星から来たオッパイ
Part F (5)
−−北極海 某所−−−
氷原の下、海の底に白い人魚の住まいあった。 ここに群れている『人魚』は、上半身は人間の女性の形をしていたが、下半身は魚、ウミヘビなど
バラエティに富み、中には鱗が生えている以外は人と変わらないモノまでいた。 また、その大きさはまちまちで、人の手の上に乗るぐらいの小さいものから
10mを超える大きさほ誇るモノもいた。 そして住まいの中央には、身長50mと鯨並みの体格を誇る巨大な人魚が横たわっていた。 彼女はここに住まう
全ての人魚達の始祖であり、周りにいるのは彼女の娘か、その子孫たちであった。 人魚達は彼女を『お母さま』『母上』と呼び、慕っていた。
”オカアサマ……オカアサマ……”
巨大人魚の耳に、娘の一人の声が届く。 巨大人魚はわずかに目を開き、声の主を感じ取る。
”何事です?”
”オカアサマ、オカアサマ。 人間ノ鉄鯨ガオカシナモノヲ追イカケテイマス……”
人魚達は、潜水艦を『鉄鯨』と呼んでいた。
”人間のすることは、たいていおかしな事です。 他の鉄鯨を追いかけているのですか?”
”イイエ……”
”オオキナ木ノ種ノヨウナ……デモオオキスギマス。 鉄鯨ト変カワラナイホド大キイ……”
巨大人魚はゆっくりと目を開け、静かに起き上がった。 その動きで周りの水がかき回され、人魚達が翻弄される。
”お前たち。 そこから離れ、遠くから様子を伺いなさい”
”ハイ……”
”危なくなったら、すぐに逃げるのですよ……”
”ハイ、オカアサマ……”
巨大人魚は、鉄鯨の傍にいる娘達が安全な場所に移動したのを確認すると、目を閉じて『大きな木の種』について考えていた。 しばらくして、目を開ける
と一人の人魚を呼んだ。
「母上様、なにか?」
「覚えていますか? お前と契りを結んだ男の事を」
人魚は微かに頬を染め、頷いた。
「かの男の元に『娘』の一人がいますね」
「はい。 シーラと言う名を授かりました」
「シーラを呼び出せますか?」
「はるか遠くですが……やってみましょう」
人魚は目を閉じて、はるか遠方にいる己の娘を心に描く。
−−日本 マジステール大学 新実験棟−−
潜水艦 B-346が、『カプセル』の監視を始めた翌日、ランデルハウス教授は今日も新実験棟にやってきていた。 今日は、太鼓腹と『セイレーン』に
インタビューをしている。
「『セイレーン』、君は人間をどうとらえているのかね」
「耳から『分身』を送り込んで、頭の中で捕まえて、遊んでまーす」
「いや、『とらえる』の意味が違うのだが……」
会話の成立に苦労しているようだった。 そこに、エミとミスティとスーチャンが入ってくる。
「お邪魔するわ」「こんちわ〜♪」「こんにちわ」
「いらっしゃい」
太鼓腹が笑顔で挨拶する。 エミたちは本来部外者で、太鼓腹たち学生にとっては学業の邪魔者でしかないのだが……
「教授。 今日は『セイレーン』と?」
「うむ。 なかなか興味深いよ、この子は」
「琴博士の設備でしょ? いい顔しないんじゃないですか?」
『セイレーン』は琴研究室の実験装置内にいるため、琴博士の所有物であり、その管理費は全て琴研究室の予算から出ている。
「彼女をどう扱うか、結論が出るまでの間だよ。 私としては人格を認め、人間扱いすべきだと思う」
エミが何か言おうとしたとき、太鼓腹の端末から呼び出し音がした。
「あれ? 大学間のホットラインで呼び出しだ……ランデルハウス教授。 教授を呼んでますよ」
呼ばれて教授は太鼓腹の処にやって来た。
「本校からか? なにかあったのかな……」
教授は隣の端末前に座り、ホットライン・アプリにIDとパスワードを入力すると、通話画面に男性の顔が映った。
「ゴットン君か。 何か用事かね」
”教授、お久しぶりです。 今、奥さまに代わります”
画面の顔が、浅黒い顔の女性の顔に変わった。
”あなた”
「イシュタル、おお……」
5分ほど、情熱的な言葉のやり取りが続く。
”……ところであなた。 シーラがお話があるそうです”
「シーラが? はて?」
シーラと言うのは、教授の家にいる教授の娘だが、彼女は人魚で身長は10cmほどしかない。 それでランデルハウス教授の家の金魚鉢を住まいにして
いる。
”ヤァ、金魚ダ、金魚” ”だーれが金魚よ!!”
”マーシィ、シーラ、喧嘩はやめなさい。 シーラ、お父様よ”
再び画面が変わり、金魚鉢に入った金魚が映し出され、教授の背後から覗き込んだエミが目を剥き、ミスティがはやし立てる。
「小さい人魚ぉ!?」「やぁ金魚姫だぁ♪」
”だーれが金魚よぉ!”
「シーラは金魚でないぞ。 立派な人魚姫だよ」
ランデルハウス教授はシーラをなだめると、要件を尋ねた。
”お父様、昨日お母さまの声が聞こえてきたの”
「なに?」
シーラの話を要約すると、『北極の白い人魚たちの住まいの傍に『大きな木の種』のようなモノが現れ、それを人間の潜水艦が追いかけて居る』という事
であった。
”お母さまは、『人間の事だからお父様が何か知らないか、聞いて欲しい』とのことなの。 一族に危険がないかを心配しているみたいなの”
「シーラは『お母さま』と話が出来るのか?」
”こちらから呼びかけることはできないみたい。 多分『母上様』が力を貸しているんだと思うの”
「『母上様』? ああ、あの……ご立派なお方の事か」
教授はうむうむと頷いた後、しばらく考えてからシーラに自分の考えを伝えた。
「シーラ。 その『大きな木の種』は危ないものかもしれない。 それで人間たちが追いかけて居る。 遠くから見張り、危ないと思ったらすぐ逃げるよう伝え
てくれ」
”はい、お父様”
「それと、遠くからでよいから様子を伺い、見聞きしたことを伝えてくれるようにお願いしてくれるか」
”はい、お父様”
画面に映った人魚姫は、礼儀正しく一礼した。
教授が通信を終えると、エミとミスティ、太鼓腹を振り返った。
「思わぬところから情報が入ったが、どうやら某国の潜水艦が『カプセル』を発見し、追跡を始めたようだ」
「どういうことですか?」
要領を得ない様子のエミと太鼓腹に、教授は簡単に説明する。
「さっきの人魚姫は、北極で私が人魚に会った時に生まれた私の娘だ。 今まで知らなかったが、一族の長と心を通わせることが出来たようだ」
「テレパシーですか?」
「かもしれん。 判っているのは双方向通信できることと、あちらから通信を繋ぐ事はできるが、こちらから繋ぐ事はできないようだ」
「教授の家は、大学のヨーロッパ本校の近くですよね。 凄いですね」
エミが身を乗り出し、教授がやや引く。
「う、うむ。 とにかくだ、この情報は某国との駆け引き使える」
教授の言葉に太鼓腹が首をかしげる。
「どう使うんですか?」
「あちらの潜水艦が『カプセル』を見つけたら、直ちに知らせてくれることになっている。 しかし、あちらは情報を隠し、しらばっくれるかもしれん。 そこでだ
『はて? こちらにはすでに潜水艦が追跡中という情報が入っているが』と言えばどうなるかな?」
「なるほど……教授には別の情報原があることになりますね」
「あるいは、カマをかけていると思うか」
「うむ、いずれにしても。 いい加減な情報で誤魔かすことはできない相手と思ってくれれば……」
「次からはより正確な情報がもらえるという事ですか」
納得した様子の太鼓腹。
「某国との次の会合が楽しみですね」
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