ずぶり

其の九 癒し


 「一平がぁ、腰の入ってねぇこった。 こら一太、お前らも逃げるか」

 「あの腑抜けと一緒にするな」 一太は頭を睨みつけた。

 「じゃあどうするよ」

 「化け物とは言っても所詮は女よ、言うことを聞かせる手立てなど幾らもある」

 何人かの山賊が顔を見合わせた。

 「おお、一太兄ぃの言うとおりじゃ」

 「うむ、よく考えればたかが骨なし女の群れ、こちらから出向いていってぶち殺してくれようぞ」

 日ごろから口先だけは威勢のいい事を言っている連中が一太につく。

 「どうだぁ、頭。 骨のある奴ぁ俺に続け」

 そういい捨て、一太は十名程を引き連れてその場を去った。

 一平には三人が続いたから、頭の下には半分しか残らなかったことになる。

 「ふん、恐れを知らん奴ばらが」 頭はそう言って、残った手下をまとめ、金物の音の聞こえてくる方へ向かう。


 一方、先に逃げ出した一平達は、暗闇の中を彷徨っていた。

 「一平兄貴ぃ」

 「ここはどこだぁ……」

 「わかんねぇだぁ」

 その場にへたり込む一平。 やみくもに逃げ出し、あてもなく走っていただけなので、疲れもひどい。

 「はよう逃げねえと……まて!」

 「どうした?」

 「何か……聞こえる」

 全員が立ち上がり、思わず耳を澄ます。

 ほーおぅ……ほぅ…… やーれゃよぅ……

 「女の声……歌……か?」

 意味が判らぬ不思議な響き。 微かに響くそれは聞いていると心が落ち着いてくる。 赤子をあやす子守唄のように。

 一平たちは立ちすくんだまま、じっとそれを聞いていた。


 「あっちの方だやな……」 しばらくして、一平が闇の先を示した。

 「……」 他の連中は不安そうにそちらを見る。

 「行ってみっか……」

 ここは、『ずぶり』の住む場所。 声の主は間違いなく『ずぶり』であるはずだった。 しかし、一平の言葉に、なぜか他の者達は反対せず、声

のほうに向かって歩いていった。


 少し歩いていくと、辺りが少し明るくなってきた。

 上を見れば、かなり高いところに岩肌が見え、想像したとおり、かなり天井が高い洞窟のような場所にいるらしかった。

 ほうやれほう……

 声がかなり近くでする。 みれば、すぐ先で道が右に曲がり、その先からしているようだ。

 彼らは『ずぶり』の恐怖を忘れたかのように、ひょいと角を曲がる。

 「こりゃ……また」

 一平たちは、声の主を見て驚いた。

 そこには、彼らと同人数の四人の女……おそらくは『ずぶり』であろうが……がいた。

 彼女達はふくよかな裸体を岩壁に持たせかけ、足を投げ出したり、横座りの格好で歌っている。 そして……

 「なんとまあ……大きな女子だぁ……」

 そう、女達の身の丈は相当なもので、立ち上がれば一平たちの倍はありそうだった。


 ら……

 女達が歌を止め、こちらを見る。 一平達も、つい女を見返した。

 「……」 黒い瞳が一平たちを、物珍しそうに見た。 しかし、それ以上は何もしてこない。

 「?」 一平たちは首を傾げた。 (『ずぶり』じゃねえのか?)

 ほうやれほぅ…… 女達はまた歌い始めた。

 (いい声だなやぁ……)

 一平たちはなんとなく和んでしまい、その場に腰を下ろして、女達の歌に聞きほれる。


 ふわり…… 微かな風が柔らかな香りを運んできた。

 (ああ……懐かしい……)

 微かに甘い乳の香りが鼻腔を優しくくすぐる。

 大女たちの優しい歌声と、乳の香り…… 一平たちは、自分達が子供の頃に戻ったかの様な、奇妙な錯覚を覚えた。

 ふわぁ…… 誰かがあくびをした。

 その不思議な安らぎの中で、一平達は自分が何をしていたのか、次第に忘れていく。


 すぅ…… 風が動いた。

 見れば大女たちは、座ったまま一平たちに向かって手を広げている。

 一平たちは、当然の様に立ち上がり、一人ずつ大女たちの腕の中に体を預けた。

 (ああ……) 

 彼らの頭よりも大きな乳房が、限りない柔らかさと優しさで彼らを迎える。

 帝の夜具とても、これほどの温もりと心地よさは備えていないだろう。

 太い腕が、彼らを捕まえるかのように、彼らの背で交差する。 が、そんなことをせずとも、彼らがその心地よい罠から逃げ出す気遣いはなか

った。

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