最終話 ロウソク

10.最後のロウソク


 ミスティが語りを止めた。 彼女は、寂しげな表情で炎を見つめている。

 「……終わり、なのか?」

 滝が尋ねると、ミスティは顔を上げた。

 「ミリィの物語はね……」

 ミスティが話を続ける。

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 ミレーヌはブロンディとボンバに歩み寄り、体の調子を尋ねた。 しかし二人は答えない。 ミレーヌが二人の顔を見ると、表情がない。

 「……これは?……ミリィ……」

 ミレーヌがミリィを呼んだ、 彼女がこちらを向いた。

 「なーにぃ♪」

 「調子は悪くない」

 「うむ」

 ミリィがこちらを見ると同時に、ボンバとブロンディがミレーヌに答えた。 ミレーヌは、改めて三人を見据えた。

 
 −−1時間後−−

 ミレーヌは、ミリィ、ミストレスとリューノに自分の考えを述べた。

 「……ボンバとブロンディは……残念なことに……亡くなられたと……」

 ミリィが厳しい顔になった。

 「嘘! 二人とも動いて、しゃべっている! ねそうでしょ!」

 ミリィが二人を見ると、うんうんと頷いている。

 「ほら! 生きているじゃない!」

 しかし、ミリィが二人から目を離すと、表情がなくなり、人形のように動かなくなる。

 「ミレーヌ。 これはどういうことですか?」 ミストレスが問うた。

 「……おそらく……」

 ミレーヌの考えでは、二人を動かしているのはミリィが与えた天使の羽、その『力』がわずかに残った『魂』に力を与え、二人を動かしている。 だから、

ミリィが二人を意識している間は、生きているように振舞うが、ミリィの意識が外れると、たちまち人形に戻ってしまう。

 「で、でもミリィは二人に『動け』なんて言ってない! 自分で動いてしやべっているよ!」

 「ミレーヌ? その辺りはどう考えますか?」

 ミレーヌは、残った『魂』の欠片に、二人の記憶や性格が残っているのではないかと答えた。

 「じゃあ……『魂』の欠片には二人の大事な部分が残っているんだよね」

 「……そうかもしれませんが……何を?……」

 「ミリィが補えなかった『魂』の部品を、他から持ってきたら、元に戻るんじゃないかなぁ? ほら、『魂魄』の『魄』の部分とか」

 「……それは……」

 「そうだよね! きっと! ね!」

 ミリィの問いかけに、ボンバとブロンディがうんうんと頷く。

 「ミリィ……」

 ミストレスが沈痛な面持ちでミリィの肩に手を置いた。

 「そうかもしれないが……可能なのかミレーヌ?」

 「……判りません……神の領域ではないかと……」

 「神様が何をしてくれたの!」 ミリィが叫んだ。

 「毎晩欠かさずお祈りした、食べ物もお供えした。 なのに……どうして……どうして……」

 泣き出したミリィをリューノが抱きしめる。

 「助けてくれたのはミストレス様だけ……悪魔のミストレス様だけ……だから、ミリィは、ミリィも悪魔になる。 悪魔になって二人を生き返らせる!」

 ミストレス、ミレーヌ、リューノはミリィにかける言葉が見つからなかった。 そして、ミリィは悪魔ミスティと名前を変えた。

 
 「神様なんか信じない。 信じるのは、感謝するのは、ミストレス様、リューノ様、ミレーヌ様だけ」

 ミスティの言葉に、ミレーヌは首を横に振る。

 「……ミスティ……私に感謝してはなりません……私を憎みなさい……」

 「え? どーして?」

 「……私は、二人を生き返らせることに失敗しました……私に感謝するという事は、失敗を受け入れるということです……」

 「それは……」

 「……私を、失敗を許してはなりません……成功するまであきらめてはなりません……よいですね……」

 「う、うん……」

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 再び話を止めるミスティ。

 滝と志戸はとみれば、目を潤ませている。

 「そうかぁ……そんなことが」

 「なんて健気なんだ、お嬢ちゃん……いかい、これじゃ怪談にならないなぁ……」

 「いえ、いーえ♪」

 ミスティがにいっと笑った。

 「ここからが、本当の恐怖なのよ……」

 「え?」

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 その日から、ミストレスの館では、ミレーヌの魔女の技、悪魔ミストレスの力、そしてミスティの謎の力が存分に振るわれ、破損した『魂』を修復する技の

探求が進められた。 それは、神をも恐れぬ所業の連続だった。 そしてミレーヌは『魂』が不可分ではなく、幾つかの部分に分けられることを発見した。

 「……人の体に例えるなら……『臓器』のようなものでしょうか……」

 あえて言葉にするなら『記憶、性格、欲、本能、感情』のような部分があるらしかった。

 「……『記憶』と『性格』は残っているようです……」

 「残りの部分を、補えばいいのかな〜♪」

 「……ですが、その方法が判りません……」

 かくして、『欠けた魂を補う方法』を探し求める事になった。 意外にも、そのヒントはすぐ近くにあった。

 「リューノ。 あなたの魂には、あの娘が同化していましたね」

 「はい、私の魂が奪われた時。 彼女の魂が私の一部となりました」

 「……なるほど……では、欠けた部分を他の魂で補うことは可能かも……」

 「じゃぁ、そこらの人間を捕まえて、魂を引っぺがそう〜♪」

 「……お待ちを……どんな魂でも良いというものではありません……」

 ミレーヌは、『臓器』を移植するのに『適合する型』があるように、二人の『魂』に会う『型』を見極める必要があると言った。 そして、喪失寸前の二人の

『魂』には、必要なモノがあるという。

 「……生きようとする、強い意志が必要です……」

 「というと?」 ミストレスが聞いた。

 「……命への執着、意地汚さ、他人を蹴落としてでも生きようという根性の悪さ……」

 「あまり、近寄りたくない様な人間のようだな。 が、どうやって探す?」

 「……まず、二人の体を作った『ワックス』を使い、ロウソクを作ります……『魂』の『型』が合えば……その炎に引かれるはずかと……」

 しかし、ロウソクの炎に引かれるのは人外の者ばかりだった。 ところが、である。

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 「なぜか、お兄さんたちがボンバとブロンディに見初められちゃったの〜♪」

 「なに?」

 「そう言えば、ほれ。 この仕事のオファーをもらう前日に」

 「あ……」

 滝は思い出した。 仕事がなく、アルバイトでもないかと盛り場をうろついていた時に、黒人と白人の女に絡まれたことがあった。

 「いきなり押し倒されそうになった。 美人局か、痴女かと慌てて逃げだしたが……」

 「その翌日だったよな。 この仕事が入ったのは……」

 「そーそー。 それまで、ミスティがいないところでは、人形みたいに突っ立っていた二人が、男に手を出すなんてねぇ〜♪」

 「そんな理由だったのか!? 俺達を、この仕事に選んだのは!?」

 ミスティがにっこりと笑い、不意に混じめな顔になった。

 「最初は『なんでこんなの?』と思っていたのよ。 ところが、あれほどの怪異、人外の者たち会いながら、己を失うこともなく、逃げ出すこともない」

 「仕事だろうが!」

 「不思議なくらいに淡々と、仕事をこなしていたよね。 他の人たちは、闇に呑まれて消えていったというのに」

 突然二人は羽交い絞めにされた。 いつの間にか黒人と白人の大女、ボンバとブロンディが背後に忍び寄っていたのだ。

 「おい!?」

 「お兄さんたちの魂なら、二人を取り戻せるかもしれない」

 ミスティが笑う、邪悪な、悪魔の笑い。 それでいて無垢な、幼い女の子の笑いにも見えた。

 「おい!」

 「感謝……するね」

 ロウソクが消え、闇の中に滝と志戸の悲鳴が響き渡った。
  
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