第三話 キーパー

1.来訪者


 カラ……

 手に下げたカンテラが軽い音を立てた。 カンテラの中には薄墨色のロウソクが灯っている。

 カンテラから洩れる光が、辺りを淡く照らしだす。

 「……ここなのか?」

 「のはずだが……」

 滝と志戸は、困惑した表情で目の前の建物、3LDKの建売住宅を見つめた。

 「『管理物件』……」

 「空き家のようだが……」

 躊躇いがちに玄関のノブに手をかけ、回す。

 カチャリ

 ドアは難なく開いた。

 「不法侵入になるな……」

 「……見つかったらその時はその時だ。 不動産物件の確認に来て、物件を間違ったとでも言い訳しようぜ」

 扉を閉め、玄関で靴を脱ぐ。 うっすらと埃が積もった廊下を進むと、カンテラの光が一つのドアを照らし出した。 二人は扉を開けて中に入った。

 「子供部屋?」

 「のようだが……」

 室内には、ベッドとライティングデスクがあり、デスクの上には数学と英語のテキストが置いてあった。 二人は、テキストを手に取り、パラパラとめくった。

 「中学生か……」

 ”どなた?”

 背後から声をかけられ、二人は硬直した。 首ををくめ、恐る恐る振り向きかける。

 ”こちらを見る前に、それを見た方がよくってよ。 そのデスクの上の日記”

 声の主は、若い娘の様に感じられた。 デスクの上をよく見ると、確かに日記が置かれている。

 「どうする?」

 「……見てみよう」

 滝は日記を開き、読み始めた。

 ”父さんが、今日出張から帰ってくる。 これを機会に、日記をつけることにした”

 −−−

 
 「お帰りなさい」

 少年は弾んだ声で父を出迎えた。

 「ただいま……」

 父親は、笑顔で息子の頭を撫でた。 子ども扱いに、少年が頬を膨らませる。

 「もう子供じゃないよ」

 「はは、すまん、すまん」

 父親は、大きなスーツケースを脇に寄せ、背後を振り返った。

 「おはいり」

 「ハイ」

 父親の後ろから、一人の少女が入ってきた。 金髪に碧眼の白人少女だ。

 「この子が、今日からいっしょに暮らすことになる。 お前より6つ年上のお姉さんだ」

 少年は、ポカンと少女を見た。

 「こ、この人、いや、このお姉さんが、一緒に暮らすの?」

 「ああ。 日本は初めてだが、言葉に不自由はない。 仲良くしなさい」

 「ヨロシク」

 少女はにっこりと笑い、手を差し出した。 少年は、彼女が握手を求めてきたことに気が付くのに、しばらくかかった。

 「ワタシ『リズ』イイマス。 オトウサマニハ、アチラ、よーろっぱノ『マジステール大学』デ、オセワ、ナリマシタ」

 「あ……僕、『健』です。 宜しく!」

 この日から、三人は一つ屋根の下で暮らすことになった。

 
 「見ての通り、家は男二人暮らしでね。 いろいろ行き届かないところがあると思う。 不自由があれば、遠慮なく言ってくれ」

 「オカマイナシ……違った、『おかまいなく』でしたか」

 リズは、すぐに流ちょうな日本語を話す様になり、生活にもなじんだ。

 健もリズに打ち解け、本当の姉弟のように仲良く生活するようになり、瞬く間に一か月が過ぎた。

 
 「こなんなにふうに留学するのはリズの家のしきたりなの?」

 「はい。 娘は大きくなると、よその家にお世話になりにいきます。 お世話になったお礼として、家事の手伝いや……いろいろをします」

 「すごいなぁ。 知らない家に、世話になりに行くなんて」

 健は素直に感心してみせた。

 「うん。 父さんが参加したマジステール大学の調査に、助手として同行してもらい、その縁でうちに来てもらうことになったんだよ」

 父親はそう言って、夕食の後片付けを始めた。

 「父さん、タバコやめたんだね。 前は、夕食後に必ず一服してたのに」 健が言った。

 「ん? ああ、体に悪いからね」

 健は、それがいいと言って自分の部屋に引き上げた。 そしてその夜の事だった。

 
 ンー……

 健は目を擦り時計を見あげた。 午前0時を回っている。

 ハッ……ハッ……

 「?」

 どこからともなく、くぐもった声がする。

 ンー……

 布団をかぶりなおし、眠ろうとする。

 アッ……アッ……

 艶めかしい声が耳につく。 どうにも気になる。 身を起こして耳を澄ます。

 ハッ……ハッ……

 アッ……アッ……

 声は父親の部屋の方から聞こえてくる。

 「まさか?」

 健は来月には中学生になる年齢だった。 もう、赤ちゃんはコウノトリが運んでくるわけではない事は知っていた。 しかし、父親に夜の生活があること

までは、気が付いていなかった。

 ハッ……ハッ……

 アッ……アッ……

 声は二ツ、父親と……リズだ。 耳を塞いで布団をかぶって身を縮める。 じっとしている分、声が大きく聞こえる。

 「……」

 健は、そっとベッドからでると、足音を忍ばせて廊下に出た。 父親の部屋の扉から、光の筋と、そして喘ぎ声が漏れている。

 「……」

 もやもやした気持ちを持てあまし、唇を噛む。 隙間から覗けば、何が見えるかも想像がつく。

 『お世話になる』『お礼をする』

 リズの言葉の、真の意味が判った。

 健は微かに、微かにため息をもらし。 父親の部屋に忍んでいき、隙間から中を除いた。

 「!?」

 ベッドに父が横たわり、其の上にリズがまたがっている。 そこまでは予想の範囲内だった。 

 「角? 尻尾? 羽!?」

 リズの頭には角が生え、尻からは黒い尻尾が、そしてその背には蝙蝠のような翼が生えていた。 その姿の、悪魔の姿のリズが、父の上で体を揺らして

いた。

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