星から来たオッパイ

PartE (1)


 −−日本 マジステール大学 『新実験棟』−−

 「教授、いつまで日本にいるんですか?」

 エミは、昨日に続いて教授と話をしていた。 麻美は授業に出ているので、一緒にいるのはミスティだけだ。

 「キキたちは先に帰すが、私は半年ほど滞在するつもりだよ。 まず、君達のインタビューを整理し、もう少し調査を続けようと思っている」

 エミが首をかしげた。

 「私たち以外に調査を続けるあてがあるのですか?」

 エミが尋ねると、教授は手帳を開いた。

 「うむ。 (マジステール)大学の日本校で、考古学部のミイラが盗難にあった事件。 この近所で、住人が脱水症状で変死した事件。 それからオカルト

のような怪現象が発生し、行方不明者が……ああこれ、どうしたのかね」

 「いえ、少し頭痛がしまして」

 エミがこめかみを抑えていた。 教授のあげた事件のいくつかに、エミとミスティが関与し、火消ししていたからだ。

 「頭痛? へー……寝不足じゃないの〜♪」

 お気楽なミスティをエミは横目でにらんだ。 ”あんたも関わったでしょうが!!”と言いたいところだか、この悪魔っ娘のことだから、”忘れた”と返されか

ねない。 あるいは最初から記憶していないかもしれないが。

 「寝不足かね? それはいけないな」

 教授が手帳を閉じた。 そこに、太鼓腹が何人の学生とやって来た。 教授とエミは初めて見る顔だった。

 「教授、ここにいるのは天文学部の学生で、教授の発見した『カプセル』の話を聞きたいそうです」

 「『カプセル』? おお、キキ達の村にあったあれか。 しかし、私は天文学は専門外だし、あのカプセルの詳細な調査は別の研究者が行っているはずだよ」

 教授の言葉に、学生の一人が代表で応える。

 「はい、その報告書は読んでいるんですが……僕ら英語は苦手で」

 「私も論文は英語で執筆するが?」

 「ですが教授は日本語が堪能なようなので、それならばお話を伺えないかと思いまして」

 どうやら、ヨーロッパ校の教授と言うことで敬遠していたが、日本語が堪能と聞いて押しかけたらしい。

 「正式な調査に加わっていないから、体験談なら話せるが」

 「おねがいします!!」

 
 教授は一時間と時間を区切り、キキ達を乗せてきたカプセルについての話をした。 ちなみに、エミはその場に残ったが、ミスティは早々に退散してしまった。

 「……そのカプセルには、推進器らしきものはなかったとお考えですか?」

 「私の見る限りではそうだ。 機械装置の類は見当たらず、外壁も内部も『木』でできていた。 居住性はよかったが」

 天文学部の学生たちは、がっかりした様子だった。 『宇宙人の宇宙船』だから、反重力で飛ぶとか、超光速航行できるとかを期待していたのだろう。

 「そういう方面の装置があったとしても、技術者でない私には判らなかったろう」

 「そうですか……せめて人類の知らないエネルギーがあればと思ったのですが」

 「ははっ。 あれを調べに行った政府の役人や、技術者みたいなことを言うね」

 「誰だってそう言うものを期待しますよ。 例えばダークマターをエネルギーにするとか」

 学生の言葉に、教授はちょっと眉を動かした。

 「ダークマターね……あれは、銀河系の星の動きかから推定される質量と、観測される星の質量の差分を補うために仮定されたもので、仮説が破綻寸前、

いや既に破綻しているようなものだと思うが」

 教授の言葉に、学生たちが失笑した。

 「教授。 今の、天文学では宇宙の質量の大半はダークマターとな考えられていますよ」

 さきの学生がそう言ったが、教授は悠然と応えた。

 「ほう、そうか。 ではひとつ討論してみるかね? 私はダークマター仮説が破たんしていることを述べるから、反論してみたまえ」

 学生たちは戸惑ったが、興味をそそられたのか、教授の挑戦を受けた。

 「まず『ダークマター』の位置づけを確認しよう。 星の質量は太陽の質量を計測し、それに基づいて他の星も同じ方法で計測できるとしている」

 「はい、そうです」

 「銀河系の恒星の数を数え……ちょっと端折るが、『銀河系の質量=恒星の質量X恒星の数』という考えで銀河系の質量を計算した」

 「はい、それも同意します」

 「しかし、計算した質量でシミュレートすると、銀河系の星が渦を巻かず、散らばってしまう。 確か、計算した質量の3倍は必要だった」

 「そのぐらいだったはずです」

 「そこで、観測できる星以外に、その倍ぐらいの質量がどこかにあるはずだとなった。 それを『ダークマター』とある科学者が読んだ。 当初は支持されな

かったが、他の学者が何度計算しても、銀河系の質量は観測できる星の3倍必要となる。 そこで未発見の質量、『ダークマター』があるという説が主流と

なった」

 「その経緯は知りませんでしたが、『ダークマター』がないとすると銀河系が成り立たないという点は同意します」

 『それでどうして『ダークマター』を否定できるんだ?』という顔を天文学部生たちがしている。

 「しかしだ、計算式の要素としては必要なのに『ダークマター』はいまだに見つかっていない」

 「光を出さないのでは?」

 「当初はそう言う考えもあった。 暗黒星、無数の惑星、暗黒ガス、ブラックホール、いろいろな候補が上がったし、実際そうしたものが『ダークマター』の

質量の一部なのは間違いない。 が、銀河系の星の2倍に達する量はない。 あれば電波や赤外線でそれなりの量が見つかるはずとなった。 ここに

いたり『ダークマター』は普通の物質と全く反応せず光も出さない、ただ重力でのみ普通の物質と引き合うと仮定した。 それなら観測されるはずはない、

ただ、銀河系の質量を3倍にするだけですむからな」

 「引っかかる言い方ですけど……まぁ、そうですね」

 「ふむ、ではその否定にかかるか。 まず一つ目。 繰り返しになるが、銀河系の重さは太陽の重さに基づいており、そして太陽は銀河系の中にある」

 「はい」

 「すると太陽の重さも3倍になるが、あと太陽2個分はどこにあるのかね」

 「ええっ?」

 思わぬ質問に、天文部学生たちは戸惑ったが、すぐに立ち直る。

 「いや教授。 『ダークマター』は銀河系全体での話ですから、太陽系の中になくてもいいわけですよ……ね?」

 「どこかほかの場所にあるという事か、それはどこかね」

 「え……ええと」

 「答えはは簡単だよ。 銀河系のの中央、星の密度が濃い場所に『ダークマター』もあるはずだ。 なにしろ、銀河系の形は『ダークマター』が決めている

のだから」

 「そ、そうですね」

 「ところで銀河系の中心付近には、巨大なブラックーホールがある。 昔は『ダークマター』の有力候補だったが、これを回る星の速度からして、そこまでの

質量はないことが判った」

 「えーと……そ、そうです」

 「私は、この事実が『ダークマター』が存在しない決定的な証拠と考えている」

 「何故ですか?」

 「銀河系の形を決定するほどの量がある『ダークマター』で、そのかなりの量は中心付近にあるだろう。 それとブラックホールの位置が重なっていれば、

どうなるね?」

 「え?……あ」

 「ブラックホールの重力に『ダークマター』の重力が加算される。 光を発しないブラックホールは、その重力しか観測できない。 そこに期待したほどの

重力がないとなれば、『ダークマター』は存在しない」

 「で、でも……『ダークマター』は銀河の別の場所にあるのかも……」

 「銀河系の形を『ダークマター』が決めているという事は、通常物質がそれに引っ張られるという事だ。 銀河中心の巨大ブラックホールとて例外ではない。 

よって巨大ブラックホールは『ダークマター』の一番濃いところに引っ張られて落ち着く。 結果、巨大ブラックホールの重力と、それに重なる『ダークマター』

の重力は合計される。 また、そうでなければ『ダークマター』が重力で銀河系の形を維持することなどできはしない」

 一気にしゃべってから、教授は悠然と水を飲んだ。 天文学部は頭を突き合わせ、ひそひそと話し合っている。

 「教授……すみません、上手い反論が思いつかないんですが……」

 「それはかまわない。 仮説とは、反論、再構築を繰り返し検証されるべきものだ。 私は、『ダークマター』仮説にある矛盾の一つを取り上げてみせた

わけだが。 実際の星の軌道計算には、『ダークマター』の存在を仮定しないと、計算が合わないんだろう?」

 「はい……でもそうするとどういう事なんでしょうか?」

 「私の専門外……では逃げだな。 そう、私が『ダークマター』の存在を主張するならば……重力が薄く広がっているというのはどうだ?」

 「重力が広がっている? どういうことですか」

 「例えばだ、宇宙は完全な無重力ではなく、星もないのに空間そのものに重力があると考えらどうだ? 例えばゴルフのグリーンのように」

 「ははぁ」

 「一見すると何もない。 しかし、ごく弱い重力がある空間が広がっているとすれば……そう地球上で窪地があれば、そこは水たまりや池になるだろう?? 

同様に、『重力の窪地』があれはガスや塵がたまり、星が作られやすくなるだろう。 そうした場所が銀河系になるとすれば、それを『ダークマター』と呼んでも

差し支えあるまい」

 「そんなことがあるのでしょうか?」

 「さてどうかな? 今ここで思いついたことだよ」

 「教授。 ちょっといいですか?」

 エミが教授な声をかけた。

 「なにかね?」

 「キキ達を送り出した人たちは、天文学を持っていたのでしょうか?」

 「それはそうだろう。 漫然と星の海にカプセルを送りだすとは思えん。 それに、行先を決めるためにも、天文学は不可欠だろう」

 「では当然、彼らも今のような議論を交わしたのでしょうね」

 「星の軌道を観測していれば、銀河系の回転問題は当然気がついたろう。 何しろ、同じ銀河系の中にいたのだし」

 「彼らは、重力を作れたのでしょうか」

 教授が目を剥いた。

 「いきなり話が飛ぶね。 どうすればそんな話になるのかね」

 「さっきの教授の仮説ですよ。 『ダークマター』が、『弱い重力を持った空間』だったと彼らが考え、それを確認したとします」

 「ふむ? それで」

 「次に、それを人工的に再現することを試みるのではないでしょうか。 自然界に起こっていることを再現し、利用することは技術開発の有効な手段ですから」

 「『重力を持つ空間』を発見していれば……しかし、その再現となると話が別だろう」

 「それは認めます。 ただ、それが再現できれば、項星間飛行を行う宇宙船の推進力にできるのでは?」

 「昔のSFだね。 ロケット推進とどこが違うのかね」

 「ロケット推進には推進剤が必要で、それがネックになります。 しかし推進剤を必要としない推進装置が有り、かつそれが長時間維持できれば、どう

ですか?」

 「それは……いやしかし、太陽の重力を振り切る事は無理じゃないか?」

 「その場合、初速は別手段でもいいんじゃないですか」

 天文学部も加わって、ああだこうだの論争が始まった。

 「興味深いアイデアじゃな……が、何故そんなことを思いついた?」

 「キキさんたちのカプセルですよ。 推進力の無いカプセルが、星の海を渡って来るには初速が全てです。 その場合、生命を維持できるほどの時間で

星の海を渡り切れるとは、信じられなかったんです。 しかし、重力加速で継続して加速できれば、それが可能になるほど短縮できるのではと思いまして」

 「ええ?」

 教授は立ち上がり、天文学部生たちもエミを見た。 何を言い出すだすのだ、この色っぽいネーチャンは、という目つきで。

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