プロローグ


 XXXネット配信報道社、一階のカフェに朝の喧騒が満ちていた。 モーニングセット、コーヒーを抱えた配膳ボットや人が、右へ左へと行きかい、ほぼ

埋まっているテーブルへと流れている。 窓際のテーブルの一つに、長い黒髪の女が腰を下ろし、ブラックコーヒーを優雅な手つきで口に運ぶ。

 グビグビグビッ……プハー

 小さなカップを一気に空にした女は、コーヒーカップをソーサに戻し、隣に置いたスマホをちらりと見た。

 『204X/……』

 「時のたつのは早いもの……か」

 『NEWS』の文字を軽く弾いて、トピックを表示させる。

 『ダイアナ計画、5回目の月着陸をキャンセル。 計画見直しに』

 『中台紛争、休戦からXX年、民間交流再開』

 『西ロシア、東ロシアと国境線問題再燃』

 『京阪IR、売り上げが前年度比で20%ダウン。 台場IRは30%増』

 『航空運賃、前年に引き続き値上げ、利用者は減少の一途』

 『マジステール大学−農学部、燃料作物の実証実験場で盗難』

 「あら?」

 彼女はに視線を止め、二回瞬きした。 視線検知、通称『アイコン』がトピックを拡大する。

 『北海道の実験農場でマジステール大学が試験栽培中だった燃料作物が、一夜のうちに持ち去られる事件が発生。 監視カメラの映像には、作物が

土から抜かれる瞬間が捉えられていたが、人影が映っておらず、警察はカメラの暗視機能侵入されたものと判断、組織的な窃盗の可能があると発表』

 「あらら……あれ?」

 同じ報道社の次のニュースを見て、彼女は目を見開いた。

 『走行中のドライバーが『大根が走っていた!』と警察に通報。 飲酒、薬物の接種の疑いで任意取り調べ中。 近くの実験農場では窃盗事件が発生。 

関与について、慎重に捜査中』

 ゴホッ!

 大きな咳が、周りの視線を集めてしまう。 女は愛想笑いを浮かべて顔を上げた。

 「あっ! いた!」

 二人の男が、女の机に向かって歩いてきた。 配膳ロボや人を遮り、何人かが迷惑そうに顔をしかめる。

 「おひさしぶりです、エミさん!」

 女……エミは中年の男二人の顔を見て、首をかしげた。

 「どちら……滝さんと志戸さん?」

 「はい滝です!」

 「志戸です!」

 「二人合わせて『タキシード』です!」

 「まだ生きてたの?」

 滝と志戸は転びかけ、どうにか踏ん張った。

 「あんまりといえば」

 「あんまりなお言葉」

 「いえね。 あれからTVはおろか、ネットにすら出てこないから、どこかで頓死したか、ミスティに捕まったかと……」

 エミはそう言って、二人をの顔を交合に眺めた。

 
 20年ほど前、エミは二人を雇ってラジオで『百物語』形式の怪談番組を流していた。 表向きは、ただの怪談番組だったが、その真の目的は、各地の

怪異や怪異に遭遇した人間を召喚し、ミスティが求める『欲望』の持ち主を探すことにあった。 単によく深い人間ならどこにでもいた。 しかし、彼女が

求めたのは、強い『欲望』を持ちながら、欲に呑み込まれず、己を保ち続け、そして何があっても生き延びたいと願う、そんな人間だった。

 
 「ま、何があっても『生き延びたい』と願う貴方達だものね。 簡単にはつかまらないか」

 「いやー、実は」

 「何回か捕まったんですが」

 エミが目を見開いた。

 「それで?」

 「俺らは」

 「あまりに『生き延びたい』との願いが強くって」

 『魂が取れないと』

 エミは額に手を当て、感心すべきか、呆れるべきか迷った。

 「なんというか……まぁ……凄いというべきか……」

 そう呟いて、二人の顔を見つめた。

 「それで? そう言うことなら、『ミスティを何とかして欲しい』とか言うお願いに来たわけじゃなさそうだけど?……」

 「そうそう」

 「そうでした」

 『仕事ありませんか?』

 エミはテーブルに突っ伏した。

 
 −妖品店『ミレーヌ』−

 世の理から外れ、時に使うものをこの世から連れ去ってしまう。 そんな品を扱うこの店が開店し、20余年が過ぎていた。 エミは、ここにきてミスティと

会っていた。

 「貴女、あの二人をあきらめたの?」

 「んー……あきらめたわけじゃないけど……とにかく『生への執着』が想像以上で……無理に引っぺがすと魂が痛んじゃいそうで」

 「……どうなるのか、想像がつかないわね。 それで? 貴女は強い『欲望』の持ち主探し、あきらめてないんでしょう?」

 ミスティの雰囲気が変わる。 あっけらかんとした笑顔から温かみが消え、氷の微笑が口元に浮かぶ。

 「あきらめる?……人間が最後の一人になるまで、いえ、最後の一人になっても、あきらめないよ……」

 エミは、背筋が凍るような恐怖を押し殺し、ミスティに尋ねる。

 「それじゃ、あの二人に頑張ってもらうのはどう?」

 「はい?」

 ミスティが首をかしげた。

 「例の『ロウソク』よ。 あれを幾つばらまいたの?」

 「1つ、2つ……たーくさん♪」

 「ばらまいた『ロウソク』で、すべての怪異が、あの場で語ったの?」

 「さぁ?」ミスティは首をかしげた。

 「どうなの?」

 エミが振り返って尋ねたのは、フードを被った妖品店の主人、彼女は代々『ミレーヌ』と呼ばれ、何度も代替わりしていた。

 「……全てではないわ……力強き怪異は……その場から動かない……いえ、縛られていることが多い……私のように……」

 ミレーヌは、見かけよりずっと若々しい。

 「そうね……」

 エミはそっと目を閉じ、ミスティに向き直る。

 「召喚に応じなかった怪異の中に、貴女の答えがあるんじゃない?」

 ミスティは、いつになま真面目な顔で応じる。

 「『来ぬならば、こちらから参るぞ……』」

 「『……貧乏神』。 これ、落語の前振りじゃないの」

 微かに笑い、エミは続ける。

 「あの二人に、行ってもらうのはどう? 初回は貴女から逃げおおせた二人。 あの二人が捕まるような怪異なら」

 「『強き欲望』を得られるかもしれない……ふーん……」

 ミスティの口元に、笑みが浮かぶ。

 「面白いかも」

 「決まりね」

 エミは近くに置いていたハンドバッグを取りあげ、出口に向かった。 ふと二人の顔を思い出す。

 「さて……楽しめるといいわね」

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