乳の方程式

Part11 シークレット・オペレーション


「チャン?」

船長の問いかけにチャンは首を横に振った。

船長は額に指をあて、考える風になった。

「オーナンスキー、代わって呼びかけろ。チャン、そっちの端末を使って地球への報告とデータ・ベースへの問い合わせを作成しろ」

「船長?」 チャンが驚いたように船長を見た。 その顔には”いいんですか?”と書いてあるようだ。

「船医がいなくてはどうにもならん…とにかく一度全員を集合させんとな」 そう言って、船長は船内マイクを掴み取り、逡巡する。

「船内放送だとマドゥーラ達にも聞こえるが…やむをえん」

船長は全船放送を選択する。


”船長より全乗組員に告ぐ。船内で病気が発生した。感染したものは…あー胸部に異常を訴えるか、異常な行動を取る様になる…”

「病気…なの…」 ルウは呟く。

重力のない居住区の真ん中で絡み合う男と女…それを呆然と見つめるルウ。 その体が小刻みに震えている。

”正常なものは食堂からブリッジ側に集合しろ”

「…」 食堂は二人の向こう側だが、ルウは動けなかった。


不意に『お楽しみ中』の二人の向こう、食堂のほうから人が現れた。 その人影は邪魔者を器用に避け、ルウの正面に回って視界を遮る。

「ルウ」

「ミズ…マドゥーラ」 涙声のルウ 「みんなが…変に…」

「大丈夫よ。あっちに行きましょう」

マドゥーラはルウを抱きかかえ、居住区の隅に流れていった。


「ルウ…大丈夫?」

マドゥーラは居住区のパーソナル・コンパートメントにルウを連れて入った。 

軽合金製のドアを閉めると、外部の音が聞こえなくなる。

「は…はい」ルウを目を拭ってからマドゥーラを見上げ、ゴーグルをつけたマドゥーラを見て微かに笑った。「びっくりしただけです」

「そう…驚いたのね」

「ええ、どうして皆、喧嘩を始めたんですか」

マドゥーラは微妙な表情になった。 彼女は手を伸ばして、ルウの頬に触る。

「?」 怪訝な表情になるルウ。

ふっ… マドゥーラはその手をルウの頭に乗せ、撫でる。

「…ミズ。子ども扱いはやめてください」 ルウがぶうっと膨れ、マドゥーラの手を払いのけた。

「ふふ…そういう所が子供なのよ」

「どうしてですか」ルウが抗議する。

「大人になるって言うことはね…そう…自分に正直になる事もでもあるのよ」

そう言って、マドゥーラはもう一度ルウに触れ、白い手で柔らかい頬をそっと撫でる。

ルウはその手を払おうとし、途中でやめた。

ちょっと拗ねた顔で、マドゥーラの顔を見る。

「ルウ、触られるのは嫌い?」

「それはそうですよ」

「違うでしょ?子供みたいに扱われるのが嫌いなんでしょ?」

「…」

押し黙ったルウに、マドゥーラは微笑んでみせる。 そしてルウの頬をから首筋に手を這わせ、優しく撫でる。

ルウはちょっと顔を赤らめ、口を尖らせる。 

「くすぐったいですよ」

「そう…じゃやめるわ」

マドゥーラが手を引っ込めると、ルウはがっかりした顔になる。

「あら…残念そうね」

「そんな事は…」ルウはマドゥーラの言葉を否定しかけ、声をとぎらせた。

「ルウ…正直な方が得でしょ?」

「…はい」気まずそうなルウ。

「触られるのは嫌い?」

「…いいえ」

マドゥーラは口元で微笑み、ルウの顔を両手で挟み込むと、頬から首をそっと優しく撫でてやる。

くすぐったいのか、時々首筋が震える。

しかし、ルウは逃げようとせずにマドゥーラにされるがままになっていた。

すべすべして少し冷やっこい女の手で、首筋や胸もとを撫でられるのは心地よかった。

少年の頬に次第に赤みが差していく。

ふ…

マドゥーラの胸もとが微かに蠢いた。


「船長」 チャンが船長を手招きして呼んだ。

「できたか」

「いえ、まだ…それよりこれを…」

船長はチャンが示したデータ・ファイルを見る。

「ん?…なんだこりゃ…」

画面に映し出された文字を追ううちに、船長の表情がだんだん険しくなって行く。

「…オットー」

「は…はい?こ、こっちはまだ何も」

「ちょっと来てくれ」

オットーはそわそわと落ち着かない様子で船長の傍に飛んだ。

「なんですか…」

「前にあの女達は宇宙旅行に耐えられるようにが体を改造し、『クッキー』の中で体を保存していると言ったな」

「か、仮説ですが」

「あまりに飛躍しすぎていると思うが…その仮説、何処から出てきた?」

「い、いえ…あの中から女達が出てきたところから…その…いろいろと考えると…」

船長は無言で、スクリーンを指す。 そこには焦げたボートの様なものが売った写真が表示され、こうタイトルが付いていた『コード名:

アップル・シード 発見場所:南極』

「…」 オットーが青くなる。

「貴方のパーソナル・データ・フォルダで見つけたんだ」 チャンが固い口調で言った。

「オットー、知っていることを全部話せ」船長が冷たい声で言った。

オットーはうろたえて辺りを見回す。

そこに居る全員がじっと彼を見ていた。

【<<】【>>】


【乳の方程式:目次】

【小説の部屋:トップ】