第一話 四葩

1.御開帳


 カラン……

 手に下げたカンテラが澄んだ音を立てた。 カンテラの中には肌色のロウソクが灯っている。 不思議なことに、カンテラから洩れる光は、一筋の糸と

なって道の先へと続いている。

 「あっちだな」

 滝はカンテラの光に導かれるまま、山道へと分け入った。

 「だ、大丈夫だろうな、滝」

 後に続く志戸が心細げに呟いた。

 山の夜は、人の灯りが払うことのできぬ真の闇に満ちている。

 「熊でも出ないだろうな」

 「このロウソクが灯っている間は、獣や怪異は寄ってこない……目当ての奴以外は」

 そう言ったが、滝の貌にも不安の影がみられた。
 

 小一時間ほど歩いたろうか。 二人は朽ちかけた寺らしき建物の前に立っていた。 滝は、掲げられた額を見上げる。

 「いかにもな場所だな……『四葩院』か」

 「人がいるのか」

 「さてな」

 片方が外れた門扉の脇を抜け、膝ほどもある草むらをかき分けながら、光糸のさす先、本堂へと歩みを進めた。

 
 「……」

 本尊があるはずの場所には台座のみが置かれ、その先には薄汚れた曼荼羅図らしきものが掛けられている。 そしてその前には……墨衣を着た

人物が台座の前に座り、曼荼羅図に向けて手を合わせていた。 脇の燭台に、カンテラのロウソクと同じ肌色のロウソクが妖しげな光を放っている。

 「小柄だな……尼さんかな」 志戸が呟く。

 「うん」 滝が応じた。

 二人は、技と足音を立てて本堂に入りその人物の後ろに近づいた。

 「夜分に失礼いたします。 その……そのロウソクの件にて伺いました」

 …… 返答はない

 「あの……」

 人影は微動だにしない。 二人は顔を見合わせた。

 (実はあれはミイラだとか……)

 (いや、振り向いた顔が化け物とか)

 嫌な予感を覚え、互いに『確かめに行け』とけん制し合う。

 チーン

 済んだリンの音に二人が飛び上がる。 座っていた尼が鳴らしたのだ。

 「行の途中であれば、『無言』にて礼を欠きました」

 尼僧は、座ったまま器用に向きを変え、二人と正対した。

 (よかった)

 (普通の尼さん……?)

 頭巾から覗く顔は、まぎれもない女性だった。 ただ、年齢が判別できない。

 「この灯火(ともしび)の件で参られたとか」

 「は、はい」

 クスリ……

 尼僧が口の端だけで笑った。

 『来ぬならば、こちらから参ると、いたしましょう』ですか? 灯火の招きに応じなかったのは、語りがこの建物にまわる話だからです」

 滝と志戸は顔を見合わせ、覚悟を決めてその場に座る。

 「では、この場に来た私達に語っていただけますか?」

 「はい、では……」

 背後の曼陀羅図に黒い渦が浮かび、尼僧は語り始めた……

 「それは、人の頭に髷がのっていた世の事でありました……」

 −−−−−−−−−−−−

 辻に佇む二人の男が、ひそひそと話をしている。

 「聞いたか?」

 「何を?」

 「あれよ、『なんとか』の御開帳」

 「は? 『御開帳』って、あれか? 寺の『秘仏』を何年かに一度、表にだして……」

 「そうそう、ありがたい仏を特別に見せるて、『御仏のかごを授ける』とか何とかやる奴」

 「けっ、『御仏のかごを授する』のは参拝客じゃねぇ。 お布施で儲ける坊主だろう」

 「ちげぇねぇ。 なぁ、そこで相談なんだが……坊主だけにもうけさせるこたねぇよな」

 「なに?」

 「ほれ、人が集まりゃいろいろと商いが出来るだろう。 団子を売るとか、水を売るとか」

 「なるほど……待てよ、寺ん中に屋台を出せねぇだろ」

 「寺ん中に出すこたねぇ。 街道沿いで屋台を出せばいいじゃねぇか」

 「なるほど……で、その『御開帳』はどこの寺だ?」

 聞かれた男は、手にした紙切れを見せる。

 「ここだ。 これを札巻が巻いてったのよ。 『……の御開帳』って言いながら」

 「札巻だと?」

 札を渡された男は、手にした紙切れを縦にしたり、横にしたりしている。 札には赤い文字で何かの言葉が刷られていた……が。

 「おりゃ字がよめねぇ」

 「おれもだ」

 憮然とした顔で為息を吐く二人。

 「どっかに字の読める奴が……」

 二人は紙を持ったまま、辻から村の中に入っていった。 村の中には小さな寺があり、小僧が門前をはいていた。

 「おい、あの小僧なら読めるんじゃねぇか」

 「ああ。 けどこの寺が『御開帳』の寺じゃねぇのか?」

 「こんな小さな寺に、『秘仏』なんかあるか?……おい小僧さんよ」

 声をかけられた小僧は、目をぱちくりして二人の男を見た。

 「はい? 何か御用でしょうか?」

 「おお、御用だとも。 この字を読んでもらえねえか?」

 小僧は紙を受け取り、首をかしげながら字を読んだ。

 「ええと『この度、四葩院にて十年に一度の御開帳を取り行います。 つきましては、御仏のご加護を受けたい方は、是非是非是非……』随分と

おかしな文言ですねぇ」

 「ありがとよ。 『四葩院』か……そりゃどの辺りにある寺だ?」

 小僧は首をかしげた。

 「私は聞いた事がありません。 さっきの紙に書いて……裏に何か書いてありますね」

 小僧は紙の裏を読んだ。

 「『快楽淫蕩御開帳、道求ずば、唱えよ”摩慈棲輝”』」

 ボウッ……

 三人のいた場所を中心に、つむじ風がおこり、土煙がその姿を隠す。 そして風がほどけた後、三人の姿はその場から消え去っていた。

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