乳の方程式

Part3 ファースト・コンタクト


チャン副長が指揮を取り、『ニュー・ホープ』の外壁確認が行われていた。

”副長より各位、順次報告せよ”

次々と異常なしの報告が入って来る。

「ふう。どうやら、お客さんは『アップル・シード』だけか」

「副長。船体質量計測結果が出ました」ルウの元気な声に、副長がコンソールを覗き込む。

「約3Mg…3tの増加…あれはやっぱり木材なのか?」

「…ねぇ副長」ルウが無邪気に聞いた「木材ってなんですか?」

副長は苦笑し、ルウに『木』とは何かを説明する。


シュー…パー…

”つまらんな…” パパガマヨは何度目かのセリフを呟いた。

バイオセルの内部は、宇宙船の内部では最も『自然』に溢れた場所なのだが、今は濃い霧の為何も見えない。

最初は真面目に『アップル・シード』を見張っていたが、すぐに退屈してしまい、今はバイオセル3内部を『探検』している。

”うっとうしい霧だよなぁ…ん”

霧が渦を巻いて動き出し、一部では薄らぎはじめた。 同時にアナウンスが入る。

”ミスター・パパガマヨ。 バイオセル3のサーキュレータを作動しました。 『霧』はリサイクルシステムに回収されますよ”

”おお、ルウ坊か。ご苦労様”

パパガマヨは『探検』を中断し『アップル・シード』の様子を見に戻ることにした。 

セロリのラックにつかまって行き足を止め、反動を利用し、もと来た方向に体を泳がせ、ついでヘルメットを取る。

湿った土の匂いが鼻孔に溢れ、壁一枚向こうは真空の世界である事を忘れそうになる。

「お?」

パパガマヨは正面の霧が異様に濃いことに気づいた。 しかし、宙を飛んでいるので止まれず、その中に突っ込んでしまう。

「むわっ…なんだってここだけ…っと」

彼はジャガイモ栽培の棚に捕まってブレーキをかけ、『アップル・シード』の辺りに着地し、磁力靴で体を固定した。

「なんだ…この辺りはやけに霧が…いっ!?」 

パパガマヨは目を剥いた。 『アップル・シード』の中にあった『巨大クッキー』状の塊の一つが、大きく膨らんでいたのだ。

皺がよって、黒褐色の固い茸の様にも見えていたそれは、艶やかな丸っこい形に膨らみ、色も薄茶色に変わっている。

天辺の辺りははっきりと色が濃い円形の部分があり、へたの様な突起が出ている。

「たしか植物の種とか実じゃないかとか言っていたが…なんか果物の様にも見えるが…なんか違うような…」

クッキーがブルルンと柔らかく震え、それがパパガマヨにあるモノを連想させる。

「そうか、女のオッパイによく似てなぁ…あっはっはっ」 パパガマヨは己の連想に照れたように笑い、それからはっとなった。

「今…動いた?」

ビクッ… ビクククッ…

直径2mほどの『オッパイ』が再び震えた。 そして『乳首』がビクリ、ビクリと痙攣する。

「な…なんだ?」

ズブッ! 真っ白いミルクが『乳首』から迸った、とパパガマヨは思いとっさに身を引いた。

しかし、『乳首』から飛び出した白いものは、1mぐらいの長さで止まってしまう。

(なんだか玉ねぎが芽を出したみたいだなぁ…)と色気のない事を考えながら、白い『芽』を観察する。

「これは…人間の腕?」 それもほっそりした女の腕、それが『乳首』から生えていた。

「…中に誰かいるのかよ?」と当然の事を考える。


絶句するパパガマヨの前で、女の腕はしなやかに動き始め、続いてもう一本の腕がぬるりと生える。

「オッパイから女が出てくる…地球のヌードバーとかでそんなショーがあったっけなぁ?」パパガマヨはつまらない事を思い出し、そして

笑い出した。

(なるほど…誰が考えたか知らないが、木星出発パーティのイベントだな、これは。どっかでカメラを仕掛けて、俺がどんな間抜け面をさら

すかを見物してるんだな)

パパガマヨは『常識的』な判断をし、目の前にある『これ』を誰かの(多分自分以外のみんな)のしかけたジョークと考えた。

「そうなると…笑いものにされるのは癪だが…とにかく中のご苦労な真似をしている奴の面ぁ拝ませてもらうか」

『オッパイ』から出てこようとしている女の腕を掴み、出てくるのを助けようと引っ張る。

「誰だ?中にいるのは?看護婦のリタか…」

ズルリ… 腕に続いて、濡れた黒髪を纏いつかせ、目を閉じた若い女の頭が出てくる。

「な…」パパガマヨは絶句した、乗組員ではない。 全部で30名しかいない乗組員の顔は覚えている。

なにより13年前に地球を出発した乗組員達は、ルウ以外は全員三十路を超えている。 それに、宇宙の果ての過酷な仕事は、彼ら実

際の年齢以上に老けさせていた。


ゴクッ… 我知らず生唾を飲み込むパパガマヨ。

ねっとりとした、油の様な感じの液体で濡れた顔は、ひどくなまめかしい。

濡れて張り付いた黒髪が、乱れて頬に張り付いている。

女は意識がないのか、目を閉じたまま動く気配がない。

パパガマヨはこのまま女を放置して報告すべきか、女を引っ張り出すべきか逡巡した。


”…”

「何か言ったか?」 パパガマヨは女が喋ったような気がし、女の顔に自分の顔を近づけた。 ヒューヒューとか細い息が聞こえる。

「息をしている…生きてるのか!」 

冷静に考えれば、彼はこの正体不明の女の事を船長に報告し、指示を仰ぐべきであったろう。

しかし、彼は『意識を失った若い女』を前にした男として当然の行動を取ってしまう。

「待っていろ、いま出してやるぞ!」 

磁力靴を床にしっかり固定し、女の両手を掴んで引っ張る…ズルリ…手が滑って抜けてしまう。

「肩がひっかかっているのか。それにこの滑るやつは何だ?えい、手袋が邪魔だ!」

宇宙服の手袋を脱ぎ捨て、素手で女の手首を掴む。

ヌルリとした感触に一瞬ひるむ。 滑ることに変わりはないが、手袋ごしよりはしっかり握れる。

「ちっと痛いかも知れんが我慢してくれ」

言いながらパパガマヨは女を引っ張っる。

女の顎の下で、ハイネックのセータのようになっていた『乳首』がじわじわと広がっていく… 

「もう少し…くくくっ…わっ!?」

スポン! 勢いよく女の体が『オッパイ』から抜け出し、勢いあまってパパガマヨにぶつかって来た。

弾みで磁石靴が脱げ、パパガマヨと女はもつれ合ってジャガイモの棚の間を跳ね回った。


「あてて…うおぅ」 パパガマヨは『救出』した女をみて奇妙な声を出す。 女は全裸で、しかも…

(こりゃ引っかかるわけだ…D…いやE…ひっとしてFカップか?)

女の胸には巨大な果実が二つでんとついている。 頭より胸のほうが大きい。

「うーむ…これは地球外生命体に間違いねぇ。地球人にしちゃ胸がでかすぎる…なーんてな」

一人で馬鹿をやってから、パパガマヨは女の顔を覗きこんだ。 相変わらず目を閉じて細い呼吸をしている。 と…

「!」

女が目を開いた…赤く燐光を放つ目を。

パパガマヨは、女の眼光で脳天を射抜かれたような気がした。

女の唇の両端が釣りあがる…笑ったのだ。

「あ…ああ…」

女の腕が、蛇の様にパパガマヨ首に絡みき、その頭を自分の胸に抱え込む。

「むぅぅ!?」

マシュマロの様に柔らかい膨らみに、パパガマヨの顔が埋まる。 

彼は抵抗しようと、顔を左右に振った。 

中身はフカフカ、外はヌルヌルの妖しい感触が、彼の顔面を襲う。

”アア…”

女は喜びの声を上げると、パパガマヨの頭を強く抱き寄せた。

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