星から来たオッパイ

PartC (2)


 教授、エミ、ミスティ、麻美、キキは新研究棟の一階のカフェテリアに移動した。 『ケーキだ♪ケーキ』と一名が騒ぐので、教授がインタビューの礼を兼ねて、

一同におごることになった。

 「日本校はいろいろと面白いことになっていると聞いていたが。 予想以上だったのう」

 教授が呟くと、意外にも麻美が反応した。

 「でも注目されている点では教授の方が上なのではないですか? なにしろ『宇宙船』を発見したのでしょう。 『木製のカプセル』だったと言う話でしたけど。

 掘り出したら、また飛べるんじゃないんですか? SF映画でも良くあるじゃないですか」

 教授は、微妙な表情で笑った。

 「うーん……材質だけではなく、いろいろと君が考えているのとは違うのだが……」

 エミが頃合いを見て、話に入る。

 「私もその『宇宙船』には興味があります。 少しお話しいただけませんか?」

 エミがそう言うと、教授はカップをテーブルに置いた。

 「そうじゃな。 まだわかっていないことの方が多いのだが……」

 教授はコーヒーを飲み干してテーブルの上に戻す。

 「さっき君は『SF映画』と言ったが、君の想像している『宇宙船』はUFOのように自由自在に飛び回るものを想像しているのかな」

 「えーと……まぁそうですけど、違うんですか?」

 「うむ。 人間の作った『宇宙船』、例えばスペースシャトルやソユーズは気密性の高いカプセルだが、これらは自由自在に飛び回りはしないね?」

 「ええ……」

 「私たちの調べている『宇宙船』は、地球の『宇宙船』と比べるとかなり大きい。 しかしその内部はかなり狭く、キキ達の同族の他の卵、教育システム

以外は、ほとんど何も見つかっていない」

 エミが尋ねる。

 「壁が分厚いという事ですか?」

 「うむ。 確かに壁は厚い。 がただの壁ではなく、内部に複雑な構造があるようだ……慌てないでくれ。 複雑な構造と言っても、機械の類が詰まって

いるのではなく、生物学的な構造があるらしいという事だ。 おそらくこれは、搭載した卵の生命維持のために使われるものだろうと思われる」

 教授の言葉に、麻美は失望したようだが、エミは食い下がった。

 「その構造部分が、推進装置も兼ねているということは?」

 「あるかもしれない。 仮にそうだとしても『SF映画』の『宇宙船』のように、自由自在に飛び回ったり、光速を超えることはできないだろう」

 さらに暗くなった麻美を見て、教授は話をつづけた。

 「失望したかね? だが革新的な推進装置が備わっていないということはだ、逆に凄い事を意味している」

 教授がそう言うと、エミは大きくうなずいたが、麻美はキョトンとしている。

 「どういう意味ですか?」

 「あの船はだ、気の遠くなるような長い時間をかけて地球までやって来たはずだ。 それだけの時間旅をしてきた卵が無事に孵化した。 全く信じられん」

 うっすらと涙を浮かべている教授、そしてエミ微かに目を潤ませている。

 「それはそうでしょうけど……」

 飲みかけのカフェオレを一口すすり、麻美は言葉をつづける。

 「夢想を承知で言えば、掘り出した宇宙船には操縦席があって、宇宙人のミイラが座っていて、研究していれば、いつか人類が宇宙を飛び回れるように

なるようなものだといいなぁ……と」

 「いや、悪くない。 私もそいうことがあればいい、と常々思っている」

 教授は大まじめに応じた。

 「しかし悲しいかな、人類の技術では月まで行って、すぐ帰ってくるのが精いっぱい。 火星有人探査も、おそらく実行されることはないだろう」

 教授の言葉に、麻美がちょっと眉をしかめた。

 「そうですかぁ? 夢なんですけど、火星旅行。 いえせめて月に……」

 教授が苦笑した。

 「観光で行けるほど簡単ではないよ。 それにだ、宇宙旅行の現実というものがある……いや、いまでは大分ましになっているとは思うが……」

 教授の言葉に、今度はエミも首をかしげた。

 「『宇宙旅行の現実』ですか?」

 教授は苦笑と言うより、苦い顔をしてみせた。

 「直接言ってしまおう。 宇宙旅行と言うのはだ、空気を詰めた箱に人間を詰め込み、宇宙空間を運ぶという事だ」

 「ええ」「はい」

 「その箱は、必要最小限の狭さで、バス、トイレなど当然ついていない。 月まで往復一週間はかかる。 七日間、狭い空間で人間が生活し、そこで喰って、

『出す』んじゃ」

 「げ」「うえ……」

 「月探査で有名なアポロ宇宙船は3人乗りじゃった。 大の男を3人、バストイレなしのカプセルに詰め込んで一週間放置したらどうなると思うね? アポロ

が帰って来た時、最初にカプセルのハッチを開け中を覗き込んだスタッフは、あまりの激臭に気を失いかけたらしい」

 流石にげんなりした様子のエミと麻美だった。 しかし、めげずに反論を試みる。

 「ですが、今は宇宙ステーションを軌道上に浮かべ、ずっと人が住んでいるんですよ。 きっと環境は改善されているはずです」

 「でなければたまらんわい」

 教授は呟き、水をぐいっとあおった。

 「トイレのことはおいたとしても、人の体からは他にもいろいろとゴミが出るだろう、毛や皮膚の破片とか。 自分の部屋は常に掃除していないと、すぐに

埃まみれになるのはそれが一因だ」

 「耳が痛いです」

 「宇宙ステーションの中は、当然掃除が日課になるだろうが、掃除しきれない場所に汚れは溜まっていくだろう」

 「大掃除とかしてるんでしょうか? でも他にもっと大事な問題があるのではないでしょうか?」

 「もちろんそうだ。 隕石衝突、気密の維持、水質管理、いくらでも問題はある。 しかし、このバス、トイレ、掃除問題は意外に難題じゃぞ。 生きている

限りついて回る問題じゃし、浄化システムや掃除機を用意しても、今度はそのシステムのメンテナンスが必要になる。 もし火星に行く途中でトイレが壊れ

たらどうなる? 笑い事ではないぞ」

 「想像したくありません」

 「仮定の話ではない。 月探査に向かったアポロ13号は爆発事故を起こした。 さいわい、全員生きて帰ってきたが、帰還軌道がぶれることを恐れ、外部

に尿を投棄する小用トイレの使用を中止した。 クルーは出来る限り小を我慢したが、その結果、一人は膀胱炎を起こしたらしい」

 「あはは……」

 「宇宙ステーションは地球の傍にあり、何かあればすぐに逃げ出せる。 しかし地球を離れてしまえばそうはいかん。 月まで往復一週間、それでも死ぬ

ような思いをし、犠牲者がでなかったはたまたまでしかなかった。 まして有人火星探査となれば……」

 ようやく麻美は教授の言いたいことが判った。 卵の状態とは言え、星の海を生命を運んだ『宇宙船』の実物なのだ。 とんでもない代物なのだ。

 「政府や軍が興味を失ったのは、すぐに使える技術が見当たらなかっただけのことだ。 研究が進めば、再び興味を示すだろう」

 「その……教授はどういう分野の技術に有用な発見があると思われますか?」

 エミの質問に、教授はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

 「おそらくだが……医学については発見があるだろう」

 「医学ですか?」

 「そうだ、知的生命体の卵を数千年保管する機能を有した『宇宙船』だ。 生命維持に関して、きっと貴重な知見が得られるだろう」

 そう言って、教授はグラスの水を干した。

 「もっとも、それは私の専門外だが」

 
 教授、キキとエミたちはカフェテリアで別れた。 その際、教授はエミたちに希望を伝えた。

 「まだしばらくこちらに滞在する予定だ。 できればその間に、他の『人外部隊』のメンバーにも会いたいのだが」

 「連絡が取れれば、ご希望は伝えておきます。 あまり期待できませんが」

 教授は笑って見せた。

 「なに、困難であればこそ研究する価値があるのだよ」

 「教授。 では火星旅行にはにも研究する価値があるのでは?」

 「おお、なるほど。 これは一本取られた」

 手を振って去っていく教授を見送りながら、エミはだれか会ってくれないかなと、他の『人外部隊』のメンバを思い浮かべた。

 「駄目だ。 一つ間違うと教授が行方不明になってしまう」
   
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