ずぶり

其の十五 無益な抗い


 「ばかな……」 易照画面を見ながら、頭が呟いた。 「『ずぶり』は拒まれれば襲えないんじゃ」

 「彼の者達は、自ら『ずぶり』のもとに戻りおった。 これでは拒んでいるとはいえまいが」 地蔵が応じる。

 「それに、『ずぶり』の『目』に真の欲望をさらしてましいおった」

 「しんのよくぼう?」 聴きなれない言葉に、何人かの山賊が首を傾げる。

 「ふむ、女に……とびきりの女に、心から求められたいと言う欲望じゃな。 よほどもてたことがないらしいの、おぬし達は」

 『ほっとけ!!』 その場の全員と、易照画面の向こうの山賊達が一斉に応えた。


 七太は、巨大な白い乳が迫って来るのを呆然と見つめていた。 次の瞬間、乳の雪崩が彼を押し包み、七太は床に押し倒された。

 「ひぃ」

 ぬらぬらした真っ白い肌が、彼の上を滑っていく。 胸や男根が熱く興奮し、乳首や亀頭が立ちあがり、白い皮膚を柔らかく擦りあげる。

 「うぁぁぁぁ」

 体の半分に、男根になったような異様な心地よさを感じ、うめき声を上げる七太。 同時に体の残り半分に、説明のつかないいらただしさを感

じた。

 ”立ちなさい……”

 体を包む乳房の皮膚が甘く囁く。

 「ああ……」 七太は、自分がどうなっているのか理解しないまま、体を布団の様に推し包む乳房を押し上げて立ち上がろうとする。 すると手

が隙間のようなところに滑り込んだ。 どうやら、彼の上に乳の谷間があったらしい。

 ずるり…… 「ひぃ」

 立ち上がる時に、ぬめぬめした乳房に全身をすりあげられ、悲鳴にもにたうめきがもれた。

 ずり……ずり……ずり……

 前に後ろに乳房が動き、その間で七太の体は全身を擦り上げられる。 頭の中で『ずり、ずり、ずり』という音が響き、全身がびくん、びくんと痙

攣する。

 「……」

 女の中で腰を使うときに感じる高まり、其れが彼の全身に溢れ、体が硬直していく。

 七太は思わず歯を食いしばった、今度口を開いたら……体の中身が溶けて噴出してしまう、そう感じたのだ。

 ひくり、びくり、ビクン!

 「うぐ、うぐうぐぐ」

 体の芯が蕩け、からだがふわふわと蠢き、頭の中が真っ白になってきた。 七太は、人の形をした爆発寸前の男根になった。

 ”きて……”

 優しい囁きが止めを刺す。

 げぼ、ぐび、げぶ……

 粘った音を立てて、七太は白く粘る液体を噴出し、その中に溶けていった。 白い液体に変った七太は、周りの乳房の中に染み込んで行く。

 (……)

 ふわふわした形のない心地よさが彼に混じっていく。 『ずぶり』だ。 

 彼は『ずぶり』と交じり合い、その一部になって、深い快楽の眠りに沈んでいった。

 
 ぜいぜい…… 一太他数名は、廊下を死に物狂いで走っていた。 その間にも、左右の壁に女の乳、尻、足などが浮かび上がり、妖しげな香

りを漂わせて彼らを惑わす。 

 「一太兄い……」

 「黙れ!」

 彼らは気づいていなかった、逃げ切れるはずのないことに。 彼らがは『ずぶり』から逃げているのではない、女の……『ずぶり』の快楽を求める

自分自身から逃げようとしていたのだから。 


 うふふ……うふふ……

 妖しい声が聞こえてくれば、だれかの足が止まる。 そして背中に女の感触と誰かのうめき声。 そして振り向けば……

 あ……あぁぁぁ……

 蠢く女の肉、そこに半身を埋めた男の姿。

 ベタリ……ベタリ……

 左官が土壁を塗るように、『ずぶり』達のによって肉の壁に塗り込められていく山賊の姿。

 手が、足が、肉の壁の向こうに消えていく。

 ひぃ……ひぃ……は……はぁ……

 腰周りが塗り込められる辺りから、声の調子が変っていく。 拒絶から愉悦に、絶望から法悦に。 魔性の快楽の形に塗り込められ、人の形を

失いながらまた一人の山賊が『ずぶり』の世にわたってしまう。

 もう片手で数える程しか残っていない手下を見渡し、一太は絶望的なため息を漏らした。

 「いいか、まともな女ならともかく、あんなでたらめな物の怪なんぞに惑わされるな!」

 みしり……

 柱が不吉な響きを立て、山賊達は足を止めた。

 「なんだ……おわっ!?」

 天井が、壁が、床が崩れ出した。

 一太たちはそれに巻き込まれ、奈落の底に落ちていった。



 「な、なんだぁ!?」

 頭たちのいる辺りでも異変が起きていた。 地蔵の周りと、一部の壁を残して洞窟が崩れ出したのだ。

 「うろたえるな、ここは大丈夫じゃ」 地蔵が宣言する。

 「……」

 あっけにとられる頭たちの眼前に、ぽっかりと大きな空間が現れた。 そして辺りは再び静まり返った。


 「出口か!?」

 「いや、これが『ずぶり』達の世……禍汚素の『泡』の全てよ」

 「『泡』……」

 頭たちは辺りを見回す。 言われてみれば、彼らは大きな球の中にいるように見える。 上には湾曲した岩壁の天井が見え、目を凝らして遠く

を見れば、そちらにも岩壁が見える。 そして下を見れば……

 「おわっ! あぶねえな、ここは崖の端だぞ」

 地蔵の回りと背後の壁を残し、辺りが崩れ落ちていた。 彼らと地蔵は、岩壁からせり出した岩棚の上にちょこんと乗っているのだ。

 「『泡』か……なるほど、ここは岩でできた球の中みたいだ。 しかし、意外と狭いような」

 「うむ。 わっしは昔、京の町に行ったことがあるが、あそこの大きな寺ぐらいの広さじゃなかろうか」

 「あっ! 頭、一太兄いたちだ」

 「なに?」

 頭たちは岩棚の端から下を覗き込んむ。 かなり下のほうに地面が見える。 『泡』の下の方には砂がたまっているのか、丸い砂地になって

いる。 そこに一太たちがいる。

 ずずず…… 音をたてて砂がすり鉢の様にへこみ始めた。

 「あっ!?底が抜けたか」

 「一太兄いたちが!」

 一太たちが『砂のすり鉢』を転がり落ちていく。 その中央から、何かが砂を掻き分けて姿を現す。

 「で、でかい……」

 それは巨大な女だった。 『砂のすり鉢』の中央で、胸から下を砂に埋めている。 全身を現せば、城の天守閣と肩を並べる大きさがあるだろう。

 「『ずぶり』じゃ、一つにまとまりおったか」

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