星から来たオッパイ

エピローグ


 『アップルシード』がマジステール大学のグラウンドから敗走して一週間が過ぎた。

 海から大学へ続く道路がいまだに『通行止』になってるのを筆頭に、町のあちこちには『侵攻』の爪痕が残っている。 そんななか、侵攻された

マジステール大学は翌日から、大学としての活動を再開していたのだから驚くべきことだった。

 「なーにが実習だ!」

 「無報酬で学生を労働させてるだけじゃないか!」

 工学部を筆頭に、各学部、各学科が『実習』の名目でグラウンドとスタジアムの補修にあたっていた。 土建屋のヘルメットを被った学生が、あちこちで

忙しく働いている。 体力のある若い学生ばかりなので、作業はスムーズに進み、3日目にはグラウンドの周りを囲む壁が復旧していた。 そんな中、

当事者の一人ランデルハウス教授は、連日グラウンドに通い、復旧作業の傍らでグラウンドのあちこちで何かを調べていた。

 「若者が労働にいそしむ姿は、みていて気持ちが良いのう」

 一休みして、建材に腰かけて茶をすする教授。 その横でキキとクーがお菓子をついばんでいる。

 「何を他人事みたいに……」

 背後からの声に教授が振り返ると、全身に包帯を巻いた人影が2つたっていた。 全身に怨念のオーラ、いやシップ薬の匂いまとわせている。

 「おお、エミ君に麻美君。 もういいのかね?」

 「いいわけないでしょ! 超音速で飛んで来た悪魔の直撃を受けたんですよ!」

 『アップルシード』に近づく前に、エミはスライムタンズをグラウンドの外苑に配置し、麻美は『魔包帯』と言う魔道具を身に着けていた。 ミスティが飛んで

来た時、この準備が有効に働き、二人とも全身打撲の重症を受けたものの、命に別条はなかった。 しかし、この三日間はベッドから離れられず、魔法と

サキュバスの回復力でようやく歩けるまでになっていた。

 「まったく」

 エミと麻美は教授の脇に腰を下ろした。

 「それで?『アップルシード』はどうなりました?」

 「さてな。 海に逃れた後、自衛隊が追尾したが東京湾外で失探し、その後は行方知れずだ。 ニュースでもそう言っていた」

 「教授のお知り合いは? 『白い人魚』達が追跡していたんでは?」

 「彼女達の生活圏は北極海だよ。 こんな南にはいない」

 エミは不審げに教授の顔を見た。 特に焦っている様子もなく、微笑さえ浮かべている。 教授は立ち上がって汚れを払うと、エミと麻美についてくる

ように言い、先に立って歩きだした。


 「なんですここは? 随分埃っぽいですね」

 「工学部の旧校舎だったところで、今は倉庫になっているそうだ」

 三人がやって来たのは、大学のはずれに建つ古びた校舎で、中には正体不明の道具が所狭しと詰め込まれ、埃をかぶっている。 教授は、階段を下り

て校舎の地下に下りた。

 「油臭い?」

 地下は元実験室が並んでいて、一番奥の実験室から黄色い灯りが漏れている。 中に入ると、キャンプ用のカンテラやロウソクが灯され、机の上で白衣の

学生と教授が議論している。

 「やぁ、どうですかな」

 ランデルハウス教授が声をかけると、工学部の教授らしき人が興奮した様子で近寄って来た。

 「凄いですよこれは! 一体なんでできているか、見当もつきません!」

 エミが机の上を見ると、算盤の玉そっくりの金属の塊が幾つも転がっている。 真ん中に穴が開いているので、ほんとうに算盤の玉かもしれない。 他に

くぎやハサミも散らばっている。 エミが首をかしげていると、学生の一人が『算盤の玉』の力を実演してみせてくれた。

 「こうやって、爪楊枝を通し、コマのように回します」

 机の上で『算盤の玉』が勢い良く回った。 途端に、くぎやハサミが飛んで来てコマに吸い付き、バランスを失ったコマが倒れる。

 「この『玉』を回すと、強い磁力が発生するんです。 それも桁違いの」

 「これは……ひょっとして『アップルシード』の?」

 「置き土産だよ。 グラウンドに残った『アップルシード』の組織から見つかった。 おそらく、触手や殻の中でこれを回転させて、磁力を発生させていたんだ」

 「それは凄い……ところで、なんでこんなところで? 秘密にする為ですか?」

 「いやそれが……あまりに強い磁力が発生するんで、近くの電気製品が全てオシャカになるんです。 おかげ計測器どころか電灯すら使えない有様で。 

ただの針金の輪でも誘導電流が発生して加熱するんですから」

 「それで電気の来ていない場所で調べているんだ」

 エミが興味津々で『玉』をつまみ上げた時、措置から学生が1人入って来た。

 「教授、いました。 さっき女子トイレにはいっていきました」

 「何、いたか? 何人だね?」

 「6人。 全員作業着にヘルメットで、顔はタオルを巻いていましたが、あれは絶対宇宙人です」

 『宇宙人』という単語に、エミと麻美がぎょっとして振り返った。

 「教授?」

 「うむ。 『アップルシード』が敗走するとき、ここに乗員を残したのではないかと、探させていたのだ」

 エミは、それは考えていなかったと感心してみせ、学生を振り返った。

 「何故宇宙人だとわかったの?」

 「地球人にしては胸が大きすぎます! Gカップ、いやHカップはあったかと」

 「……それでよく作業着が着れたものね」


 『宇宙人』が入った女子トイレに、エミが赴いて降伏するよう説得にあたった。 意外にも『宇宙人』達はあっさりと降伏し、エミに従って外に出てきた。 

教授とエミとミスティ、それに学長達が大会議室に集まり『宇宙人』と対面した。 彼らは『某国語』しか話せないため、語学専攻の院生を通訳として同席させ、

全員が揃うと、『宇宙人』達はヘルメットを脱ぎ、タオルを外した。 一人は大人、残る五人は子供のような顔をしていた。 ランデルハウス教授が代表者と

して彼女たちに質問する。
 
 「君たちは、あの『アップルシード』……いや、黒く巨大な種の様なカプセルから出てきたのだね?」

 ”カプセルとは『マザー』のことと判断する。 そうだ、我々は『マザー』から送り出された”

 「『マザー』? 『アップルシード』から出てきた巨人の女……彼女ははプセルの一部だったのか?」

 
 しばらく双方で情報の交換が行われたが、認識のずれが大きく、なかなか会話が成立しない。

 
 「君たちに危害を加えるつもりはない。 『マザー』に帰れないのであれば、ここに留まって欲しい」

 ”我々は情報を集めるめに残された。 同意する”

 「ちょちょっとまってくれ、ランデルハウス君! 彼らは宇宙人、そのインベーダ、侵略者ではないのか?」

 学長が慌てた様子で言うと、ランデルハウス教授は振り返って応えた。

 「彼らが何を意図して大学に攻め込んだのか不明です。 それを確かめるために、彼らと話をすべきだと考えます」

 「しかしだなぁ……」

 「ですが、我々と彼らの間では、会話が成立していません。 ただ、彼らは私たちの情報を欲しており、また我らも彼らの情報ほ欲しています。 その点

では認識が一致しています。 をれを手がかりにして、会話が成立するよう努力すべきだと思います」

 教授は『宇宙人』達と互いに理解し合うことが肝要だと熱弁を振るった。

 「しかし、彼らは『某国』と交戦し、犠牲者も出している。 彼女達を大学でかくまえば、国際問題になるぞ」

 「かくまわず、公表すればよろしい」

 平然と言ってのけた教授に、学長は唖然とした。

 「それが通ると思うのかね!」

 「通らないと何故思うのです? 『宇宙人』が大学に現れ、交流を望んでいる。 新しい知識を得るまたとない機会ではないですか」

 「し、しかし。 潜水艦や自衛隊との交戦が……」

 「軍隊の行動は、侵略者に対して国家を防衛するためのものです。 宇宙人側に侵略の意図がなければ、双方の誤解であったとして和解することも

できるでしょう」

 「むむ……しかし……」

 「この先、『某国』を筆頭に『宇宙人』の情報をめぐって争いが起きるでしょう。 ならば先手を打って、大学で宇宙人を保護するものとしたと公表し、

主導権を握れば、この先優位に立って事を進められるでしょう」

 「君はこの国の代表者のつもりか!?」

 「私はただ、研究者として千載一遇のチャンスを逃したくない」

 開き直った様子の教授に、学長は呆れかえった。 宇宙人の身柄は、大学の職員寮で預かることになり、発表するかは翌日の教授会議で話し合うこと

になった。
 
 教授とエミは連れだって新実験棟に戻った。

 「どうなりますかね?」

 「ヨーロッパ校との意見のすり合わせもあるだろうが、公表することになるだろう」

 「政治的な問題になりませんか?」

 「うむ、彼女たちの身柄は国際機関に移されるかもしれんな。 まぁ、それでもいいだろう。 一番まずいのは、彼女たちの存在が闇に葬られることだ」

 エミは教授の顔を見た。

 「『人間こそ最高の存在』そう思う連中にとって、彼女たちの存在は許せない。 そう言う輩が現れるかもしれない。 それを防ぐためにも、彼女たちの

事を公表すべきだ」

 「公表した結果、もし人々が彼女たちを敵としたら?」

 「そこまで世界が狭量とは思いたくないな」

 教授は窓を開けて外を見た。

 「異質な存在だが、タァからきた者たちと我々は会話ができる。 手を取り合うことができなくとも、距離を取って互いの存在を認めることはできる……はずだ」

 「『人類以外の存在と会話する』教授の夢、いや信念ですね」

 「妄想かもしれんて」

 エミは肩をすくめ、半壊したグラウンドを眺め、今回の騒ぎを思い起こす。

 「大山鳴動し、鼠が一匹……いえ」

 下に宇宙人たちが大学の警備員に囲まれるようにして歩いていくのが見えた。

 「……おっぱいが2つ」

<星から来たオッパイ 終 2021/05/30>
  
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