最終話 ロウソク

9.奇跡


 ミストレスが三人の娘の魂を奪った翌晩、一人の魔女が館に呼ばれた。 彼女は『ミレーヌ』。

 「……ミストレス……様」

 声は若いが、言葉がたどたどしい。

 「知識が重いですか? あなたが代替わりして、さほど時が経っていませんから」

 『ミレーヌ』は名前ではなく、魔女の知識を受け継ぐものの称号だった。 代々の『ミレーヌ』は、魔女の知識をローブに編み込み、それを読み取るための

『呪紋』を体に刻みつけていた。 ローブを託されたものが、次の『ミレーヌ』になる。 ローブに込められているのは知識だけで、それを受け継いだからと

言って、先代の魂が次の『ミレーヌ』に宿るわけではない。 しかし、血塗られた手段で積み上げられてきた魔女の知識は、それを受け継いだ者の心を

歪ませるのに十分な重さがあった。

 「……お気遣いは無用です……して、ご用件は……」

 『ミレーヌ』は感情の起伏が感じられない言葉でミストレスに問いかけた。

 「まずはこの者を紹介します。 ミリィ」

 ピンク色の体に白黒の羽をつけた異形の天使が姿を現す。 『ミレーヌ』の息遣いがかすかに乱れる。 ミストレスは、彼女がここにきた経緯と、その後の

顛末について『ミレーヌ』に説明した。

 「……では、この天使……いえ、ミリィは自分が何者なのか、判らないと?……」

 「その通りです……フフッ」

 ミストレスが自嘲気味に笑った。

 「自分が何者なのか知らないのは、私も同じですね。 それで『ミレーヌ』お願いしたいことは2つあります」

 「……伺います……」

 「一つは、ミリィ達の宿る体を用意して欲しいのです。 リューノのように健康な娘の体があればよいのですが、あいにく……」

 「……ワックス・ドール(蝋人形)ならば……」

 ミストレスは頷き、ミリィの方を見る。

 「代用品になりますが、しばらくはその体で我慢してもらえますか?」

 ”はい。 そこまでしていただいて、感謝しています”

 ミストレスは、再び『ミレーヌ』の方を見た。

 「もう一つは、これなのですが……」

 ミストレスは足を組み替え、纏っていた薄物をはだけて白い裸身を露わにした。 足を開き、細い指で自分の女性部分をそっと開く。

 「ん……くぅ……」

 下腹が微かに膨れ、ゆるりと下に動く。 女性の神秘が内から押し広げられ、撞球ほどの珠がミストレスの手に転がり出る。

 「……これは?……」

 「先ほど話した、ボンバとブロンディの『魂』です」

 『ミレーヌ』は、ミストレスが差し出した『魂』に顔を近づけた。 ミストレスは、胎内に取り込んだ魂を、卵のように『産み落とす』ことが出来た。 男は青、

女は赤で、大きさに個人差がある。 例外は『天使』の形のミリィだけだった。 そしてボンバとブロンディの魂は……

 「……良い状態ではありませんね……」

 二人の『魂』は、ほとんど黒で微かに赤みが判る程度だった。

 「その通りです。 私の胎内にもどして人の形に戻しても、人形のように黙って佇んでいるだけです」

 ちらりとミリィを見ると、彼女も暗い顔つきだ。

 「ですが、『魂』が取り出せたのですから、まだ望みはあるかも」

 「……『望み』ですか?……」

 さすがに『ミレーヌ』も当惑していた。 ミストレスの『望み』とは、二人の『魂』がミストレスの胎内で、人のようにふるまえる状態に回復できないか、という

事に違いなかった。

 「……『魂の健康回復』を望まれますか……」

 言葉にしてみたものの、どうすればよいか見当もつかなかった。 そもそも、ミストレスの『魂を抜き出す』技ですら、人には不可能なのだ。

 「……私の手に余る依頼と思いますが……」

 ため息をついた『ミレーヌ』だったが、まずはミリィの『体』を作ることから始めた。 こちらは、過去に実績があり、一週間ほどで『体』を作ることが出来た。 

『ミレーヌ』は、同時にボンバとブロンディの『体』も作った。 『魂』を『体』に収めれば、医者のようになにがしかのアプローチができるのではと考えたのだ。

 
 一週間後、三人分の『体』、ワックス・ドールが完成した。 使われているワックスは、普通のものではなく、人の『精気』とでもいうべきものが混ぜられて

いる。

 「……ではミリィ様……」

 ”え? ええー! 私、そんな風に呼ばれるような身分では……”

 「……『天使』であれば、人よりは上位の存在でしょう……どうぞ……」

 ミリィ用の体は、生前のミリィに生き写しで、白黒の羽がつけられている。 『どうぞ』と言われたものの、この『体』に『魂』を込める方法が判らない。 

おっかなびっくりで手や頭を突っ込んでみるなどすること、小一時間、なんとか『体』の中に『魂』を収めることが出来た。

 「やっ……お……凄い、動く! 有難うございます!『ミレーヌ』様!」

 感謝感激の様子のミリィに、『ミレーヌ』が照れたように頭を下げた。 そして次はボンバとブロンディの番だ。 『ミレーヌ』が、二人の魂を『体』の中、心臓の

辺りにおいた。 『魂』が『体』の中に溶け込むように吸い込まれた。

 「……」

 固唾をのんで四人(リューノもその場に居た)が見守る中。

 グギッ……ギギッ……

 人形そのモノの動きで、ボンバとブロンディが立ち上がった。

 「やった! 二人とも生き返った……」

 ミリィが喜んだのもつかの間、二人は立ち上がったまま彫像のように立ち尽くしている。

 「『ミレーヌ』。 どうですか?」

 ミストレスが落ち着いた様子で尋ねた。 が、さすがに声が固い。 『ミレーヌ』は、二人に近づき、目の前で手を振り、瞳を覗き込んだ。

 「……命の……いえ心の火がついたようですが……ほとんど、火種の状態のようです……」

 「というと?」

 『ミレーヌ』は二人の横に立ち、顔の前で手を振って見せた。 すると、二人の眼が手の動きを追う様に動いている。

 「……動きに反応してますから、『生きて』います……しかし……」

 「『生きて』いるが、『心』がないというのか?」

 ミストレスの問に、『ミレーヌ』が首を縦に振る。 ミリィが二人に尋ねる。

 「それってどういう事? 赤ちゃんの状態に戻ったの? だったら時間をかければ、元に戻るの?」

 ミリィの問かけに、『ミレーヌ』は返事をしなかった。

 
 「『ミレーヌ』様、ミストレス様。 お聞きしたいのですが」

 唐突にリューノが言葉を発した。 皆の視線が彼女に集まった。

 「なんです?」

 「『魂』とは、不可分の塊なのでしょうか? それとも、人の内臓のように役割を持った部分に分けることが出来るものなのでしょうか?」

 ミストレスと『ミレーヌ』が顔を見合わせた。

 「何がいいたいのですか?」

 「東洋には『魂魄』という言葉があり、魂は幾つかに分かれるという考えがあります。 また、ミストレス様のものになった『魂』は次第に己を失い、獣の

ように振舞う様になります。 これは『魂』の一部が失われたかからではないでしょうか」

 「……興味深い考え方ですね……」

 「はい、単なる思い付きですが、ブロンディとボンバの『魂』がその一部、あるいは大部分を失った状態なのではないかと」

 『ミレーヌ』が考え込んだ。

 「……魂の一部だけが残って体を動かしている……だとすれば欠落している部分を補えば……」

 「二人は戻ってくるの!?」

 ミリィが勢い込んで尋ねた。

 「……それはなんとも……」

 「どうすればいいの!? ねぇ!」

 必死の面持ちのミリィに、リューノは安易な思い付きを口にしたことを後悔した。

 「祈ればいいの? 神様に?」

 そう言って、ミリィは手を合わせて祈り始めた。 耳が痛くなるような沈黙がその場を支配する。

 「……」

 「……」

 「……ミリィ」

 いたたまれなくなったミストレスが声をかけた。 ミリィが目を開け、天井を見上げる。

 「神様に、いえ神頼みじゃ駄目なの? じゃあ……自分の力で……ミリィの魂で二人の魂を補えば!」
 そう言ったミリィは、自分の背中の羽に手をかけ、一気にむしり取った。 そして白い羽をブロンディの体に、黒い羽をボンバの体に押しこんだ。 そして……

奇跡が起きた。

 「……あ……み、ミリィ?」

 「……ミリィ?」

 ブロンディとボンバが、ミリィの顔を見て話しかけたのだ。

 「あ?……あーっ♪ やった、ミリィ偉い♪」

 手を打って喜ぶミリィ、唖然とするミストレスとリューノ。

 「こ、これは?……」

 「本当に『魂』の欠落部分が補われた?」

 「……まさか……彼女は……」

 二人が『ミレーヌ』を見た。 『ミレーヌ』は、驚愕の表情でミリィを見ていた。
 
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