第三話 キーパー

2.目撃


 ドアの隙間から垣間見た光景に健は強い衝撃を受けた。 リズが父親に跨り、盛んに腰を動かしている。

 ううっ!!

 ハッ、ハッ、ハッ!

 二人の喘ぎが部屋を満たす。 そのなかで、二人は獣のように互いを貪っている。 だが、健が衝撃を受けたのは、その光景だけが理由ではなかった。

 ビクン、ビクン、ビクン

 リズの尻から伸びた黒い尻尾が、鞭のようにしなる。

 バフッ、バフッ

 リズの背中から生えた、二枚の羽が部屋の空気をかき回す。

 カハッ!

 のけ反るリズの頭から伸びた、二本の角が常夜灯の光を反射する。

 「うわわ……」

 健は廊下に尻もちをついた。

 トスッ

 「誰?」

 リズがこちらを見た。 瞳が金色に光っている。

 (見つかった!?)

 健はドアから離れ、這うようにして自分の部屋に戻り、ベッドに飛び込んで毛布を頭からかぶる。

 (どうしよう、どうしよう、どうしよう……リズは……悪魔だったんだ……)

 父親に跨っているリズ、その光景が頭から離れない。

 (逃げなきゃ、そして警察に……ああっ信じてもらえるわけがない……)

 何かしなくてはと考えるが、どうすればいいか判らない。

 (リズに気づかれたし……きっと……僕の口封じに……あれ?)

 耳を澄ますと、二人の声が微かに聞こえる。 まだ続きをしているようだ。

 (気が付かなかったのかな?……よかった……)

 安堵したが、今度は父親の事が心配になってきた。

 (助けないと……ああでも……どうしよう……)

 布団の中で、健は焦り続けていた。


 おうっ!

 アアッ!

 ひと際高い声が聞こえた。 終わったらしい。

 (終わっちゃった……)

 じっと耳を澄ませる健。 しばらくは何も聞こえなかったが、10分ほどすると、物音がした。

 キイッ……キシッ……キシッ……キシッ

 (廊下を歩いてる……リズかな)

 リズが自分の部屋に戻ろうとしているようだ。

 キシッ……カチャ

 (え!?)

 健の部屋のドアがゆっくり開いていく。

 (まさか……)

 息を殺していると、忍び足で誰か、いやリズが入ってきた。

 「……ケン?」

 リズの囁き声がした。

 (……寝たふりをしよう)

 ……ぐぅ……ぐぅ……ぐっ

 「……寝たふりをしてるの?」

 ……ぐっ……

 「んふっ……見たの?」

 ……ぐ……ぐぐ……

 「……見たんでしょう」

 リズが健の布団をはいだ。

 「わあっ」

 健は跳ね起き、ベッドから転がり落ちた。 床に尻もちをついた姿勢で、リズを仰ぎ見た。

 「!」

 一糸まとわぬ姿のリズがそこに立っていた。 そして、角も、羽も、尻尾も生えたままだ。

 「わあっ……」

 カチカチカチカチカチカチ……

 恐怖に歯の根が合わない。 歯が口の中でカスタネットのように音を立てる。

 「ケン? 怖いの? 私が?」

 健は応えない。 怖かった。 リズが恐ろしかった。

 「ふうん……」

 リズは床にしゃがみこみ、健の顔を覗き込んできた。

 「!」

 リズの瞳は金色で、微かに光っていた。 その瞳が健の眼を正面から捉える。

 「ワタシを見なさい……目をそらさず……よーく見るの……」

 リズの瞳が光を放つ。 金色の輝きが、健の眼に差し込む。

 「あ?……」

 「そう……よーく見るの……」

 金色の光が、健の頭の中に満ちていく。 健は、魅入られた様にリズを見つめる。

 (金色だ……)

 ドキドキドキドキ……トクッ、トクッ、トクッ、

 リズを見ているうちに、早鐘の様だった心臓の鼓動が、平常に戻っていった。

 「落ち着いた? 健」

 「え?」

 リズに聞かれ。健は自分の胸に手を当てた。

 「う、うん」

 「そう。 よかった」

 リズはにっこりと笑った。 その笑顔に。健は微かに頬を赤らめる。

 「今のはなに?」

 「ケンがあたしを怖がらないようにしたの」

 「催眠術?」

 「みたいなものよ」

 リズはそう言うと、手をついて立ち上がり、健に手を差し伸べた。 健はリズに手を引かれる格好で立ち上がった。

 「見たんでしょう?」

 「え? あ、ああ……えーと……ゴメン」

 「何で謝るの?」

 リズはクスリと笑った。

 「あ、いや……覗いたから……」

 クスクスとリズは笑った。

 「別に謝らなくてもいいわ。 見られてもどうってことないもの」

 「そうなの?」

 「そう」

 そう言うと、リズはくるりと背を向けた。

 「リズ?」

 「じゃぁ、おやすみなさい」

 そう言うと、リズは部屋から出て行った。

 (……怖がらせないためにきただけ……なの?)

 健は毛布を拾い上げ、ベッドに横になった。

 「……おやすみなさい」

 憮然として、そう呟いた。

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