乳の方程式

Part7 未知との遭遇


想像外の光景にリタとチャンは絶句する。

誰かが『白い女』達に襲われている。 それがパパガマヨと判らなかったのは、女達の豊満な肉体に挟まれ、腕と足以外が見えなかった

からだ。

「あ…あんた達?なにを!」 ヒステリックに叫ぶリタ。

クッ?…クククククッ…

女達は含み笑いのような声を漏らしてこちらを向き、赤い目にチャンとリタの姿が映る。

クク…クククッ…

二人の女が手を伸ばし、リタとチャンに迫ってきた。

二人が避けるより早く、女達の腕が彼らを捕える。

圧倒的な質感を持った白く柔らかい果実が顔面に迫って来る。

「!」 チャンは思わず目をつぶり、衝撃に備える。

ドロ… (これは…何だ?)

クリームの様な何かが顔に当たり、頭を包み込むように流れていく。

それはやはり女の乳房…予想をはるかに超えた柔らかさを持ったそれは、蕩けたチーズよりも柔らかくチャンの顔を流れ、彼の頭をその

深い谷間に包み込もうとしていた。

「きゃぁ!?…むぅぅ…」 「おむぅ…」

彼らの声は、すぐに乳の中に埋もれ聞こえなくなる。

チャンは頭を覆う乳房を両手で引き剥がそうと掴む。 しかし、プリンかクリームに手を突っ込んだような手触りがするだけで、ほとんど手

がかりがない。

(い…息が…できる?)

隙間があるのか、呼吸はできることにチャン気が付いた。 なんとも言えぬ甘い香りの空気が肺の腑を満たす。

(…なんて…甘い…匂い…)

頭がクラクラし、気が遠くなりそうだ。

フワフワした乳が、彼らの頭を包み込んだまま、ゆっくりと蠢く。 

しっとりした肌の感触が、頬から唇、耳、首筋に心地よい。

体から力が抜け、頭が回らなくなっていく。

(…いい…気持ちだ…) チャンはぼんやりと感じた。

微かに聞こえる喘ぎ声…リタの声だ。

「…あん…胸…何この柔らかいの…いいの…」

(そうか…胸がいいのか…いいのか…)


「副長!リタ!パパガマヨ!」

がなり声が至福の時間を切り裂き、チャンの視界が明るくなる。

「あっ…」 

遠ざかる白い影に手を伸ばすチャン。 しかし、手が女に届く前に女達は靄の向こうに消えた…クスクス笑いながら。

「…」

チャンは意識に絡みつく霞を振り払おうと、2、3度頭を振った。

「ライリー?…」

「副長、無事ですか!?リタ?」

「…なによぉ…いいところで…」

リタは恨めしそうに言った。 こっちはまだ正気に戻っていないらしい。 

「なんて顔だ…とこっちもか」

チャンはリタや自分が甘い匂いの白い液体にまみれている事にようやく気が付いた。

「あいつらは?それに…それは?」

ライリーが指差したモノ…それは女達が出てきた『巨大クッキー』の一つ…今は茶色の巨大な乳房にしか見えなくなっていた。

「わからん…ライリー、パパガマヨを頼む。リタ、ここを出よう」

リタがこめかみを押さえながら頷いた。


数時間後、船内時間で早朝。 食堂に船長以下主だったものが顔を揃えていた。

「マドゥーラ。あれは一体なんだ」 船長がげんなりした声で通信パネルを指差す。

バイオセル3内部と通信状態にあるそれには、白い女達の顔が3つ、大写しになっている。 どうやら、3人して通信パネルを覗き込んで

いるらしい。

「パパガマヨの話は妄想じゃなかったってことかしらね…詳しい生態は不明だけど…」

「そうじゃない。あれは人…地球人の密航者なのか?」

船長の聞きたい事ををマドゥーラは悟った。 

首を横に振ると、簡潔な言葉。

「あれは…おそらく『アップル・シード』の乗員よ。この船の中に隠れていた訳じゃないわ」

「…つまり…あれは宇宙人なんだな」

「そう言う事にしましょう」頭をがしがしとかき回す「いろいろと疑問点はあるけど」

「…す、凄いぞ!…ち、知的生命体に…そ、遭遇…」

船長がオットーを遮る。 その時、男性乗組員数名が歓声を上げた。

通信パネルを見ると…通信パネルいっぱいに映るつぶれた乳首と乳輪…女の一人がカメラに胸を押し付け、ぐりぐりと動かしているらしい。

「…『痴』的生命体の間違いだろう…」額を押さえる船長。

「…こっちも負けちゃいないと思うけど」ため息をつくマドゥーラ。

男性乗組員のほとんどが通信パネルに群がり、口笛を吹く奴までいる。

そして、それを冷たい眼差しで見ている女性乗組員。


「しかし…いったいどこから出てきたんだ?」

「パパガマヨの話から推測すると…あの『巨大クッキー』の中にいたみたいね」

「人が入れるほどの大きさはなかったぞ」

「か、仮説だが…」オットーが自分の考えを述べる。

曰く、生命体が宇宙を旅するに当たり、生命維持に莫大な手間がかかる事が問題となる。 これを解決する手段として地球で考えられた

のがコールド・スリープだったが、実用化はできなかった。

しかし、かの女達は別の方法で『生命保存装置』を作り出すことに成功したらしい。 それが『巨大クッキー』なのではないか。

「別な方法?」

地球の生命の大部分は水。それを抜き取ってしまえば生命活動は停止し、体は保存しやすくなる。おまけに体積は減るし重量も軽くなる


いい事尽くめだ。

「ば…馬鹿野郎!生き物を乾燥食品と一緒にするな!水をやれば生き返るという訳じゃないだろうが!」

「そうでもないわよ。植物の種なんかは保存がよければ数世紀を持ちこたえるものもある。節足動物の中にも、完全に乾燥しても水をや

れば生き返るものがいるよ」

「…し、しかし…」

「宇宙旅行に耐えられるよう、人間の方を加工して保存する、コールドスリープは『冷凍保存』に…そして、『クッキー』の場合は…」

船長は両手を上げた。 着いて行けなくなったらしい。

「つまり、乾燥していた奴に水をやったから生き返ったと…そう言いたい訳だな?」

「ええ」

「そして生き返った宇宙人がでっかいオッパイで乗員を誘惑して困っていると…こんな話地球に報告できるか!?」

「しなきゃいいでしょ」

「なに?」

「そんな話、誰も本気にはしないわよ。悪くすると船長以下が精神に異常をきたしたと思われるだけだわ。どうせ地球までは5年はかかる

のよ。じっくり調べてから報告したほうがいいわ」

「そうだな…」 船長はあっさり同意した。「バイオセル3を封鎖して前後の接合部に見張りを置いておけば、奴らが逃げ出すこともこちら

に出てくることもないだろう」


『ニュー・ホープ』は無数の水素、ヘリウムのタンクと共通規格の居住モジュール、機械制御モジュールの集合体だ。

乗員のいる中央与圧区画は、機械制御モジュールと居住モジュールを交互に連結したものを、列車の様に一直線に配置してある。

3つのバイオセルは、中央与圧区画を列車に例えるならば、左右と天井に沿って配置され。その端だけが与圧区画と接合されているの

だ。

従ってその接合部を抑えてしまえば、中にいる者は中央与圧区画には出てこれない。


「バイオセルの中央部に外向きのエアロックがありますよ。宇宙服も備えられていますし」チャンが指摘する。

「それは大丈夫だ。あいつらの…」ちらりと通信パネルを見る船長「…胸のでかさじゃ標準の宇宙服は着られんだろう」

男性乗組員がどっと受け、女性乗組員は一斉に白い目で船長を睨んだ。

「…まあいいわ」マドゥーラは腰を上げた「あたしは小さい『クッキー』の調査を進めるよ」

「そうしてくれ。マドゥーラの報告を待って今後の方針を決定する。それまではバイオセル3は封鎖する。解散」

船長の声を合図に、乗員はそれぞれの持ち場に散っていった。


「さて…これはと」マドゥーラは『クッキー』からサンプルを切り取ると、『クッキー』本体に水を吹き付けてケースを閉じた。

予想通り『クッキー』は水を吸って膨らみ始めた。

『クッキー』のケースにカメラを向け、経過を記録する様にセットする。

次に、切り取ったサンプルからプレパラートを作成し、病理検査用の顕微鏡に取り付けて観察する。

「センセ…」 背後からリタの声がした。

「ああ、パパガマヨと副長の検査は終わったのかい」顕微鏡を覗き込んだまま声を掛ける。

「ええ…」

「そうかい…おっ、これは」 マドゥーラの注意が顕微鏡に向いた。「…菌類の繊維に似ているねぇ」

「そうなんですかぁ…」リタは呟きながら、マドゥーラの肩越しに覗き込んできた。


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