乳の方程式

Part5 接近遭遇


"Hey!Papagagrmyo!"

"B…B…Big…"

"Big?…Big Eyes Monstars?"

"Big Tits Woman…"

"…HA! Mother fucker!"


船長は舌打ちをして食堂のモニタを切った。「マドゥーラ、あいつは正気か?」  

「正気な奴がこんなとこにいるかい…ルウ坊や以外はね」そう言ってEペーパーを差し出した。「簡単な検査をしただけだけどね。 結果

の出ている分だけで見た限りでは正常…一応は」

「医務長」 マドゥーラ医務長に顔を近づけ、声を潜めた 「ドラッグの在庫は?」 

この過酷な任務において、精神が耐えられない乗組員が発生することは事は容易に想像された。 その対策として精神に影響する薬物

が用意され、医務長はそれを管理する立場にあった。

「確認してみるよ」 マドゥーラは不機嫌そうに応えた。「他は?」

「パパガマヨの頭の中を直に見れるか?」 真顔で言う船長。

「ランセンに頼んでパパガマヨの頭にディスプレイを繋いでもらえば?」 面白くなさそうに看護婦のリタが合いの手を入れた。

派手目の化粧と胸元が大きく開いたデザインのナース服は、『夜の職業』連想させる。 事実、彼女は…いやこの任務に関わった女性全

てが『女』である事を要求されていた。

「いいアイデアだ」 にこりともせずに船長が応えた 「そのうち試してみよう。オットー、パパガマヨに付着していた『ミルク』は何か判った

か?」

「そ…そんなに早く…だ…第一…設備が…」

「ああ、そうか。判らんのならそう言ってくれ」 オットーを苛立たしげに遮る船長。

「無茶いいなさんな」マドゥーラが船長に尖った声で抗議する。「パパガマヨは生きているんだよ」

「それがどうした?」

「彼が死…いや遺体になったなら解剖して、血液も取り放題で検査できるわ」とリタ。「生きている人間にそんな事ができますか?」

マドゥーラが説明する。 パパガマヨが生きている場合、医学検査は健康診断と変わらないし、限られた量の血液や尿の検査では微量

の物質は検出が難しい。

第一、未知の物質は検出方法すら確立されていない。

「船内の有毒、有害物質の反応は出ていない事は確認されたけどね」


船長が考え込んでいる間に通信が入った。

”船長、チャンです。 『アップル・シード』の中にあった『巨大クッキー』が一つなくなっています”

「なに?…確かか」

”映像記録と照合しました、間違いありません。これから捜索します”

「…待て、取り合えずそこから出て、バイオセル3を閉鎖しておけ」

”船長?”

「船体の修理を優先する」

”了解…” チャンは通信を切った。

船長はマドゥーラに向き直った。

「どう思う?」

「さぁ…」 マドゥーラは肩を竦めた。

「いまパパガマヨは?」

「第一居住ブロックに戻したわ。 仮眠していると思うけど」

「そうか…残りの検査結果が出たら教えてくれ」

船長は船内放送をONにした。

「各自へ連絡。悪いがパーティは延期だ。次のDayシフトで船体の修理を行う」

続いて『放送』から『個人通信』に切り替える。

「ルウ、ブリッジ側の『ボート』と『棺桶』のチェックをしてからライリーと交代しろ」

”はーい”

マイクを戻す船長にマドゥーラが声を掛ける。「地球への定時報告は?『アップル・シード』の事を…」

「まだ報告するな」船長が険しい顔で振り返った。「迂闊な報告をするのはまずい」

マドゥーラが船長の言いたいことを察して頷いた。

地球は彼らの生命に関して斟酌しない。 人命が大事ならこの計画は実行されていないからだ。

もし『アップル・シード』が危険なものだと判断されれば…彼らは地球に帰れなくなる。


「『ボート』…OK、『コールド・スリープ・カプセル』…OK」

ルウはコンソールのデータを確認すると、オペレータ席をライリーに譲った。

『ボート』は推進器を備えたモジュールで、独立した宇宙艇として使える為、万一の場合の救命ボートとされている。

もっとも、『ボート』の設備では5人の人間が一週間生き延びるのが精一杯であり、せめて月軌道の内側でないと役に立たない。

それを補っているつもりか『コールド・スリープ・カプセル』が5台積まれているが、これも2週間を超えると二度と目覚めない確率が50%

と言う代物である。

その為、乗組員は自嘲気味にこれを『棺桶』と呼び習わしていた。

「ミスター・ライリー。おやすみなさーい」

「ああ、坊や。いい夢をな…」


ルウはブリッジを出て、ドッキングユニットを通過、第一居住ブロックに向かう。 そこで誰かとすれ違った。

「あれ、ミスターパパガマヨ。大丈夫なんですか?」

「うん?…ああ…」 パパガマヨは生返事をして、ルウとすれ違った。

「…」 ルウはパパガマヨをちょっと見て、すぐに踵を返して第一居住ブロックに入った。


パパガマヨはルウの背中を見送ると、ドッキングユニットを見渡す。

そこは一片が5m程の立方体で、ブリッジのハッチと向かい合う形で第一居住ブロックのハッチがあり、残り4つの面にバイオセル1,2,

3,船体外部へのエアロックが配置されている。

各バイオセルは、列車の様に繋がったブリッジや居住区と平行する形で配置され、二箇所で居住区と連絡できるようにしてある。

ここは便宜上、各バイオセルの『前方ハッチ』と言うわけだ。

パパガマヨはバイオセル3のハッチに近寄り、環境コントロールパネルを開けた。

「ブリッジ制御…オーバライド…サブ・ブリッジ…オーバライド…」 ぶつぶつ言いながら、他からの制御を切る。

「…中央付近の水噴霧をON…」

微かな唸りがしてバイオセル3に接続されたパイプに水が流れだした。

「よし…」 パパガマヨは制御パネルのケーブルを外し、バイオセル3側のコネクタを壊し、水の流れを止められなくした。

そしてバイオセル3のハッチを開け、中に滑り込んだ。


深い霧がパパガマヨの視界を遮るが、パパガマヨは迷うことなくまっすぐに飛んだ。

不意に柔らかいものが背中にあたっり、誰かがパパガマヨを背中から抱きしめた。

”ありがとう…みて…”

声なき声が頭の後ろで響いた。

パパガマヨは見た、『アップルシード』の中にあった残り2つの『巨大クッキー』、それがじわじと膨らんで行くのを。

「…こ…これでいいのか…」 

”ええ…ほら…”

ビク…ビクリ… 

乾燥した植物の様だった『クッキー』は、次第に柔らかさを増しながら、時折痙攣するように蠢く。

パパガマヨはそれを見つめたまま、魅入られたように宙を漂う。

彼を背後から抱きしめた『白い女』は、パパガマヨのツナギに手を掛けた。

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