ずぶり

其の八 分裂


 「来るなぁ!」

 「あっちへいけぇ!」

 山賊たちが、『ずぶり』に罵声を浴びせかけと彼女達は悲しげな表情になって、一歩、二歩と下がる。

 「どけぇ!来るなぁ!」

 山賊たちは口汚く罵りながら、『ずぶり』達の間を強引に進み始めた。

 「どうだぁ!人間さまをなめるんじゃねぇ!化け物どもが!」

 『ずぶり』が引くのを見て、山賊たちの中には強気になる者も出てきた。

 「阿呆が、手前の格好を見てみろ」 渋い顔で頭がたしなめる。

 なにしろ、先ほどまでの騒ぎでほぼ全員が褌だけになっており、山賊たちが身ぐるみはがれて逃げ出すようにしか見えないのだ。

 それでも一同は、なんとか大広間を突っ切りーると、どたどた騒々しい足音を立てて廊下を走り去った。


 「拒まれてしまいました……」 大広間に残った『ずぶり』の一人が呟いた。

 しゃらん……

 金物の触れ合う涼やかな音が響き、何者かの気配が……気配だけが大広間に忽然と沸いた。 そして幼い声が聞こえてきた。

 ”誘いを拒みし者……約定に従いて、彼らの前に今ひとつの道を開かん……” 

 「約定には従いまする」 白襦袢の『ずぶり』が声に応じる。 「なれど、我等が誘い続けるも良し。 これもまた約定にあり」

 ”ご随意に……” 声が応じる。 ”いずれにせよ、われ等は道を示すのみ。 地獄に落ちて輪廻にとどまるか、はたまた無上の喜びのうちにこ

の世から消え去るか、いずれを選ぶかはかの者達自身なりや”

 白襦袢の『ずぶり』は黙って頭を下げた。

 しゃらん……

 再び金物の触れ合う音が響き、声の主の気配が消えた。

 「さて……仏様に導かれる前に、あの方達を誘ってあげねば」

 『ずぶり』達は一斉に頷き、次々に形を崩していく。

 ずぶずぶ……どろどろ……

 『ずぶり』達は柔らかく、ねっとりとした奇怪な……それでいて、妙に艶かしい白い塊に変る。 不思議な事に、その塊はその場で次第に小さく

なり、やがて消えていった。


 「こりゃぁ一体……」

 「ここはどこなんだ……」

 山賊達は途方にくれて辺りを見回す。

 当て所なく駆けずり回り、やっと雨戸のある廊下を見つけ、そこから皆、外へ飛び出したのだ。

 今は夜なのか、一寸先すら見えない闇が辺りを包んでおり、皆思わず立ち止まった。

 しかし、後から『ずぶり』が追ってくるに違いない。

 一同はおそるおそる、闇の中を進み出した。 だがいくらも行かないうちに、岩壁に突き当たってしまった。

 振り返れば、彼らが蹴り飛ばした雨戸から、四角い光が見えている。

 岩壁は垂直に切り立っているが、凸凹が多く手がかりに不自由はないので上れないことはないが、岩壁の上の方がどうなっているかが判ら

ない。

 直角に方向を変え、岩壁に沿って歩いていくと、壁がだんだん湾曲し、『ずぶり』の館の方に近づくいていくではないか。

 「頭ぁ……」

 「まずいな……ここは岩壁で囲まれた裏庭か何かだな」 

 そう言いながら、頭は奇妙な違和感を覚えていた。 妙に辺りが静かなのだ。 風一つないし、声が妙に響く。

 「頭ぁ、変ですぜ、妙に声が響きやす。 ひょっとしてここは洞穴か何かの中じゃないでしょうか」

 「馬鹿も休み休みに言え。 洞穴の中に館を立てる奴がいるか」

 「ですが……俺達、地の中に落ちたような気がしませんか? それに『ずぶり』は化け物ですぜ。 地面の下に館を作っても不思議はないんじ

ゃ」

 「ぬ……」

 頭は返答に詰まり、山賊達は不安そうに互いの顔を見合わせる。

 「だとすると……出口は上か?」

 「いや、上は塞がっているかも」

 「館に沿って一回りすれば出口に着くんじゃ……」

 「馬鹿! それじゃどこかで『ずぶり』に見つかる!」


 しゃらん…… 微かに金物の触れ合う音が響いた。

 「!」 山賊達は罵りあいをやめ、辺りを伺う。

 「今のは?……『ずぶり』か?」

 「判らんが……」

 ”汝ら『ずぶり』を拒むか……” 闇の中に声が響いた。 彼らが知る由もないが、それは先ほど『ずぶり』達と問答をしていた声だった。

 「だれだ!」

 ”汝らここより出でて、六道輪廻の道に戻るを欲するか?”

 「だれだ!? 何を言っている!?」

 ”望むなら、音のするほうに参れ”

 「何勝手を言いやがる!? 姿を見せろ!?」

 しゃらん…… 答えの代わりに、金物の触れ合う音が響く。

 「おい!」

 しゃらん…… 答えはない。


 しゃらん……しゃらん……

 音は途絶えることなく続く。

 「ちっ……仕方ねえ行くか」

 「頭!正気ですかい!?」

 頭は物も言わずに彼を張り飛ばす。

 「俺が決めたことに文句あるのか!?」

 「あるとも」 ぼそりと誰かが応える。 「ここに落ちたのも、もともとお前さんの指図に従っていたからだろうがよ」

 「一太……手前……」 頭の顔が、怒りにどす黒くなる。

 「やるかい?お互い寸鉄すら身に帯びてねぇ。 素手なら互角だ。 皆がお前に従うと思うなよ」

 ざわり……

 山賊達の間に戸惑いと、焦りの気配が渦を巻く。

 「お頭も一太の兄貴もやめてくだせい」

 「一平、手前はどっちにつく。 俺か?一太か」

 「へ?」

 「おうそうだ、どうするか聞かせてもらおう」

 ざわざわざわ…… 山賊達が騒がしくなる。

 「おう一太の兄いの言うことももっとも……」 「頭に逆らうのか!」 「おら喰われるのは嫌だ……」 

 収拾がつかなくなった。


 ”愚かな奴らよ……” かの声が呆れた様に呟く。

 「ほんに……」 『ずぶり』の誰かが応じた。 「ですが……そこが可愛らしいのではありませぬか」

 山賊達の動きは、『ずぶり』と”声”の主に筒抜けの様であった。

 「あれ……御覧なされ、泣きながら逃げていきまする」


 「もうやだ、お頭も兄貴も怖いだ、『ずぶり』も怖いだ、女も怖いだ……おっかあ、たすけてけろ」 気の弱い一平が、山賊達から離れ、逃げ出し

た。

 「一平兄貴。 待ってくだせぇ」 「俺達も一緒に……」

 一平を慕う気の弱い連中が数人続く。


 「ああ……あの方達は『女』が怖かったのですね……」 『ずぶり』が呟いた。 「『おっかあ』の……『母』の所に帰りたいのですね……」

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