第一話 四葩

2.秘仏


 ケホッ……

 小僧は目を擦り、体についた土ぼこりをはらう。

 「何です、今の風は」

 「凄い風だったなぁ」

 「全くだ」

 小僧は二人の声がする方に顔を向け、目を開けた。

 「目に埃が入ったようです。 よく見えません」

 「おれっちもだ」「おれも」

 男たちは、懐から手拭いを取り出し、顔を擦り、何度も瞬きした。

 「変だな……薄暗いぞ」

 「おれもだ」

 「わたしもです」

 まだ昼前のはずなのに、あたりは薄闇に包まれている。 そしてなにより……

 「ここは……どこです?」

 「どこってオメェ……どこだよここ?」

 三人が立っているのは、寺の門の前だった。 だが、それ以外は辺りの様子がまるでちがう。 辻から村に入る道沿いだったはずなのに、門の前から

伸びる道は下り坂になっていて、先が見えない。

 「門の形もまるで違う……?」

 小僧は門の上にかかる扁額の字を読んだ

 「『四葩院』?……これは私がいる寺ではありません」

 「なにがどうなったんだ? ひょっとして……狐か狸に化かされているのか?」

 「えええ! じゃじゃぁ、お前は狸か!」

 男の一人が、小僧を睨みつけた。 理不尽な物言いに、小僧がむっとする。

 「何を言ってるんですか。 話しかけてきて、変なものを読ませたのは貴方達でしょう。 貴方達こそ怪しいですよ」

 小僧と男たちは、互いの顔をにらみ合った。 しばらく、そうしていたが、やがて男の一人が視線をそらした。

 「こうしていてもらちが明かねぇな。 小僧さん。 あんたはこの寺がに見覚えはないか?」

 「……この寺ですか?……いえ、みた事の無いお寺です」

 三人は途方に暮れた。

 「仕方ない。 ここに入って、道を聞いてみよう」

 「ここにか?」

 「それとも、あの道を下ってみるか? この寺なら、誰かいるだろうよ」

 「そうか……そうだな。 小僧さん、あんたはどうする?」

 「……ご一緒します」

 三人はおそるおそる、中に入った。

 
 「なんかへんですよ、ここ」

 「うーん」

 小僧が言った通り、寺の中には奇妙な雰囲気が満ちていた。 人がいる寺や社は、きれいに掃除され、清らかな雰囲気に満ちているものだ。 一方、

無人になった寺は、草が生い茂り、落ち葉が積もり、荒れ果てた雰囲気になる。 ところが、この寺に満ちているのは、そのどちらでもない。

 「なんかこう……」

 言葉を探しながら歩を進めた。

 ズルッ

 「わっ!」

 「どうしたい」

 「わらじが滑った。 石畳が濡れてたんだ」

 男の一人がすり足で石畳の感触を確かめる。

 「妙に滑るな……おい、まちなよ」

 三人は本堂の前を外れ、庫裡の方に向かう。 すると、誰かが庭を掃除していた。

 「ありゃ、尼さんだ」

 「ここは尼寺なのか?」

 「変ですね。 この辺り……いえ、私のいた寺の辺りに、尼寺はありませんでした」

 三人は、尼(?)らしき人影に近づき、声をかけた。

 「あの、すみません。 ここはどこなんでしょう」

 サッ、サッ……

 箒が庭を掃く音が止まり、人影がこちらを見る。 瓜実顔の尼僧だった。

 (やっぱり尼さんか……しかし、なんか変だな)

 尼僧は、三人を無遠慮にじろじろと見て、男の手にしている紙に目を止めた。

 「御開帳に来られた方ですわね?」

 「へ?……ええっ!?」

 「ま、まさか、ここが!?」

 驚く男たちを見て、尼が笑顔を見せた。

 「!」

 笑顔にも色々ある。 微笑み、爆笑、嘲笑……しかし、尼の笑顔はそのいずれでもなかった。

 ホ、ホホホッ……

 嬉しそうに尼は笑った。 何かいいことがあったかのように。

 「あ、あの……おかしなことをいいましたか?」

 「いえいえ、お気になさらずに……さ、本堂にご案内しましょう」

 尼は、箒をその場に置き、先に立って歩き始めた。

 「お、お気遣いなく。 道を聞きたいだけで……」

 男の一人がそう言ったが、尼は構わず歩を進める。 三人は顔を見合わせた。

 「どうする? 何か危なさそうだぞ、あの尼さん」

 「仕方ない、本堂まで行ってみよう。 他の人がいるかもしれない」

 「あまり、賛成できませんけど……」

 三人とも気が進まなかったが、ここに突っ立っているわけにもいかない。 尼の後について、本堂の方へと引き換えした。

 
 「よく知らねぇが……『御開帳』って本堂でやるものなのか?」

 男の問に小僧が答える。

 「決まりはないですが……例えば開帳する秘仏が小さければ、本堂に台を設えて、そこで行うこともあると聞きます」

 「へぇ」

 本堂の前に戻ると、尼僧が先に立って中に入り、三人を招き入れた。

 「こちらがご本尊です」

 伽藍の正面、ハスの台座の上に座仏が『でん』と控えていた。 それを見た三人の目が丸くなる。

 「こ、これがご本尊?」

 「ええっ?」

 「こ、こんなモノが……」

 一口に本尊といっても、菩薩、観音、阿弥陀如来といろいろあり、お姿も立像、座像ど種類が豊富で、曼荼羅など仏画の場合もある。 しかし、三人の

前にあったのは……

 「こ、こんなモノが! 汚らわしいにもほどがあります!」

 小僧が真っ赤になって怒るのも無理もない。 蓮の台座の上に、足を組んで座っているのは木製の女仏像で、ふくよかな胸をさらけ出し、乳首と乳輪が

くっきりと現れており、組んだ足の間には陰りも見えた。 もっとも、子宝祈願の社などには、男女の性器をかたどったモノや、交合を表す像もある。 乳や

女性器を彫った像が本尊でも、おかしくはないのだが……

 「なんというか……妙にいやらしいぞこれは……」

 稚拙な出来の木像だが、乳房と陰りの箇所は異様なぐらい精緻に彫られている。 そして、像から漂う『色気』が尋常ではない。 見ているだけで、

ムラムラとおかしな気分になってくる。

 「確かに秘仏だなこれは……」

 ”では、『御開帳』と参りましょう”

 どこからともなく声が響いた。 さっきの尼僧の声とは違う。 三人は、声の主を探す。

 ギギギッ

 木のきしむ音に、三人ははっとして仏像に目を戻す。

 「おおっ!?」

 仏像の足が動いていた。 木でできているはずの足、それがギリギリと動き、組んでいた足が開かれ、陰りの下の女体の神秘がさらけ出される。

 ゴクッ

 誰かが唾をのむ音がした。 仏像の秘所、そこは極めて細かく彫られ、木で手きているとは思えない艶めかしさがあった。

 ズ……ズズッ……

 開く、秘所がゆっくりと開いていく…… それを見つめる三人は、こちらも木像になったんのように、身動き一つしない。

 ”御開帳……”

 ズウッ……

 木像の秘所が大きく開く、大きく、大きく……あり得ないほどに……

 ゴウッ……

 突風が吹きつけてきた、背後から。

 「わっ!」「なんだ!?」「きゃぁ」

 三人は、風に背中を突き飛ばされ、仏像の、その秘所めがけて倒れ込み……そのまま中へと吸い込まれた。

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