乳の方程式

Part9 コンディション・レッド


船長はティー・チューブを一口すすり、食堂に並んだ顔を見回した。

ざっと10人、残りは作業中か休憩中だろう。

「さて…朝食後の話題に相応しいかどうかわからんが、判った点を報告してもらおう」

全員の視線がマドゥーラ医務長に向けられる。

「…医務長、なんでサン・ゴーグルを?」

チャン副長の言うとおり、彼女はごつい作業用のゴーグルをかけていて、顔の半分が全然見えない。

「ちょと徹夜したら顔に出てね…年はとりたくないものよ」

彼女のセリフに居並ぶ面々が苦笑した。


「では…と」

彼女がコントローラを操作すると、壁面のスクリーンに茶色い楕円形の物体が映し出された。 人間の乳房に酷似している。

「『クッキー』に水を与えるたところ、水分を吸って膨張し、一時間ほどでこの状態になったわ」

「小さいほうもか?…で、これはなんなんだ?」

「断定はできないけど…地球で言う菌類の一種に思えるわ」

「なに?…じゃあこれは『茸』なのか?」

マドゥーラが頷いた。

「こ、これではク、クッキーには見えないな。テ、『ティッツ・マッシュルーム』としようか」とオットー。

「『乳茸』ね…」 男達が忍び笑いをする。


「医務長。 じゃあ『クッキー』は只の『茸』で、オットー先生の大胆な仮説は、残念ながら間違いだったと?」とチャン副長

「さぁ…それはまだ何とも…なにしろこの『茸』は中々面白い性質を持っているみたいなのよ」

「面白い?」

「ええ。菌類は、変わった有機物を合成する物が多いのよ。毒キノコや薬用になるキノコがあるでしょう?」

「確かに」

「それに…」


マドゥーラがそこまで言った時、食堂の片隅に居たマハティーラが胸を押さえて苦しみだした。

「マハティーラ!?」

彼女は体を折り曲げ、次には背筋を逸らして宙を漂う。

荒い息を吐いて胸を押さえる。

「どうした!」

傍にいたヒッグスが、漂うマハティーラの腕を捕まえ、テーブルにのせる。 

体を捩ってもがくマハティーラ。 その時、皆が異変に気が付いた。

ギチギチと音を立てて、マハティーラのツナギの胸元が裂けていく。

傍にいたヒッグス達が、恐怖の表情を浮かべて思わず身を引いた。

ギチギヂ…バリッ!

激しい音を立て、ツナギのジッパーが弾け飛び、中から飛び出したそれは…

「乳が…でかくなっていく!?」

Aカップだったマハティーラの胸が、C…Dと膨れ上がっていくように見える。

「いや、色が違うぞ!」誰かが叫んだ。

インド系のマハティーラの肌は褐色で、膨らんでいく乳の色も褐色なのだが、色合いが僅かに違う。

「どうなってんだ…これは…」


「それは『ティッツ・マッシュルーム』よ」

皆がぎょっとしてマドゥーラを振り向いた。

「あの『茸』は面白いことにね、動物の特定の部分に吸い付いて成長するの」

マドゥーラは淡々と語る。 目の前でクルーの一人に異変が起きていると言うのに。

「特定の部分…どういうことだ!」 

「御覧なさい。この『茸』は女の乳を吸っているのよ」

「な!」

マハティーラの両胸に吸い付いた『ティッツ・マッシュルーム』はビクビクと震え、医務長の言うように乳を吸っている様にも見える。

あ…ぁぁぁぁ… いい…とっても…いい…

「マハティーラ!?どうした!」

「気持ち良くなってきたのよ」とマドゥーラ

「なんだとぉ!?」

「普通に吸われたって乳が出るわけないでしょう。御覧なさい付け根のところを」

マハティーラの胸に『ティッツ・マッシュルーム』が吸い付いているあたりを、マドゥーラが指差した。 さっきより境界があいまいになってい

る。

「『ティッツ・マッシュルーム』が体に癒着…いえ同化しているのよ」

「…」

「そうしながらマハティーラの体を作り変える為に色々と流し込んでいるのね」

「作り変える…だと…」

「ええ…乳がいっぱい出て…そしてマハティーラが気持ちよくなるように」

悠然というマドゥーラに、船長は恐怖を覚えた。

「ば…ばかな!ヒッグス、チャン!それを引っぺがせ!」

「え…はぁ…おいマハティーラ、船長命令だかんな。悪く思うな」

チャンがマハティーラの足を捕まえ、ヒッグスが彼女の胸に張り付いている『ティッツ・マッシュルーム』…どう見てもマハティーラの乳房に

しか見えなくなっている…を鷲掴みにするが…

フニャァァァ… 『ティッツ・マッシュルーム』は異様なほどに柔らかい上、表面が油に濡れたように光り、手がかりがない。

ヒッグスは、『ティッツ・マッシュルーム』を掴もうと一生懸命だが、生クリームかバターの塊をこね回す様な有様になっている。


あああ…いい…もっと…もっと…

「お、おい。マハティーラが感じているぞ!神経が繋がっているんじゃないのか?」

「刺激された『ティッツ・マッシュルーム』が麻薬様物質を分泌しているのよ…」

「くそ…お…少しは手ごたえが…」

ヒッグスは、こね回している内に、『ティッツ・マッシュルーム』が少し固くなってきたのを感じた。

と…突然それが、彼の手の中でブルブルと震えだした。

「や…これは…」 異変に気が付いたヒッグスは手を放し、それを覗き込む。

ほとんど同時に、ピンと立った乳首がヒッグスの方を向き、その先から白く粘っこい液体が噴出した。

ビュルルルルル!

「ぼわぁぁ!?…ぐぼっ…」 「ヒッグス!?」

白い粘性の『ミルク』は、狙いたがわずヒッグスの顔面を捉えていた。

白い仮面を被ったようになったヒッグスは、慌ててそれを擦り落とそうとする。 しかし…

「ばっ…ばばっ?…ぼっ…」

伸ばした手から力が抜け…やがて力なく漂うヒッグス。

「ヒッグス!?」

「『ティッツ・マッシュルーム』を刺激しすぎたのよ。ああやって身を守ったり、獲物を捕らえるのよ…ふ…ふふ…ふふふふふふ…ククククク

クク…」

異様な含み笑いを始めたマドゥーラを振り返る船長。

マドゥーラをじっと見つめ…そしてゴーグルをむしり取った。

「ククククク…いきなりナ、にをするノ…ククククク」

笑い続けるマドゥーラの目…赤く変わった瞳が船長を見つめていた。

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