ずぶり

其の十三 欲望の館


 舞台の壁に開いた切れ長の巨大な目が、一太達をねめつけ、その迫力に彼らは息をすることも忘れる。
 
”さぁ……望むものを……述べてみよ”

 「く……く……」 喉仏をしきりに上下させ、拒絶の言葉を搾り出そうとする一太。 しかし、体の芯から吹き上がる何かが其れを邪魔する。


 どす!……どす!…… 大柄な山賊が一人、ぎこちない足取りで進み出た。 ぎょろりとした目が上に下にと激しく動いている。

 「うぐ……ぐぉぉ……」 歯を食いしばり、手で顎を押さえつける。 が、こじ開けられるように口が開き、言葉が迸る。

 「く……咥えてられてぇ……な、舐められてぇ……」

 ”望みのままに……”

 声とともに、『目』の周りに無数の赤い模様が浮かび上がる。

 「!?……うわぁ!」

 それは『唇』だった。 赤い唇に微笑を湛えた無数の口が、舞台の壁でざわめいている。


 ずぶり……

 濡れた音と共に、『唇』が壁を離れた。 いや、唇の後ろに太い肉色の紐が続いている。 それは、赤い唇を穂先とした肉色の槍衾だった。

 「ひっ!?」

 山賊を貫くかと見えたそれは、測ったように手前でぴたりととまる。 そして……

 「ひっ……くぅ……」

 赤い唇が一斉に山賊に吸い付いた。 厚い胸板に、引き詰しまった背中に、そして反り返った男根に。

 「むぁ……むちゅぅ……」

 一際大きな唇が、山賊の口を奪い、ねっとりとした唾液に包まれた舌が口蓋を犯す。

 ぴちゃぴちゃ、ぬちゃぬちゃ…… 山賊の姿が濡れた音と、無数の肉色の紐の向こうに消える。

 「ぶば……ぶばば……」


 「ひぃ……壁が……あの壁は……『ずぶり』だ」 今更の様に誰かが言う。

 ”その通り……ほら……”

 彼らの周りの壁が動いた。 白い土壁に見えたものが盛り上がり、女の形を生み出す。 人の形ではない、唇、乳、尻、秘所……大小さまざま

な『女の形』が壁一面で蠢いているのだ。

 「……」 悪夢のそのものの光景に彼は声を失う。 恐怖に発狂しても不思議はなかったろう。 しかし、『ずぶり』はそれを許さなかった。

 「うっく!?」

 辺りが陽炎のように揺らめいたと思ったら、生暖かい風に乗って『女の匂い』が彼らに押し寄せた来たのだ。 恐怖すら忘れさせる肉欲が、彼

らを正気に留める。


 「よ……よ……」 拒絶の言葉が口にできない。 それどころか、気を抜けば足が『ずぶり』の蠢く壁に向かいそうになる。

 ”何故拒む……” 心底不思議そうに『ずぶり』が呟く。 ”お前達は、快楽を求めて生きてきたろうに……このまま老いて朽ち果てるか?……”

 「なんだと?」 八太が応じた。

 ”例えもとの世に戻りても、さしたるまもなく野垂れ死ぬ定めではないのか?……”

 「……」 ゆらりと足が前に出る。

 ”僅かに生きながらえて、この世の快楽を求むるか?……しかし人の女では、このような快楽は望むべくもないぞ……” ねっとりとした囁き。

 「はっ!」

 気がつけば。目の前に『ずぶり』の壁。 慌てて離れようとする八太の目の前に、むっくりと見事な女の半身が浮き出てくる。

 「……」 足を止めた八太の手を、女は自分の胸に導く。 ぬるぬるした弾力のある果実が、手からこぼれ落ちそうだ。 八太は手の中の果実

を凝視したまま、人形の様にそれをゆっくりと揉みしだく。

 壁に半分埋もれたまま、女は両腕を山賊の首に絡め、耳元で熱く囁く。

 「おぬしとまじわりたい……」

 八太の目が開かれ、硬く反り返っていたイチモツびくりと震えた。

 「この溶けた肉のなかで、おぬしのたくましいからだを埋めたい……ああ、なんと立派なモノ……」 うっとりと囁きながら『ずぶり』の溶けた肉

襞が、八太のイチモツを愛しげに摩る。

 ヒクッ、ヒクッ…… 男根が心地よくうずき、たまらず腰を『ずぶり』に擦り付けてしまう。

 ぬちゃ……ぬちゃ…… 『ずぶり』の腰から下は、無数の肉襞を供えた壁になっている。 そこにイチモツを擦り付ると、自分の腰から下が溶

けてしまいそうに気持ちが良い。

 「あふぅ……ふぅぅ……」

 「ああ……素敵……もっときて……もっと……」

 『ずぶり』を抱き、腰を摺り寄せる八太。 深く、深く、彼は腰を、いや全身を『ずぶり』の壁にめり込ませていく。

 ベタリ…… 背中に生暖かいモノが塗りつけられた。 『ずぶり』が肉壁の一部をすくい取り、八太の背に塗りつけたのだ。

 ベタリ、ベタリ…… 蠢く肉は彼の背に広がり、周りの肉壁に触れると、そこで壁の一部に戻る。 八太は『ずぶり』の肉壁に次第に塗り込めら

れていく。


 「……はっ!八太!?」

 他の山賊達が我に返ったとき、八太は半ば『ずぶり』に塗り込められていた。 その八太がゆっくりと振り返る。

 「一太兄ぃ……こいつはたまんねぇ……うぁ……へへ……体の芯から蕩けていくみてぇダァ……」

 ベタリ…… 八太の顔を『ずぶリ』の肉壁が覆い、声をさえぎった。 肉襞の向こうで、八太の人型が悶え、次第に厚みが減っていく。

 「あわわ……」

 ”さぁ……貴方達も望みなさい……”

 ”包み込んであげる……ぬるぬるにして摩ってあげる……”

 ”体の芯から蕩かして……とろとろの気持ちいい白い迸りに変えてあげる……”

 ”交わりたいの……”

 辺りから囁かれる誘惑の声、其れに応えればたちまち八太達と同じになる。 

 一太達は、自分達の間違いを悟った。 『ずぶり』の誘惑に背を向け、重い足を引きずるようにして大広間から逃げ出そうとする。


 「兄ぃ……『ずぶり』のあのどろどろしたのは……どんな感じなんだろうか」 

 「阿呆! 口に出すんじゃねぇ!」

 「すまね……ひぎゃぁぁ」

 皆が振り返ると、今しゃべっていた山賊の頭に、肉色の粘っこい液体が注がれていた。 天井から『ずぶり』が流れ落ちてきたのだ。

 「十太ぁ!」

 ひくひく震える十太の背を撫でながら、『ずぶり』がその下半身に纏わりつく。 

 たまらずひっくり返った十太の胸に、たらたらと『ずぶり』が流れ落ちてきて、彼の体を包み込む。

 ”ほうら……あったかくて……心地よいでしょう……”

 ”隙間なく包んであげる……ねぇ……”

 「ごばぁ……ええ……ええ……」

 肉色の粘液は、半ば女の形に変りながら十太の全身を隙間なく愛撫する。 十太が形をなくし、次第に『ずぶり』と交わっていくのを、一太たち

は呆然と眺めていた。

【<<】【>>】


【ずぶり:目次】

【小説の部屋:トップ】