星から来たオッパイ
Part H (3)
深夜、新実験棟の琴研究室に酔天宮署の川上刑事がやって来た。
「避難ですか?」
首を傾げたエミに、川上刑事が憤然とまくしたてる。
「当り前だろう! あの『潜水艦』は一直線にここに向かっているんだぞ!」
「あれの目的が判っているんですか?」 とぼけるエミ。
「上陸直後、あの『潜水艦』から某国語で『ランデルハウス教授の引き渡しを要求する』と宣告した。 そちらの教授のことでは?」
ランデルハウス教授は頷いた。
「確かに私の名前は『ランデルハウス』で教授職についています」
「でしたら、直ちに避難してください!」
「それは『潜水艦』が私を拉致、または殺害しようとしていると? 根拠は?『潜水艦』がそう言ったからですか?」
「『潜水艦』の目的など判る訳がありません。 しかし、教授を狙っていると彼らが言っています。 それで十分でしょう」
ランデルハウス教授はすました顔で反論する。
「私をここから退去させることが彼らの目的かもしれない。 拉致する相手を告げてから攻めて来る侵入者がいますか?」
川上刑事はエミと教授を交互に見比べた。
「貴方がたは何を知っているんですか、あの『潜水艦』について?」
僅かに間をおいて、エミが答える。
「『潜水艦』が教授を狙う理由については私達も知らないわ。 ただ、あの『潜水艦』−−私達は『アップル・シード』と呼んでいるけど−−あれを放置でき
ないの」
「放置できない? 何故?」
「この部屋よ、ここには研究中の『セイレーン』システムが設置されていて、移動させることが出来ないの」
「それと教授が避難しない理由がどうつながる?」
「教授が避難しても、それを知らなければ『アップル・シード』きここに来て『セイレーン』を壊してしまうわ。 避難したことを告げて、『アップル・シード』の
進路を変えればここは助かるけど、別の場所に被害がでるわ」
「う……」
「自衛隊が侵攻を阻止しようとしていたけど、失敗したんでしょう?」
「そのようだ。 銃や手持ちの重火器で攻撃したが……
「傷もつかなかった?」
「いや、表面が真っ黒い粉になって飛び散ったが、すぐに元通りになるそうだ。 粉を回収して調べてみたが、どうも砂鉄らしい」
「砂鉄? 『アップル・シード』の表面は砂鉄で覆われているの?」
「ああ。 銃弾やロケット弾が命中すれば、砂鉄の層に穴が開くが、すぐ他の箇所から砂鉄が移動し、穴をふさぐ。 自己修復機能付きの装甲というわけだ」
「なんと」
「教授、『アップル・シード』いや、タァ人のカプセルは砂鉄で覆われているのですか?」
「いや、キキ達鳥人のカプセルはそんな様子はなかった。 砂鉄で全体を覆っていたら、大変な重量になって、宇宙船として打ち上げることもできまい……
おそらく、砂鉄は海底で集め、表面にはりつけたのだろう」
「現地調達の装甲ですか」
「うむ……ひょっとすると、彼らは磁場を操る術にたけているのかもしれん」
「磁場ですか?」
「うむ。 宇宙を航行するのに、磁場は何かと役に立つ。 磁場があれば放射線を弾くことが出来るし、惑星の磁場と宇宙船の磁場を反発させれば、推進
力を得ることもできる。 また、水中で管の中に磁場を作れば、水流を起こすことができる」
「それで海中を進んできたのですか!」
川上刑事が咳払いをし、教授とエミがそちらを見た。
「技術論議は後にしてください。 それで、避難しないのであればどうするつもりですか」
「『アップル・シード』を迎撃するつもりよ」
「どうやって!」
「グラウンドに誘い込んで動きを封じるの」
「具体的な手段を聞いているんだ! 速度は遅いが、あの巨体は結構パワフルで、民家程度なら乗り越えてくるぞ」
「今応援を手配中。 あれに対抗できる大物を呼んでるの……」
そこまでしゃべった所で、エミのスマホが鳴った。 エミはスマホを取り出し、メールを見て険しい顔になる。
「……巨大『いそぎんちゃく』より。 体が大きくて重いので、上陸できません……」
ランデルハウス教授が顎を撫でた。
「……『ずぶり』より。 約定に基づき、出張は不可……」
「当てが外れたか?」
エミが川上刑事を横目でにらむ。 そこに電気科の学生たちが入って来た。
「教授、『アップル・シード』がグラウンドから1km地点に来ました。 スコア・ボードに移動してください」
「スコア・ボード?」 川上刑事が聞いた。
「教授の顔を映し出して、『アップル・シード』誘導する予定なの」
「古いシステムで、映像機材はスコア・ボードの制御室にしかないんです」
電気科学生の言葉に、エミが顔を上げた。
「そうだ、アレをスコア・ボードの制御室に運んでおいて!」
「アレ?……」
「アレよアレ……そう、パチ子とビデオデッキ! それから電光掲示板への出力は変えられる?」
「え、ええ? 明るさは変えられると思いますが……」
「すぐに人をやって点検して」
エミは電気科学生と一緒に部屋を出ていった。 あとに残された川上刑事と教授は顔を見合わせる。
「やっぱり避難しませんか?」
「一考の余地はあるかな」
−1時間後 グラウンドのスコアボード制御室−
「制御室より観測班へ。 『アップル・シード』の現在地知らせて」
”グラウンドのバックネット裏に到達。 あ、バックネットをなぎ倒してグラウンドに侵入、スコアボードを目指している模様”
スコアボードの電光掲示板には、ランデルハウス教授のバストショットが映し出され『アップル・シード』はそれを目指していた。 バリバリと言う破壊音が
聞こえ、地響きが制御室まで伝わってくる。
”『アップル・シード』の下が波打っています。 砂鉄の層をうねらせて前進しているもよう”
「了解。 ビデオ班、パチ子再生スタンバイ」
「了解、いつでもいけます」
エミの背後、制御室の机の上に置かれた古いビデオデッキに電気科の学生が張り付いている。
「出力調整班、出力60%で待機」
「OK、OK」
壁際の出力調整ハンドルについているのは、ミスティと麻美だ。 本当はこちらに電気科学生が付くはずだったのだが、ミスティが役割を分捕ってし
まったのだ。
”『アップル・シード』先端がマウンドを超えました!”
「ビデオ班、画面切り替え、再生開始!」
「再生開始!」
スコアボードの電光掲示板からランデルハウス教授の姿が消え、代わって古井戸の画像が映し出される。 前進していた『アップル・シード』が戸惑った
ように停止した。
”ビチャ……”
グラウンドのスピーカから大音響でビデオの再生音が響き渡り、電光掲示板には、古井戸から白無無垢の怨霊『パチ子』が這いあがってくる姿が映し
出され、そして。
ズモッ!
電光掲示板から、巨大な女、『パチ子』の腕が突き出された。
ズズーン!
『パチ子』の腕がスコアボード前の地面に地響きを起こす。 『パチ子』は腕を支えに、上半身をスコアボードから引きずり出す。 『パチ子』の全身に
ノイズが走った。
「うわっ」
制御室に火花が飛んだ。
「電力負荷が20%増大!」
「出力調整班、出力80%へ上げ!」
「出力80%!」
『パチ子』は前傾姿勢で下半身をスコアボードから引きずり出した。 再び『パチ子』の全身にノイズが走る。
「電力負荷がさらに20%増大!」
「出力調整班、出力100%へ!」
「出力100%!」
『パチ子』はスコアボードの前に立ち上がった。 その身長25m、巨大白無垢怨霊の全身に火花が散る。
「電力負荷最大!」
「いっけぇぇぇ!出力120%!」
「待ちなさい!」
ブッツン
グラウンドの電気がすべて消えた。
「ブレーカーが落ちました」
「この大バカ者ぉぉぉぉ!」
「ごめんなさいぃぃぃぃぃ!」
制御室の一同は大慌てで復旧作業にあたる。
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