第一話 四葩

4.変化


 カチカチカチカチ……

 腰を抜かしてへたり込んだ三人は、『歯の根が合わぬ』という言葉を身をもって体験していた。

 「あ、あたまかかか……」

 言葉が出てこない。 ナメクジ尼達は、そんな彼らを愉快そうに見ている。

 「ほほ……何をおっしゃりたいのですか?」

 「当ててみましょうか……『あたまから、かじる気だろう』ですか?」

 男の一人がコクコクと首を縦に振る。

 「そのような事、致しませぬ」

 「食するのであれば、蕪や麦、豆がございましょうて……」

 一人の尼が頭巾を取った。 剃髪した頭は、弱々しい灯りの元でも艶やかに光って見える。 墨染の衣が肩から滑り落ち、白々とした音が露になる。 

半裸になった尼は、全裸よりも煽情的に見え、男らと小僧の視線を吸い寄せる。

 「いかがです……私らと肌を合わせたくなりませぬか?」

 「そ、……そんなことはありません!」 小僧が否定する。

 「も、もののけと……するほど……ふ、不自由してねぇ!」 男も拒んだ。

 「まぁ」

 驚いて見せた尼だが、口元は笑っている。

 「もったいなきことを……」

 後ろからの声に驚き振り返る三人。別の尼僧が、背後に蹲っていた。 彼女は甘えるように、男の一人に抱き着き、懐へと右手を差し入れる。

 ヌルゥゥゥ…… 滑った肌が胸元を滑り、大きなナメクジが這うような感触を残す。

 「ひっ。 気色悪い!」

 「あらぁ……悲しや」

 尼は耳元で囁きながら、今度は左手を反対側から差し入れる。 背後から男を抱きすくめた尼は、器用に着物をはだけさせて男の背中を露わにし、胸を

背中に擦り付けた。

 ヌラァァァ……

 滑る双丘が、男の背中を這いずるように動く。

 「ひぃ」

 冷たい女の肌と滑る感触に、男は息を吐きだして硬直してしまった。 もう一人と小僧は恐怖の表情を浮かべ、這うように二人から遠ざかる。

 「こ、こら! そいつから離れろ!」 腰を抜かしたまま男が言った。

 「まぁ……口だけは元気ですこと」

 ほほほと尼は妖しく笑って見せる。 尼に抱き着かれた男の方は、目を見開いて荒い息をつき、言葉も出ない。

 「しっかりしろ!」

 「大丈夫ですか」

 10歩ぐらい離れたところから、二人が声をかけるが、男は応えない。 尼は、男の肩に顎を乗せ、耳を舌で舐めながら囁く。

 「お友達が、御身を案じておられますよ……応えて差し上げないと……」

 囁かれた男は、ノロノロとした動きで口を開けたり閉じたりしている。 それを数度繰り返して、絞り出すように口をきく。

 「おぅぅぅ……あぅぅぅ……」

 「ど、どうした! 苦しいのか!」

 「あ……ああ?……ああ……たまらん……」

 「苦しいんですか? どこが苦しいんですか?」

 男は口を閉じ、そして開いた。

 「たまらない……き、気持ちいい……」

 二人が目を丸くした。

 「な、なにを……」

 「言ってるんですかぁぁ」

 二人が恐怖に震える中、尼に抱き着かれた男は、彼女の腕の中で体をひねり、彼女と向かい合った。 そして、その唇に自分の唇を重ねる。

 ニチャ……ニチャ……

 舌が絡み合ういやらしい音が、はっきりと聞こえてきた。

 「た、たぶらかされやがった! しっかりしろ、妖の術だ、まやかしだ!」

 「くふふふっ……妖の術かもしれませんが……気持ちいいのは本当ですよ……」

 別の尼が頭巾を取りながら、残った男と小僧に告げる。

 「そ、そんなこと信じられるか!」

 「そうですよ、妖の言葉なんか」

 尼は妖しく笑いながら、二人に応える。

 「いえいえ……なにしろ、私たちは元はただの『人』だったのですから……」

 男と小僧は絶句し、顔を見合わせた。

 「何を言ってる? お前たちはどうみても『もののけ』じゃないか」

 「そうですよ、『人』には見えませんよ。『人』から『もののけ』に化けたとでもおっしゃるんですか?」

 「『化けた』と言うのは違いますね……御覧なさい」

 尼は、もう一人の男と絡み合う尼を示す。 つられて二人はそちらに目をやる。 尼の体はヌラヌラした粘液に包まれ、男の体をそれで濡らしている。 

あまりに淫らな光景に、小僧が耐えきれずに目を反らした。

 「何を言いたいんでぇ」

 「判りませぬか?」

 男は訝しみ、二人を凝視する。 そして、はっと目を見開いた。 日焼けた男の肌、その所々が白っぽく変わり、だんだん広がっていく。 その白さは、

尼の肌にそっくりだった。

 「あ、ありゃ……」

 「くふふ……あのヌルヌルに濡れると……そこからだんだん『もののけ』に変っていくのですよ……」

 男は口をパクパクさせ、顔を上げた小僧も真っ青になっている。

 「私どもも、ああやって『人』から『もののけ』に変えられたのです……」

 尼はスルリ……いや、ヌルリという感じで衣を脱ぐ。 白っぽく滑る肌には、一本の毛も生えておらず、それがいっそう煽情的だった。

 「ですから、良く判っているのです……『もののけ』に変えられることが、どんなに気持ちいいかを」

 小僧と男はへたり込んみ、茫然と全裸の尼を見ている。

 「怖がることはありません……いえ、すぐに恐怖なぞ感じなくなります……さぁ……」

 尼が二人ににじり寄ってくる。

 「……き、きぇぇ!」

 男が奇声を上げ、弾かれた様に立ち上がり、尼と反対方向に駆けだした。

 「逃がしませんよ……」

 尼の胸から粘液が迸った。 粘液は逃げる男の後頭部に命中する。

 「ひぎぃ!」

 粘液の一部が床にたれ、男はそれに足を取られて床に激突する。

 「まぁ……」

 「お可哀想に……」

 辺りの暗がりから別の尼が現れ、倒れた男の傍らに膝まづいて着物を脱がせ、介抱するように体をさする。

 「や、やめろ……」

 「心配なさらずとも……直に気持ちよくなって……気が変わります……」

 尼達は、自分たちも衣を脱ぎながら、男に体を重ねていった。

 「ほほ……痛かったでしょうに……さて、小僧さん……あら?」

 男の傍で、小僧が股間を押さえて呻いていた。

 「まぁ……我慢できなくなったの?」

 「た、助けて……」

 小僧が手をどけた……

 ヌッ……ニョロニョロニョロ……

 「まっ」

 なんと小僧のモノが、大人のモノほどに膨れ上がり、白くヌメヌメに濡れていた。 どうやら、小僧の股間に粘液が命中し、そこだけが『もののけ』に

なってしまったようだ。 膨れ上がったモノは、ダランと床にたれ下がり、蛇のようにシュルシュルとのびていく。

 「まぁ……素敵……」

 「なんて立派な……」

 あぶれた尼達が、目を輝かせて小僧のモノを見つめる。 小僧は顔を赤くして、モノを押さえつけようと握りしめた。

 「うぁぁ……」

 背筋を貫く刺激に、熱い喘ぎを漏らす小僧。 異形の肉の蛇と化したモノは、紛れもなく彼の一部だった。 床を這いずる感触が、しっかり伝わってくる。 

小僧は絶望と混乱の中に突き落とされた。

【<<】【>>】


【第一話 四葩:目次】

【小説の部屋:トップ】