第三話 キーパー

3.リズの正体


 翌朝、健がダイニングに下りていくと、父親とリズが食卓についていた。 父親は、スマホで何か検索している。

 「おはよう、いただきます」

 簡単な朝食を済ませると、父親が真面目な顔で『今夜、話がある』と言った。

 「うん」

 返事をしたものの、胸騒ぎがする。

 (まさか……)

 
 その晩、夕食の後で父親は健に書類と封筒を渡した。 健は書類を見たが、何やら難しい事が書いてある。

 「なんなのこれ」

 「預金通帳、保険、家の権利書など財産関係の書類だ」

 「え?」
 面食らった健に、父親は真面目な顔で言った。

 「父さんにもしものこと……いや、誤魔化してもしかたないな。 父さんは一年ぐらいで他界するだろう。 これは、その後お前が生きていくために必要な

ものだ」

 「……え!? 他界って……父さん、それどういうこと!」

 健は目の前が真っ暗になるのを感じた。 父の言葉が理解できない。 恐怖に呑み込まれそうになる。

 「ケン、こっちを見て」

 リズが健の頤に指を当て、自分の方を向かせた。 リズを見ると、目が金色に光っている。

 (あ……また……)

 リズの眼から溢れる金色の光が、健の頭を満たしていく。 嵐のような恐怖が消え、心が落ち着く。

 「落ち着いた?」

 「うん」

 「じゃ、お父様の話を聞きましょう」

 「うん」

 そして父親は話を始める。 なぜ、彼が一年後に他界するかを、そしてそれはリズの正体に関係していることを。

 
 リズは人ではないらしい。 悪魔か、妖怪かは判らないが、今の姿のまま少なくとも数百年は生きているらしい。 彼女は街中で、人に交じって暮らして来た。

 「ずっと同じ姿で? 変だと思われなかったの?」

 「疑われたら、よそに移ってきたの」

 年を取らないだけ、他はほとんど人と変わらないとリズは言った。

 「まぁ、角と、尻尾と羽があるけど。 余分なパーツがついているだけよ」

 「余分なパーツって……」

 「それに、ほら。 今は見えないでしょ? 普段は見えなくすることができるから、問題ないのよ」

 健は、そう言う問題ではないという言葉を呑み込んだ。

 「ただ、SEXの時は、流石に隠せないのよ。 昨夜みたいに」

 健は、昨夜見た光景を思い出し、真っ赤になった。

 「……そうなんだ……」

 モヤモヤしたものを感じながら健は呟いた。

 「それで? 父さんとリズ……リズさんは、結婚するの?」

 「いや……それは無理だ。 リズには戸籍がない。 なにより……」

 父親が言葉を濁したので、健は父親が一年先に他界すると言ったのを思い出した。

 「父さん、何か病気なの」

 「いやそうじゃない……リズとSEX……うーん」

 「ワタシが言うわ。 ワタシとSEXを続けていると、人間は一年ぐらいで死んでしまうの」

 「……ええっ!?」

 驚いて立ち上がる健。 その健をリズは見つめる、金色の瞳で。

 (あ……また)

 健は心が落ち着いて行くのを感じ、腰を下ろした。 それを見て、リズは話を続ける。

 「ワタシと一緒に暮らして、SEXしていた人は、例外なく一年ぐらいで死んじゃったのよ」

 「それは、その……だんだんやせ細ってミイラみたいになって……」

 「そう言う訳ではなかったわ。 外見は、変わらないけど、だんだん元気がなくなって、ある日眠ったまま目を覚まさなくなる。 そんな感じだったわ」

 「そんな感じって……リズは吸血鬼なの?」

 「別に血を吸ってるわけじゃないわ」

 「その通りだ。 だから、リズとSEXしている父さんも、一年ぐらいで目覚めなくなるだろう」

 「……」

 恐ろしい話のはずだが、リズの瞳に見つめられたためか、健は恐怖を感じない。

 「その……じゃあ、SEXしなければいいんじゃないの?」

 「その通りだ、が……」

 父親は言葉を途切れさせ、リズが後を続ける。

 「ケン。 一度でも私とSEXしたら、やめられなくなるの」

 「え?」

 「うふ……」

 リズが笑う。 優しい笑みの中に妖しいものが混じっていく。

 「ワタシと一度でも交わった人間は、魔性の快楽の虜。 やめられなくなるのよ……」

 クッ、ククッ、クックックッ……

 リズの喉が鳴る、邪なものを感じさせる、含み笑いだ。

 「父さん……」

 「あ、ああ……リズの言う通りだ。 父さんは、もうリズから離れることは考えられん」

 恐ろしい事を言った父と、笑うリズを健は交互に見つめる。

 「だが、健。 お前を一人にするのが平気なわけではない。 だから、一年後にお前が暮らしに困らないように、しておこうと……」

 唖然とする健。 信じられない話の連続だった。

 「ちょっと待ってよ……」

 その後、健は父親にリズとのSEXを止めるよう説得を試みた。 しかし、父親は説得を受け知れなかった。 そもそも、リズが隣にいるところで、こういう

話をすること自体がおかしいのだが、なぜか健も父親も、それには気が付かなかった。 1時間ほどで、二人は疲労困憊して伸びてしまった。

 「健、続きは明日にしないか」

 「そうしよう……父さん」

 「ん?」

 「今夜もリズと?」

 「ん? ああ……」

 健は首を横に振って席を立った。

 
 その夜、寝ている健の耳に、微かな喘ぎ声が聞こえてくる。

 (一晩ぐらいなら……でも……)

 モヤモヤした気分が続いている。 健は何度も寝返りを打った。

 パサッ……パサッ……Zzzzz


 フワッ……

 甘い香りが鼻孔をくすぐった。 はっとして、横を見る。

 「ハィ」

 リズが隣に寝ていた。 健のベッドに入り込んでいたのだ。

 「!」

 跳ね起きようとする健を、リズが制した。

 「見て」

 リズの瞳が金色に光る。 健は、振り上げた手を下ろし、リズの隣に横になる。

 「僕を誘惑するの?」

 「ワタシ、こう見えて身持ちが固いの。 今はお父様のリズよ」 リズは、ぬけぬけと言った。

 「じゃあなにしに……」

 「ここで寝たいから」

 「え?」

 聞き返したときには、リズは目を閉じていた。 健はしばらく迷った後、リズの隣に横になった。 並んで寝ていると、リズの体から甘い香りが漂ってくる。

 (女の子の匂い……)

 リズの甘酸っぱい匂いを嗅いでいるうちに、健は眠ってしまった。 心地よい眠りだった。

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