ずぶり

其の十ニ 約定の守護者


 「へぇ……『すらいむ』ですか」 頭は首を傾げた。 「まぁ、おっかねぇ女なんでしょうが……俺達に取っちゃ役人の方がよっぽど……」

 「げに恐ろしきは、無知蒙昧なる者どもよな」 地蔵がため息をつく。

 「悪うごさんしたね」 頭が気分を害した様子で応じる。

 「地蔵様、あっしにはよくわかんねえですが……」 三太が口をはさんだ。

 「今の話だどぉ『ずぶり』どもはこう……えれえ人つぅか、神様のお使いみたい聞こえるんですが……館に迷い込んだ人を捕まえて喰っちまう

わけだから、やってることは山姥とかわんねえよおな気が……」

 「おお、三太の言うとおりじゃ」「んだんだ」 何人かが頷く。

 「『ずぶり』は別に人を喰らうわけではないぞ。 あれはな、とても優しい生き物なのじゃ」

 『はぁ!?』 山賊一同が目を剥いた。


 地蔵は首を傾け、なにやら考え込んでいる。

 「さて、御主らの頭で判るかのう……『六道輪廻』を知っておるか」

 「じまんじゃありませんが、知っておるわけがありません」 頭が胸を張る。

 「まったく自慢にならぬわ……では地獄を知っておるか」

 「『じごく』……ああ、地の底にあって閻魔がおって鬼がおるとか」

 「うむ、この世で悪事を成した者は、死して後地獄に落ちて罪をあがなう。聞いたことがあろう」

 何人かの山賊が顔を見合わせ、へこへこと頷く。

 「『ずぶり』は禍汚素の地にてその様を知り、地獄行きの者どもを哀れに思ったのじゃな。 そして地獄行きが確定した者達を救わんが為、神

仏に願い出てこの地に参ったのじゃ」

 山賊達は狐に摘ままれたような顔をしている。

 「要するにじゃ、お前達のような地獄行き絶対確実、十割保障の者を救うためにやってきたのじゃ!」

 『……ええー!! 俺達が地獄行き!?』

 「自覚しとらんかったのか……」


 「じ、地蔵様」 頭が尋ねる 「地獄行きを救う……あ、あれがですか!人を食べてしまうのが!」

 「少し違うな、あれは『ずぶり』の体に取り込んでおるのじゃ」

 「取り込む?」

 「うむ。 例えば人が獣に食われれば、体は失われても魂は極楽か地獄行きとなる。 しかし『ずぶり』は体と魂を同時に取り込むのじゃ」

 「……」

 「取り込まれた者の魂は輪廻の輪から切り離され、やがて『ずぶり』の中に溶けてしまう。 そうなれば、その者がいかに悪事を重ねていようと

もう地獄に落ちる事はない。 なにしろ魂が消えうせるのじゃから」  

 「……」

 「これが『ずぶり』の救いじゃ。 何しろ『善意』から出ておるのでな、この世の神仏も『ずぶり』がこの世にやってくるの無下に却下できんかっ

た」

 「……」

 「まぁ、極悪人を取り込むだけならよかったのじゃがな。 先に言うたとおり、この世のものでない『ずぶり』を好きにうろつかせる訳にはいかん

かったのじゃ。 そこで『ずぶり』と神仏の間で『約定』を取り決めたのじゃ」

 「……約定」 呆然と呟く頭。

 「うむ、この世の一部に『ずぶり』達の世……禍汚素の『泡』を繋ぎ、入口を設ける。 『ずぶり』はそこに留まりて、極悪人にのみ入り口を開く」

 「……じゃあ……地面が抜けたのは」

 「うむ、『泡』の入り口を『ずぶり』が開いたのじゃ」 地蔵がまとめた。

 山賊達は真っ青になった。 ここはいわば『ずぶり』の巣、このままではいずれ『ずぶり』に……


 「じょ、冗談じゃない! そんな事を聞かせるために俺達を呼んだのか! 出口はねぇのかないのかよ!」 山賊の一人が叫んだ。 

 「ある」

 「へ?」

 「話を最後まで聞くがよいぞ。 よいか、極悪人と言えどもこの世の者。 神仏が加護せねばならぬ。 そこで、一度『泡』に落ちた者たちに『救

い』を用意したのじゃ」

 「そ、それはどういう」

 「この『泡』に出口を設けたのじゃ。 そして『ずぶり』を拒み、神仏に助けを求める者たちに手を差し伸べ、『ずぶり』に『約定』を守らせるために

使者を使わした」

 「ででは、貴方様が」

 「うむ、我は『約定』を守護する者。 『約束地蔵』と呼ぶがよいぞ」

 『ははー、よろしくお願いします。 お約束地蔵様』 平伏する一同。


 「さて、まだ『ずぶり』に取り込まれておらん者たちがいるようじゃの」

 「一太兄ぃ達だ……」 誰かが呟いた。

 「そちらの様子も確かめねば……」

 地蔵はなにやら唱えながら、錫丈の先で、宙に八角形の形を描く。

 「乾、兌、離、震、巽、坎、艮、坤、八卦を持って森羅万象を映し出さん」

 『おおお!?』

 錫丈の軌跡の形そのままに空中に八角形の鏡が現れ、その中に一太達が映し出された。 どうやら『ずぶり』の館の中の様だ。

 「さすが『お約束地蔵』様。 凄い法力ですな」 頭が地蔵を持ち上げた。

 「いや、これは法力ではない。 この錫丈に込められた『徳』の力じゃ」

 「へぇ『徳』でございますか」

 「うむ、この錫丈には七つの『徳』がある。 よってこれを『七徳錫丈』と呼ぶのじゃ」

 「ななとくしゃくじょう?……」

 「うむ」 地蔵は自慢げに錫丈を示す。

 「これは『易によって万物を照らし、鏡面に画きだす』、略して『易照画面』の徳」

 「えきしょうがめん……」

 「他には……この、石突の螺子蓋をはずすと……この通り、釣り針と糸が入っておる。 これで腹をすかしたもの達に魚を釣って与えることが

……」 

 「判りました判りました」 頭は手を振って、七徳錫丈の説明を中断させた。


 一太達は大広間に戻って来ていた。

 「一太兄ぃ……女どもがおらんの」

 「へっ、恐れをなして逃げ出したか?」

 ”ここにおりまする”

 どこからともなく、女の声がした。

 「どこだ?」 「兄ぃ、舞台だ」

 誰もいなかったはずの舞台の上。 そこにあの白襦袢の女が立っていた。

 「嬉しゅうございます。 戻ってきていただけて」

 「抜かしやがれ。 おい、主とやらはどこにおる」

 「御前に」 そう言って、女は頭をれたれた。 

 馬鹿にされたと思ったのか、山賊達は罵声をあげ、女に詰め寄ろうとした。 が、そのとき異変が起きた。

 「!?」

 女の背後、舞台の壁に二本の亀裂が走る。 女の立っている位置をから見て、左右に両側に水平に。 そして、すうっと亀裂が開き、山賊達

は息を呑んだ。

 「あっ……」

 目だ。 巨大な双眸が、舞台の端から端に広がっている。

 ”さぁ、さらけ出すが良いぞ……秘めたる欲望を”


 「あれは……」 頭がうめき声を漏らした。

 「あれが『ずぶり』の本性よ。 この『泡』は『ずぶり』で埋めつくされておる」 地蔵が応えた。

 「館も、洞窟も、そのほとんどは『ずぶり』が化身しておるのじゃ。 お主等は最初から『ずぶり』の手、いや腹の中におったのよ」

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