乳の方程式

Part30 方程式の修正とイカサマと


「残ったのは?」

「船長、オットー…俺を含めて10人だ」オーナンスキーが顔を伏せたまま呟く。

「オットー、我々がが確保できているのはどこまでだ?」

「ブリッジ、第一居住区までですな。その先の船首側接合部は、既にジャムのテリトリーかと」

「人数は10人。使えるモジュールはブリッジ、第一居住区、地球までおよそ5年…これで『方程式』を解くと…せいぜい2人か」船長は腕

組みをして考え込む。


宇宙船『ニュー・ホープ』の各居住区は、独立した生命維持装置と動力源を備えており、本体がダメージを受けた場合、一種の救命ボート

となる設計だ。


オーナンスキーが顔を上げ、固い口調で言った。「船長…俺が間違っていた。最早、犠牲を躊躇うべきじゃねぇ…俺達自身を含めて」

全員がオーナンスキーを見る。 

「ブリッジと第一居住区を宇宙船本体から切り離す。それでこの中から2人を選んで地球に帰す。これがベストでは?」

同じ事を考えた乗組員がいるらしく、小さく頷く。

船長は彼らを見回し、頭をかいて笑う。

「オーナンスキー、折角の申し出だがそのオプションは無しだ」

「船長!」オーナンスキーが憤然として立ち上がったが、船長は彼を制しながら続ける。

「今の計算は、生きていける人数をはじき出しただけだ。それ以外の要素を考慮していない」

「は?」

「知ってるか?アポロ計画で最初に月を回って帰ってきたカプセル、それを開けたフロッグマンは余りの臭気に気絶する所だったそうだ」

船長の言いたいことを悟った一同が、顔をしかめる。

「ぎりぎり生きて帰れるはずだが…5年の間、むさい男が2人、風呂も入らない髭面突き合わせて暮らすというのはちょっと…」

「宇宙人の巨乳ねーちゃんに食われる方がはるかにましだな」

笑い声が上がる。


「船長の立場としてはだ、ここにいる全員を生きて地球に返さ無ければならん。そこで、オットーに計算して欲しいんだが…」

「ですが、ブリッジと第一居住区だけではどう計算しても…」

「その通りだ。そこで解を10人、生存期間を5年として、ブリッジ、第一居住区以外に何が必要だ?」

「だから…バイオセルが最低1つは必要ですが…」

「そうだ。だから一つ取り返す」

『え?』事も無げに言った船長に、全員が目を剥いた。

「何を驚く。取られたから取り返す、24時間以内にな。それだけのことだ。そしてブリッジ、第一居住区、バイオセルを宇宙船本体から切

り離す」

「あ…」「そう言われれば…」


意気消沈していた一同も、バイオセル奪還計画を考える内に元気を取り返し始めた。


「バイオセル3は奴らの巣も同然…となれば1か2だな」

「だけどどうやって?もう2度も逆襲されて失敗している…今では人数も向こうのほうが多い」とオットー。

船長はその問いには答えずに、機関部員の一人に指示を飛ばす。

「え?船内LANに、故意に間違ったルート情報を…ランダムに変更しながら送り続ける?」

機関部員は首を捻りながら指示に従う。

途端にブリッジと第一居住区の間のハッチが閉まった。

「わっ!?」

第一居住区の奥で接合部へのハッチを見張っていた二人が慌てて戻ってきて、手動でハッチを開く。

「船長、何をしたんですか!?」

「なに、たいした事じゃない。この船のLANセグメントはモジュール単位で構成されている。それで、モジュールを結合すると、自動的にネ

ットワークが再構成される」

「はぁ」

「それでだ、ネットワーク再構成中は気密維持と安全の為に、モジュールのハッチは全て閉じる仕掛けになっている…マドゥーラたちの使

った手だ」

「でも手動でハッチが開きますよ」

「ああ、しかしこの状態では一度に一つのハッチしか開かない陽制限がかかる。完全に閉じ込めたとは言えんが、移動の自由は大幅に

制限される」

何人かが頷いた。

「これでマドゥーラ達の動きを抑えられる」

「しかし我々も行動の自由が…」


”…この手があったか” オーナンスキーが感心したように呟いた。

彼らは宇宙服を付けて、船外を移動していた。

”マドゥーラ達の胸はある程度伸縮出来るようだが、小さくてもFカップはあった。宇宙服は着用できん”

”へへ、巨乳が仇になったか”

”しかしあの乳は結構芸が細かいぜ、空気をためて酸素ボンベにできるのでは?”

”そんなばかな…”

軽口を叩く一同は意外なくらい明るい。 もっとも、これは出かけに興奮剤を打ってきたせいもあるのだが。

”オットー…効くのか?これ”

”『ティッツマッシュルーム』の乳や空気から、トランキライザーに似た成分が検出されている…興奮剤でその効果が抑えられるかもしれ

ん”

”なんとも頼もしいお言葉だ”

無線で連絡を取りながら、彼らはバイオセル1の非常用エアロックに取り付いた。

”船長、1と2に分かれて、両方同時に抑えたほうが良くないか?”

”もてる兵力を一箇所に集中する…これが正解のはずだ”

船長の言葉にオーナンスキーが小さく頷き、エアロックに滑り込む。

”一度に二人ずつしか入れんのがじれったいな”


ほどなく外に残ったのは船長とオットーのみになった。

”最後に見たとき、バイオセル1にはマドゥーラと『ティッツマッシュルーム』が一つだけでしたな…”

”全員でかかれば、なんとかなるだろう”

エアロックに滑り込む二人。

外部ハッチを閉じて空気を入れ、ヘルメットを取る。

「船長…マドゥーラは我々の逆襲を予期しているだろうか?」

「ああ。しかし、1時間もしないうちに攻めて来ると思っていないだろう」

「うむ…しかし…」

「なんだ?」

「マドゥーラはバイオセルを取り返せと言わんばかりの挑発をしかけ、ガスを流していることを告げた…何故だ?」

「む…」

「マドゥーラが最も避けたいのはなんだ、我々が地球と連絡を取ることだったのではないか?」

「…」

「この状況が地球に知れればどうなると思う? 我々が脅威でなくなっても、この船が地球に接近した時点で迎撃されるか…いや、お手

軽に船を自爆させられるかも知れん」

「…俺達をここに呼び込む事が真の目的だったと?」

「確かではないが」

「だとしてもこれ以外に方法はない…俺達が、ジャムの魔の手を逃れ、生きて帰るにはな」

「そうですな」

「行くぞ」

船内側ハッチを開き、そこにいた8人と合流し、一同はバイオセル1の中央部を目指す。

「決着をつけるぞ!」

『おぅ!!』

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