えたぎる赤い池に彼を放り込む。

 体が煮えていく激痛に、又兵衛は肺の腑の底から叫び声をあげた。


 「うぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 又兵衛……頭は自分の叫び声で我に返った。 ここはまだ『ずぶり』の世界だ。 『ずぶり』が影の中からこちらを見

ている。

 ”恐ろしい夢でも?……” 『ずぶり』がヌラリと笑った。

 「今のは……お前の仕業か!」

 ”はい……ですが、その先に進めばいずれは夢で無くなりましょう……”

 「……」

 頭は黙りこんだ。 役人からは逃げ切れるやも知れぬ。 しかし、地獄からは……

 ”なぜ、わざわざ地獄なぞに落ちねばならぬのですか?”

 「なに?」

 ”長き苦痛があると判っているのに何故そちらへ……おいでなさいませ……私の中に……夢幻の快楽の中で私と

一つになりましょう……”

 「ばかめ、在るかどうか分かたぬ地獄を恐れて、わざわざお前達に喰われる奴が……!?」

 ピタ…… 足が一歩前に出た、頭の意思に反して。

 「何だ!?」

 ピタ……ピタ…… ゆっくりと、しかし確実に頭は、『ずぶり』に歩み寄っていく。 

 ”……ふふ……さぁ……さぁ……”

 「よ、よせ!こら、地蔵!何とかしろ」

 ”馬鹿者! お前が自ら歩いておるのじゃ! わしになんとかできるか!” 遥かかなたから地蔵の怒声が飛んでき

た。

 「ばかな!何をした!おい!」

 ”貴方は心の底で信じたのですよ、地獄行きを。 貴方は怖くなったのですよ、地獄の責め苦が。

 「う、嘘だ……」


 ビタリ…… 頭はついに『ずぶり』の前まできてしまった。

 「よせ、止めろ、触るな!」 

 この期に及んでも、頭は拒絶の言葉を口にする。 いっそ天晴れと言うべきだろう。

 ”触られたくない?……ああ、貴方は女が怖かったのですね……”

 頭は鈍器で殴られたような衝撃を受け、激しく否定する。

 「お、女を怖がっているだと!?ばかな!!」

 ”恥じる事はありません……すぐに楽にして差し上げます……”


 『ずぶり』はするりと着物を脱ぎ落とす。 滑るように光る裸身が、頭の眼前で揺らめく。

 「か……」 

 頭の口から言葉が出なくなった。 『ずぶり』は、自分の胸に手を当て、柔らかく揉みしだく。

 ”ああ……あぁぁぁぁ……”

 ぴゅく……ぴゅく…… 『ずぶり』の乳房から透明な雫が湧き出し、その白い指に絡みついた。 『ずぶり』はてらてら

と光る手をそっと頭に差し伸べる。

 「さ……く……」

 『ずぶり』に対する欲望がわき上がり、喉が干上がり言葉が出ない。

 『ずぶり』は頭が拒絶できないと見るや、滑る手で頭の男根をまさぐった。

 「!」

 白い指が、蛇の様に睾丸に絡みついて締め上げる。

 続いて赤い口唇が、鎌首をもたげた亀の頭に口付けを交わし、軽く吸う。

 「うぐっ!?」

 何かが吸い出されようとしている。 頭はこちに力を入れて必死にこらえる。

 あふ……ちゅく……ちゅく……ちゅく……

 『ずぶり』の口の中に頭の男根がずるりと吸い込まれ、なかで舌が男根に粘りつき、ざらざらとした感触で嘗め回して

いる。

 股間に熱いものが集まってきた。 それが男根を中から突き上げてくる。

 「うっうっうーっ……」

 どくり…… ただ一度だけ男根が快感に疼き、何かが吸い出されていった。

 がくりと頭は膝をつき、仰向けに倒れた。

 ”可愛そうな方……心の中に、女性に対して恐怖を持っていたのですね……” 『ずぶり』は唇を舐めた。

 「……」 頭は目だけで『ずぶり』を見やった。

 ”もう大丈夫ですよ……”


 遥かな高みにある天井を見上げる頭、その視線の間に『ずぶり』の顔が割ってはいる。

 どくん…… 頭の胸が高鳴った。

 ”愛しい方……” 憂いを帯びた顔で『ずぶり』が囁いた。

 どくん、どくん、動悸が激しくなる。

 ”貴方が欲しい……”

 動機が激しくなり、めまいすらしてきた。

 『ずぶり』の顔が迫って来た。 頭は吸い寄せられるように『ずぶり』と口付ける。

 二人の舌が激しく絡まる。

 頭は『ずぶり』の舌に触れられたところに、快楽の疼きが生まれてくるのを感じ、夢中で『ずぶり』の舌を求めた。


 ついと『ずぶり』が顔を離し、二人の唇の間に銀の糸が引かれる。

 ”うふふ……気持ちよいでしょう……”

 「あ、あぁ……」

 頭はがくがくと頷く。

 女性に対する恐怖心が『ずぶり』の快感を妨げていた、それが取り除かれた今、頭は『ずぶり』に抗うことはできなか

った。

 『ずぶり』は頭の股間に自分の秘所を擦り付ける。

 ぬるぬるした液に包まれた頭の男根は、別の生き物の様に動き、自分から『ずぶり』の秘所に入っていく。

 極上の快感が男根を蕩けさせ、頭の魂をじわじわと溶かしていく。

 ”さぁ……中にきて……とろとろに蕩けさせてあげます……”

 頭は頷き、ゆっくりと腰を動かす。

 ずぶり……ずぶり……

 頭は、じわじわと『ずぶり』の秘所に呑みこまれていく。

【<<】【>>】


【ずぶり:目次】

【小説の部屋:トップ】