第三話 キーパー

9.勧誘と答


 リズは遠くを見る目をした。

 「昔は、人が生きていくのが楽じゃなかった……」

 「まぁ、昔の方が大変だったろうな」

 「働いて、年を取って、やがて死んでいく……」

 「それは今も変わらないぞ……いつかは人は死ぬだろう……」

 「いつ?」

 「は?」

 「あなたはいつ死ぬの?」

 リズが滝の目を覗き込んでいる。 滝は狼狽え、少し考えて答える。

 「別にいつと決まっている訳じゃないが、まぁ80位までは生きられると思うが……」

 「根拠はあるの?」

 「平均寿命や、所得、医療や、社会の……おい、あんたは保険の勧誘か?」

 「保険は、何かあった時の備えね。 でも、全てに備えることができるの? 死ぬまで、何の不安もなく生きられるの?」

 リズが滝ににじり寄り、彼は一歩後ずさった。

 「何が言いたい」

 「私は保証する、血統の存続を。 私は与える、何の不安も感じない人生を。 そして私は約束する、満足できる終わりを……例えようのない、快楽に

満ちた、最後の一年を……」

 「……」

 滝はさらに一歩下がった。 ズリッ 石を踏んで、足が滑る。

 「おっと……危なかった」

 滝は、くたびれたハンカチを取り出し、顔を拭った。 ぐっしょりとハンカチが濡れるほど背に汗をかいていた。 引きつった笑みを浮かべ、リズを見返す。

 「なかなか、魅力的な『お誘い』だったな。 そうやって、新しい獲物を捕まえるのか?」

 リズはにっこりと笑って肩をすくめた。

 「まぁね。 もっとも『お誘い』を受け入れてくれる人は少ないのよ。 だから、『獲物』が子供を作るまで待って、その子を次の『獲物』に……」

 志戸が口をはさむ。

 「なるほど、『狩猟』よりは『放牧』の方が確実というわけか……」

 志戸の語尾が掠れている。 リズの『勧誘』に動揺したらしい。

 「アンタにとっては、人はただの糧……あんた達に喰われるだけの哀れな存在か……」

 「あら?」

 リズが眉を寄せた。

 「そんな風に考えているの、貴方達は。 私は逆だと感じているけど」

 「逆?」

 「私がいなくなっても、人は……健は困らない。 でも健がいなくなれば、困るのは私。 哀れな存在なのはどっちかしら?」

 「それは……」

 「私は健のお父様にも、健にも感謝している。 出来ればこのまま健と……。 でも、それだと健の血統が絶えてしまう。 だから、彼が困らないようにして

独り立ちさせたのよ」

 「独り立ちさせた……人として繁殖させるためにか……」

 「そうよ」

 「『放牧』、いや『放流』か……」

 滝と志戸き顔を見合わせ、それからリズに視線を戻した。 さっきまでは、人を操る恐ろしい魔物と感じていたものが、今は自分たちと変わらぬ生き物に

見えた。

 「この後どうするつもりだ?」

 「なにが?」

 「俺たちに全部喋って。 この……」

 滝は、彼らを導いたカンテラを持ち上げてみせた。

 「カンテラの力かもしれないがな。 それとも、話した後で……」

 滝は、首を切る仕草をして見せた。 リズは苦笑して、肩をすくめる。

 「そのつもりなら、話をする前に『やる』わよ。 さて……」

 リズは微かに笑い、二人を見つめた。

 「私はもう行くけど? ホントに『誘い』に乗る気はない?」

 「おい?」

 「自分が言うのもなんだけど、気持ちよく『終われる』わよ。 私だって、旬を過ぎて死にそうになった人間なんて『食』べるきなんてしないから」

 「ん……心動くお誘いだけどな。 やめとくよ」

 「そう?」

 「『終わる』時に後悔……するかもしれないが、まぁ自分の選択した結果だと思えば、あきらめもつくだろう」

 リズはふっと笑い、二人の前から姿を消した。 途端に、どっと汗をかく滝と志戸。

 「やばかったな?」 滝が言った。

 「ああ、一人だったら断りきれたか……自信がない」 志戸が応じた。

 「後悔……しないか?」 滝が、相棒に尋ねた。

 「さてな……まぁ、『終わる』ときに思い出すネタが出来たと思って、よしとしようや」

 そう言って滝はカンテラの蓋を閉じた。

<第三話 キーパー 終>


【<<】【>>】


【第三話キーパー:目次】

【小説の部屋:トップ】