ずぶり

其の十九 頂にて


 よいせ……よいせ……

 そっといけ……そっとだぞ……


 山賊達は、八平が戻らぬと知り、『谷間』を避けて『乳が丘』を上ることにした。

 肩車で上になった者が丘に抱きつき、その背中と形を梯子の要領で一人ずつ上っていき、最後に下のものを引っ張り上げて、ようよう上に上

がることができた。

 険しいところを越えてしまえば、あとはなだらかな丘であり、さしたる苦労は無い。 やたらに柔らかい点を除けばだが。

 「歩きづらいのぅ……泥の上を歩いているみたいだ」

 「あまりどすどす歩くなよ。 今『乳』が噴出したら逃げ場が無いぞ」

 白くのっぺりとした丘をおっかなびっくり歩いていると、正面に何か立っているのが見えてきた。 人の背丈程の赤い円柱だ。

 「おう、山の天辺にある碑か?それとも社か?」

 「馬鹿、あれは『乳首』だ!」

 山賊達の間に奇妙な沈黙が落ちる。

 「なんて大きさだ……いいか、そっと抜けるぞ」

 「へ、へぇ」

 頭を先頭に、山賊達は珍妙な足取りで乳首の脇を抜けていく。


 「なんじゃあいつら、やっとあんなところか」 地蔵は岩棚の上から下を見ながら呟いた。

 「乳の上を這い回る蟻のようじゃな……わざわざ感じる所を歩くこともあるまいに」


 「頭、下がざらついてますぜ」

 「乳輪の辺りなんだろう。 歩きやすくていいじゃねぇか」

 「そうですが……」

 誰かが応えた時、彼らの下で『乳が丘』がびくりと震えた。

 『わっ!?』

 足場が揺れて何人かがよろけ、他の者や手近の何かにしがみつく。

 「びっくりしたぞ」

 「まったく……」

 体を起こしながら五太(いつつた)は自分がしがみ付いたものを見て目を剥く。 彼は乳首にしっかりと抱きついていた。

 
 「馬鹿、なにに抱きついている!」 「早く離れろ!」

 「へ、へぇ」

 五太は、異様に抱き心地の良い赤い筒から腕を離そうとした。

 にちゃぁぁぁ……

 腕と乳首が触れ合ったところが吸い付き、引っ張ると乳首の皮膚が伸びてくる。

 「あわわ……なんだこれは!?」

 驚いた五太は、腕を力任せに引き剥がそうとした。

 びくん!! 

 『乳首』が大きく震える。

 「わっ!!」

 「こ、こら五太!」 頭が叱りつけた。 「乱暴にするなぁ!そっと、そっと剥がせ」

 そう言いながら後ずさりする頭、他の連中にいたっては、雲を霞と逃げ出してしまっていた。

 「頭ぁみすてんで下せぇ」 情けない声を上げる五太。

 「おう、見捨てんから先に行って待ってるぞぉぉ」

 そう言って頭はくるりと背を向け、ぽふぽふ足音を立てて『乳が丘』を下って行ってしまった。 

 「ひええ……」

 五太は乳首に抱きついた情けない格好で一人残された。


 「どうやってはがしたもんじゃろか……」

 五太の体と乳首はところどころで張り付いているが、強く引っ張れば剥がれる程度のものだ。

 しかし、剥がすときに別のところに触ると、そこが吸い付いてしまう。 おまけに強く引っ張れば『乳首』がびくびくと震えだす。

 「……そじゃ、舐めてみるか」

 腕と乳首の張り付いているところに顔を近づけ、舌を尖らせて舐める。

 ぺろぺろぺろ…… ぺりぺり

 「おお剥がれた」

 いとも簡単に、『乳首』と腕が離れる。 この結果に喜び、五太は他のところも舐めてみる。

 ぺろぺろ…… ぺりぺり

 ぺろぺろ…… ぺりぺり ぴくり……

 「?」 五太は何かが動いたような気がし、動きを止め耳を澄ます。 辺りは静まり返っている。

 「い、いけねぇおいてけぼりだぁ」

 五太は慌てて作業を再開する。  

 ぺろぺろ…… ぺりぺり ぴくり……ぴくり……

 ぺろぺろ…… ぺりぺり ぴくぴく……

 「……」

 再び五太は動きを止めた。 誰かが見ている、上から。

 そっーと顔を上げると……

 「!」

 『乳首』の先端が大きく曲がってこちらを向き、その中央に女の……『ずぶり』の顔が現れこちらを見ている。

 「あ……あの……」

 『ずぶり』はにこりと笑い、唇を尖らせた。 そして白く濃い、煙のような息を五太に吹きかけた。

 「!……」

 白い煙は、ねっとりと五太に絡みつき、濃厚な乳の匂いで五太を包み込んだ。

 くらくらするような乳の香りに、五太の意識までが乳色に染め上げられていく。

 「お……おおおぉぉぉ……」

 乳色の霞を貫いて、赤い乳首に生えた『ずぶり』の顔が迫ってきた。

 妖しい笑みを湛えたその顔が、五太に唇を重ねる。

 ちゅ……むちゅ……ちゅく……

 蕩けるような深く甘い口付けとともに、女の口から白くとろりとした乳、が口移しで五太の喉に注がれていく。

 ふぁぁぁ……

 目つきが曖昧になり、とろーんとしまりの無い表情になっていく五太に、女が囁く。

 ねぇ……私を舐めて……もっと舐めて……

 ふへぇぇぇ……

 五太は焦点の合わなくなった視線を宙にさまよわせつつ、こっくりと頷くと、再び女の顔に口付け熱心に舌を絡めていった。

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