乳の方程式
Part8 ナイトメア…
”ククッ?”
”クククククッ?”
航法士のマハティーラは寝袋から半身だけを出し、右手に持ったEペーパーに映る『宇宙人』を眺める。
船内通話の画像をミラーリングしているので向こうからこちらは見えていない。
「貴方たちって…まるで動物園に入れられた希少動物よね」
”クククッ?”
Eペーパーに映る女の胸元…男達が『小惑星クラス』と呼んでいる…乳が揺れる。
「…」マハティーラはそれを漫然と眺めながら、デイシフトの作業の事を思い出した。
彼女達の存在が確認されてからまる一日が過ぎた。
船はまだ木星圏内にあるが、地球軌道に向かっての一次加速が終わった今、航法関係の仕事はそれほど忙しくない。
しかし、デイシフトの間は船外作業が続いているので、ブリッジ要員は船外作業のオペレートを行わねばならない。
今はコンソールに映るスペース・ワーカーをモニタし、彼らの宇宙服の生命維持装置に異常がないか、注意を払い続けている。
彼女がモニタしている画面内はで、二人のスペース・ワーカーが、電子ビーム溶接機を使用する為の作業ゾーンを、バイオセル3に固定
しようとしている。
”なぁ…地球人類を代表して中のお嬢さんたちと『宇宙的友好』を育むめないかなぁ”
”船長次第だろうよ…畜生!パパガマヨの野郎!うまくやりやがって”
「ヒッグス、オンナスキー!無駄口叩かないで」 尖った声でマハティーラが注意する。
”了解…おばはん。それと俺はオーナンスキーだ”
「あら、ごめんあそばせ…電圧に注意して、Universalタイプ電子ビーム溶接機の加速電圧の定格は10kVよ」
”了解…これってソ連時代の骨董品だぞ…”
てきぱきと指示を出すマハティーラにルウが声を掛ける。
「みんな『宇宙人』さんと仲良くしたいんですね」
無邪気な子供のセリフに苦笑するマハティーラ。
「まあね…ルウ、貴方は?」
「ええ…」あいまいに応え、ルウは微妙な表情になった。
「?」
「いえ…あの女の人たちを見ていると…妙な気に…」
「妙?」
「…御免なさい!なんかよくわかんないです!」
マハティーラはルウに聞こえないように笑う。
(ルウ君も…色気づく頃かぁ…それともおっぱいが恋しくなったのかな…)
”マハティーラ…医務室から業務連絡”
「はい?」
”ナイトシフトに入ったら、定時トレーニングの前に医務室に来て。健康診断をするから”
「…そんな予定ありましたっけ?」
”臨時よ…『お客さん』からの生物学的汚染をチェックするの”
「はぁ…了解」
ふぅ… ため息をついて、マハティーラはEペーパーを壁面のフォルダに差し込む。
微かに息苦し差を覚え、意識せず胸元を緩めた。
そのまま目を閉じ、自分の呼吸を数える。
1…2…3…4…………
密やかに…静かに…薄いレースのような眠りの帳が降りてくる…
…吸われている…
…どこか…
…切ない感覚…
…もがいても…もがいても…逃れる事はできず…
…手も足も…動くことは無い…
…不意に手が動く。
…排除せねば…邪魔者を…煩わしいものを…
…払う…払う…闇雲に払う…
…柔らかい…衝撃…
うっく…
…切ない甘さ…胸に染みいる…甘い蜜…
…胸に擦り寄る…しっとりとした重み…
…手を濡らす…暖かなとろみ…
は…う…
…それを触る…指を巡らす…
…サラ…ザラ…サラ…ザラ…交互にめぐる…二つの所感…
…吸われる…吸われている…
…甘く切ない締め付け…胸に感じる暖かな重み…
あ…ぁ…
…どうしようもない愛おしさが…胸を締め付ける…
…優しくそれをなで摩る…その度に…
…それが優しく胸を吸う…吸う…吸う…
ヒクリ…ヒクリ…ヒクリ…
…疼く…疼く…胸が疼く…
…望んでいる…私を…呼んでいる…
…何が…どこに…誰が…
ブー、ブー!!
「ぅ…くは…くったく!」
マハティーラはいらだった声を出して、壁面の時計を叩いて起床ブザーを止めた。
「…もう起床時間?…寝た気がしないわ」
ぶづぶつ言いながら、寝袋から這い出す。
「なんか…息苦しいわね…」
頭を掻きながら、胸元のジッパーを少し下げる。
”これよりデイシフト” 無機質な船内アナウンスが告げ、続いてマドゥーラ医務長の声が響く。
”医療部より連絡。朝食後、調査の中間報告を食堂で船長に行います。リスニングはチャンネル3”
「…そう」
マハティーラは居住ブロック端のラバトリー・コーナーに向かう。
「よう、マハティーラ洗顔は終わった…」
食堂に向かうマハティーラに挨拶をしかけたヒッグスが声をとぎらせた。
「…なに?」
「…あ、いや…」
マハティーラは妙な顔をし、肩を竦めて行ってしまう。
「化粧…じゃねぇな…なんか妙に色気があったような?」
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