星から来たオッパイ

PartC (1)


 −−日本 マジステール大学 −−

 ミスティへのインタビュー後、ランデル教授は今度は『セイレーン』と話をしてみたいと言い、成り行きで同席していた太鼓腹の案内で一行は『セイレーン』が

設置されている『新実験棟』へ赴くことにし、予備研究室をでた。 廊下を歩きながら、エミが教授に話しかける。

 「ところで教授。 キキさんたちを地球へ運んだ『宇宙船』ですけど、それは今どこに?」

 「発見された場所にそのままだね」

 「ええっ!? 政府の施設に運んで、厳重に管理されているんじゃないんですか?」

 「いや、高山の崖の途中に食い込んでいるんだ。 とてもじゃないが、動かしようがない」

 「しかし、地球外生命の『宇宙船』でしょ? 軍を派遣して掘り出すとかしないんですか?」

 ランデルハウス教授は苦笑し、肩をすくめて見せた。

 「最初はそうしようとした。 しかし……『宇宙船』がただのカプセルで、宇宙人の推進装置も未知のエネルギーも使われていないと知ると、手のひらを

返したように興味を失ってしまったんだよ。 中に積まれていた教育システムだけは持って行こうとしたが、取り外すと壊してしまうかもしれないという事で、

一応あきらめたようだが」

 教授の言葉に麻美は頷いた。 しかしエミは憤慨し、まくしたてた。

 「なんて底の浅い! はるばる宇宙を渡ってきた異星の文明の品物ですよ! どんなにに費用がかかっても、きちんと管理し、調査すべきじゃない

ですか!!」

 「研究者としては君の意見に賛成だ。 ただ、あれはキキ達にとって、故郷と彼女達を繋ぐ貴重な品だ。 研究するにしても、彼女たちの手の届かない

ところに持っていくのは、人として同意できない。 だからこれでよかったと私は思う」

 教授がそう言うと、キキがそっと教授の手を握った。 それを見たエミは微かに顔を赤くし、自分の不明を教授に詫びた。

 
 「熱い!」

 外に出た途端、ミスティが叫んだ。 他の面々も思いは同じだった。

 「全く、『暑い』じゃなくて『熱い』よね」

 「急ごうよ。 熱中症になっちゃう」

 一行は急ぎ足で学内を移動する。

 「ところで教授、『宇宙船』に推進装置がなかったのなら、どうやって地球にやって来たのですか?」

 エミの質問に教授は難しい顔になった。

 「判らん……ただ、船の教育システムから受け取ったイメージから推測すると……出発は、重力と磁力を利用したようだ」

 「重力というと、惑星探査機のフライバイ航法のようなものですか?」

 「そのようだ。 磁力の方は、強い磁力を持つ惑星をカタパルトとて利用したと推測している」

 エミと太鼓腹は頷いているが、麻美はさっぱり理解できない様子で、ミスティとキキは我関せずと言った風情だ。 麻美は会話に参加しようと、なけなしの

知識を絞り出す。

 「そ、そうなんですか。 光を超えるような凄いことはできないんですか? ほら速最近よく聞くダーク・バターとか……」

 「それを言うならダーク・マター。 あれは星の運動を計算するとき、帳尻合わせのために仮定した架空の存在。 それにあれは、将来否定される可能性が

高い、と私は思っているけど……

 −− 5分経過 −−

 ……『ダーク・マター』は『質量はあるけど普通の物質と反応しない』、『光らない』、『固まらない』と、奇妙な性質を次々に考えないと説明できないのよ。 

それよりも『銀河系の質量、角速度、星の距離の等が不正確なので、ダークマター項を追加しないと補正できない』と考えた方が理にかなっている、と

私は思っているの」

 地雷を踏んだ麻美が、引きつった顔で相槌を打つ。

 「まぁ、異星人の使っている宇宙航行の技術は、我々が理解できるものだが、期待していたほど革新的ではなかったという事だな」 ランデル教授が話を

戻したところで、一行は校外に出て大学、高校の共用グラウンドに入った。 陸上競技用のトラックと、野球サッカーが可能な球技用スタジアムが併設され

ていて、かなりの広さがある。 大学部と高校部の学生が大勢いて、お祭りの準備作業をしている。

 「あら? 学祭の時期じゃなかったとおもったけど」

 首を傾げたエミに、麻美が囁いた。

 「この間、『人外部隊』で呼んだ人、いえ人外の方たちが露店を出していたでしょう? あれを学祭の準備って誤魔化したんで、本当に臨時の学祭を開く

ことになって……『面倒なことになった』って会長がおかんむりでしたよ」

 「あちゃぁ……」

 近道をしようと、入場門の空いていた陸上トラック、球技スタジアムを横切っていく。 スコアボード設置された電球式の電光掲示板に、ドット絵のような

キャラクタがラインダンスをしていた。

 「おや、古式ゆかしい電光掲示板だな」

 「作った時は、ビデオ映像をそのまま流せるのが売りの最新式だったんですけどねぇ」

 グラウンドを抜けて道路を渡ると、新しい建物が並ぶ『第二校舎群』の敷地だ。 目当ての『新実験棟』はここの中央にあった。

 
 「凄いでしょう。 以前は地下の奥深くにあった研究室が、新築の研究棟の4Fですよ」

 「前の研究室だと、ダンジョンの最終階みたいだったものねぇ」

 太鼓腹は胸を張って一行を『セイレーン』の設置されている『琴研究室』に案内した。 が、そこには思わぬ先客がいた。

 「あー『パチ子』がいる〜♪」

 ミスティが指さしたのは、研究室の手前の実験机の上だった。 旧式のポータブルTVとビデオデッキが繋がれ、そのTV画面から『パチ子』こと、白無垢、

ザンバラ髪の幽霊娘が這い出して来るところだった。

 「可愛い〜♪」

 「どうしたのよ、縮んじゃって」

 ミスティとエミがそう言ったのは、『パチ子』が小さくなっていたからだった。 大きさは着せ替え人形を少し大きくしたぐらいしかない。 『パチ子』は机の上に

正座すると、身振り手振りで説明を始めた。

 「え? 『医学部に捕まって、ここで実験に協力させられてる』?」

 「ふんふん、『TVが小さいと、大きさも小さくなるらしい』……きゃはは、おっもしろーい」

 遠慮なく笑うミスティだったが、実際この大きさでは『可愛い』という表現がぴったりだった。 これでは、呪いのために出てきても、相手が怖がってくれ

ないだろう。 笑わられてむくれた『パチ子』の身長を、『琴研究室』の院生が測定し、医学部の学生がTV画面のサイズを計っている。

 「ははあ、内視鏡がどうのとか言ってたのはこのことだったのね」

 納得した様子のエミに、麻美がどういうことかと尋ねた。

 「内視鏡は先にカメラをつけた管を体の中に差し込んで、体の中をのぞく道具なのよ。 このカメラの代わりに、極小の液晶画面をつけ、そこから

『パチ子』を送り込む、そう言うことを考えているんでしょう?」

 麻美に答えつつ、エミは医学部の学生に尋ねた。 彼は首を縦に振ったが、浮かない表情である。

 「うまくいっていないの?」

 エミが尋ねると、琴研究室の院生が答えた。

 「そうなんですよ。 『パチ子』さんは、昔からあるブラウン管式のモニタからは出られるんですけど……」

 「液晶モニタからは無理なんです。 それにTVモニタとの接続方式も、75Ωの同軸ケーブル接続なら問題ないんですけど……」 「RGB方式のピン接続

だとうまくいかなくて……」

 「当人に聞いても、良く判らないようで」

 二人が交互に説明し、当の『パチ子』は「我関せず」と言った風情で机の上に座っている。

 「どういうことかしらね?」

 エミが自問するが、彼女とて答えが判るわけではない。

 「呪いと科学は相性が悪いのかしら?」

 部外者であることも忘れ、エミは実験結果のレポートを興味深そうに見ている。

 「うまくいくのは同軸ケーブル接続の場合で、かつTVモニタの場合のみ。 カラー、白黒はどちにもOKと……」

 プリントアウトされている紙をめくって行く。

 「モニタを液晶に変更すると、画面には映るけど出てこれない……ピン接続だと画面にも映らない……LAN接続も映らない……まって、画面に出ない

場合は、『パチ子』がモニタまで来れない?」

 「そうかもしれませんね。 何がいけないんでしょうか?」

 問われたエミは、肩をすくめた。

 「呪いの伝送実験なんて聞いたこともないわ。 条件があるとしても、見当もつかない」

 「『セイレーン』はLAN、有線、無線なんでもござれなんですけどね」

 太鼓腹が言うと、琴研究室の院生が応じた。

 「『セイレーン』は、自分の『分身』プログラムをダウンロードしてるだろ? 当人はそこを動いていない。 一方この『ビデオの呪い』さんは、ビデオから

TVまでが繋がっていないといけないみたいだな。 ビデオが再生されている時しかでてこれないもの」

 「そうねぇ……ひょっとして……『繋がっている』かどうかが鍵じゃないの?」

 エミの言葉に、太鼓腹と院生が振り向く。

 「どういう意味ですか?」

 「確か、LAN経由のビデオって、分割した信号で送ってるんじゃなかったかしら?」

 「ええ、パケットに分けた信号を送り、受け側で連結して表示します。 画面がフリーズするのは、パケットが遅れた場合です」

 「それて液晶とTVでは再生方法が違うんじゃないの?」

 「どうでしょうか……画面上に絵を表示しているという点では同じはずですけど……」

 「確かにそうね……でも、違いがあるからうまくいかないのよ」

 エミの言葉に、太鼓腹が頷いた。

 「そうですね。 差分を比較して、調べてみましょうか……あれ?」

 いつも間にか『パチ子』がTVに引っ込んでいた。 振り向くと、麻美、キキ、ミスティが椅子にもたれて居眠りしている。

 「まず『パチ子』の協力を取り付けるところから始めないと」

 「そうみたいですね」

 先は長そうだった。
   
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