ずぶり

其の十一 ずぶり……とは


 しゃらん……しゃらん……

 「頭、音が近くなってきやした……」

 「うむ……む」

 洞窟の先に金色(こんじき)の光が指した。 一行の足が速くなる。

 ぺたぺたぺた……ざりっ。

 「おっ?」

 足の裏で乾いた砂が音を立て、頭は思わず立ち止まった。 続いてきた手下の山賊達も、空気が変ったのに気がつく。

 「おおっ?」 「抜けたのか!?」 「いや……」

 しゃらららん……

 金物の音が響き、一行の視線がそこに集まる。

 「……地蔵?」

 丈の長い錫丈を持った子供の背丈程の石仏。 それは、彼らが地に落ちた場所に佇んでいた、あの地蔵だった。


 「やっときおったか」

 「じ、地蔵が口をきいたぞ!」 山賊の一人が声を上げた。

 「騒ぐな」 頭がじろりと睨む。 「おい地蔵、俺達を呼んだのはお前か?」

 「お前達を呼んだのはわしじゃ。 しかしまぁ、汚い上に礼儀を知らん奴らじゃの」

 地蔵は妙に甲高い声で応えた。

 「なにぃ、生意気な地蔵が! おい、ここから出るにはどうすればいい、知っていたら教えろ」

 頭がすごんでみせ、片手を上げると、背後の手下達が心得たとばかりに前に進み出て地蔵を威圧する。 

 「神仏を敬えと親御に教えられなかったのか? 情けなや……」

 「この野郎……」

 「野郎とは失礼な。 わしは立派な淑女じゃぞ」

 「なに?」 頭が目をむいた。 そう言われると、地蔵の体は微妙な曲線を描いているし、声も高い。

 「ふん、どこが出ているか判らんような寸胴地蔵が。 女の地蔵なぞ聞いたこともないわ。 それ、この小生意気な地蔵を痛めつけてやれ」

 どこの世界にも、実行の困難さを考えもせず、気楽に部下に指示をだし、自分は何もしない上司というのはいるもので……石の地蔵をどうす

れば痛めつけられるというのであろうか。

 「どうする?」

 「抱えあげて投げ落としてみるか……おう、地蔵!覚悟……」

 ゴン!  先頭にいた山賊がみなまで言う前に、その脳天に地蔵が錫丈を振り下ろした。 あっさり目を回す山賊。

 「ああっ、八蔵!」

 「やりやがったな!」

 頭に血が上った山賊達は、地蔵めがけて一斉に飛び掛る。

 「遅い」 地蔵の呟きが彼らの耳に入ったかどうか。

 ごぉぉぉぉぉぉ!  金の旋風と化した錫丈が荒れ狂う。

 「げっ!」 「がっ!」 「ごふっ!」

 数瞬の後、頭を除いた山賊達は、全員地蔵の錫丈に打ち据えられ、その場に転がっていた。

 後には真っ青になった頭が立ち尽くすのみ。

 「さて……どうする?」 地蔵が頭に視線を投げかけた。

 「む……」 頭は一歩前に出て……その場で土下座した。 「ごめんなさい」

 「頭ぁ……」 「そりゃないでしょうが」

 地面に転がり頭を抑えた格好で、手下達が文句を言った。


 地蔵は、戦意をなくした山賊達を自分の前に座らせ、話を始めた。

 「それにしても、『ずぶり』の誘いを拒めるとはの、よほどの女嫌いか……それとも女にいやな思い出があったのか?」

 「ええ、たった今……げぶっ!」

 口を滑らした、山賊の喉に錫丈の一撃が決まる。 

 「……地蔵様、そんなにお強いでしたら、あんな得体の知れない物の怪を野放しにせんで、退治してくださればよろしいものを」

 『おお、そうじゃそうじゃ』 口をそろえる山賊達。

 「物の怪じゃと? 勝手なことを申すな。 この世は、お前達人のためだけにある訳ではない。 人に害をなすからというて、やれ化け物じゃ物

の怪じゃと……」

 『……』 山賊達はひとまず口をつぐんだが、不満そうに口を尖らす。

 「それに野放しにはしておらん。 神仏と『ずぶり』の間で約定を交わし、わしが『ずぶり』を制しておるのじゃ」

 「へぇ、神仏と約定を……『ずぶり』ってそんなに偉い化け物なんですか?」

 「あれは……そうじゃな……あれはな『あの世』に光臨した神の直系の眷属じゃ」

 「……けんぞく?」

 「だんびら振り回す俺達の同類か?」

 「あー……つまり、よその国の神の子供の子供とか、そういう類じゃ」 こめかみを押さえながら地蔵が解説する。

 「へえ、よその国の神の子供……」

 「うむ、遠い……そう海の果ての果てにな、空と海と大地が一つになり混沌としている国があるのじゃ。 これを禍汚素(カオス)と言って、この

日の本の国も始まりはそうであったのじゃがな」

 「ああ、昔神主さんに聞いたことがあります」 三太が応じた 「イザナギとイザナミとか……ヒルコとか」

 「ほうお主、物知りじゃのう。 そのヒルコが『ずぶり』の祖なのじゃ」

 「へー」 山賊達の反応は今ひとつだが、地蔵はかまわずしゃべり続ける。

 「海に流されたヒルコは、混沌の地、禍汚素において子孫を作り神となった。 ヒルコの子孫達は、禍汚素にて自分達の国を作り、自らを『素

奉理』と呼ぶようになったのじゃ」

 地蔵は、錫丈で地面に『素奉理』と書き付けた。

 「これは『禍汚素にて理を奉る者』と言う意味じゃ。 自分達は混沌の中に秩序を作り出す者だと言う自負が込められておる」

 「へぇそうですかい」 つまらなさそうに頭が相槌を打つ。 「それで『ずぶり』と……」

 「うむ……もっとも我ら神仏は別の名で呼んでいるが」

 「別の名?」

 「彼女らは禍汚素の、つまりあの世の住人。 彼女達の達がこの世に溢れれば、この世が禍汚素……『無』に呑み込まれる」 地蔵の口調に

恐れが混じった。

 「よって我等は、彼女達を『禍汚素より来たりて無をもたらす者』としてこう呼ぶ」

 地蔵は、地面に『素来無』と書き付けた。

 「『すらいむ』とな……」

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