最終話 ロウソク

11.明日


 エミは機材を片付け、近くに止めてあったマイクロバスに積み込む。

 確認のために放送場所に戻ると、ミスティ達の姿はなかった。

 「どこに行ったのかしらね……」

 足元に最後のロウソクが転がっているのに気がつき、拾い上げるてマイクロバスに戻る。

 「出すわよ」

 隣に座っているミレーヌに一声かけ、バスをスタートさせて夜の街を抜けて行く。

 
 ……

 しばらく走らせてから、エミはミレーヌに話しかける。

 「魂の欠けた個所を、他の魂から持ってくるなんて、可能なの?」

 「……判りません……しかし……」

 ミレーヌは語った。 ミリィの体から現れたミスティは、魂が天使の形を取ったものだろうと。 ミスティの翼でボンバとブロンディが動き出したという事は、

魂を補うことは可能と思われると。

 「なるほど……」

 「……それに……リューノ様の言われた『魂魄』の考え方があります……」

 人に『魂』があるということは異なる場所、異なる社会で受け入れられ、『魂』に基づいた転生、復活の儀式も存在する。 その中には、事実に基づくもの

もあるのではないか、そうミレーヌは語った。

 「希望的観測ね」

 「……はい……」

 実のところ、『魂』を修復し、人をよみがえらせることが出来るとして、それに一番近いところにいたのはミストレス、ミレーヌ、そしてミスティだった。 

その三人でも、ボンバとブロンディは復活できなかった。 であれば、望みはほとんどない。

 「望みなき探索だと判っていたなら、なぜ? ミスティにこんなことをさせているの?」

 「……それは……」

 
 少し先の歩道に手を上げている人影が見えた。 バスを止め、扉を開けると、白いワンピース姿の『百合』と雲水姿の『死人茸』が乗り込んできた。 

エミは扉を閉め、バスを走らせる。

 
 「……彼女が、怖かったのです……その力が……」

 「怖い?」

 ミレーヌは頷いた。 初めて見たミスティは、天使の姿をしていて、強い力が感じられた。 実際に彼女は、消え失せる寸前だったボンバとブロンディの

魂を、不完全ながら現世にとどめてしまった。

 「……彼女は強い力を持っていました……」

 二人がずっと『生き人形』状態であれば、いやでも二人の『死』を認めなくてはならなくなる。 その悲しみは計り知れないだろう。 そして、その後ミスティが

どうなるか……

 「……彼女の悲しみが、怒りに、憎しみに変われば……あの力が、それを晴らすために使われたら……」

 「魔女の言葉とは思えないわね」

 「……私も、ミストレスも、苦しむ人を見て、喜びを感じるわけではありませんから……」

 ミレーヌは、『二人の復活の希望』をミスティに与え、彼女を呪縛したのだ。 その力が、恐ろしい結果を招かない様に。

 「犠牲者は出ていたように思うけど」

 「……目的が死者の復活でしたから……」

 悪魔を名乗ったミスティは、『魂』の欠けた場所を補うため、手段を問わず『魂』を集め、二人の復活に努力していた。

 「その割には、忍者ごっこして遊んでたようだけど」

 「……あれも、はかない希望の一部……」

 ミレーヌは語る。 人間達が復活と再生に至る技を見つけていないか、完全でなくても、その糸口だけでもつかめないかと。

 「……宗教、魔術、呪術……人に伝わるあらゆる技を、彼女は調べていたのです……」

 エミはそっと息を吐いた。

 
 ドン、ドスン

 バスの天井に何かが乗った音がした。

 ”フニャー!!”

 ”馬鹿猫! 捕まってないと落ちるぞ!”

 声の主は『虎娘』と『ドジ猫娘』らしかった。

 エミは注意深くハンドルを切る。

 
 「それで、この『???物語』に行き着いた訳?」

 ミレーヌが肯定の意を示す。

 「……怪異譚を語ると、実際の怪異が現れる。 そのような話は、世界の各地にありました……」

 怪異の中には、復活の手がかりを知る者がいるやもしれない、いや、復活の技を使えるものがいるかも。 そこで、怪異を呼び出すために、怪異を引き

付ける炎を灯す、あのロウソクをミレーヌが作り出した。

 「……しかし、これは危険を伴いました……」

 復活の技が使える怪異ならば、ミスティ以上に強い力が使える訳だ。 敵対的な怪異を呼び出せば、自分たちの身が危ない。 知恵を絞った挙句、

代理人を立てて、怪異を呼び出すことにした。

 「たいした知恵ではないようだけどねぇ」

 ロウソクを撒き餌にして、あの場に怪異を呼び出し、二人に怪異の正体を喋らせる。 もし、召喚者を襲う様な怪異が召喚されたらあの二人が犠牲になる。 

これが『???物語』の目的だった。

 「……ところが……」

 呼び出した怪異は確かに危険だった。 人間を誘惑、その体、魂を食らったり、我が物とするような怪異が次々に現れた。 ところがあの二人は、その

怪異に誘われるでもなく、淡々と話を聞き、怪異を帰してしまう。

 「……予想外でした。 あの二人があれほど強い心を持っているとは……」

 「あれは強いと言う訳ではないわね。 なんというか……諦めが悪い? 往生際が悪い? 生への執着が強い……」

 「……誉め言葉に……聞こえませんが……」

 「褒めてないもの」

 
 赤信号は止まれの合図。 エミは停止線の手前でバスを止めた。

 ”わわわわわ!”

 ”まってくれぇ!”

 バスの横を二人の人間……滝と志戸が駆け抜けていった。 下半身がむき出しのフルチン状態、なのに100mを5秒で走り抜ける勢いで、あっという間に

見えなくなった。

 「なんてみってもない」

 「……全くです……」

 ブロロロロ

 太い音を響かせ、ボンバとブロンディがバイクでバスの脇を抜けて行く。 ボンバの後ろに乗ったミスティが、”逃がしちゃ駄目よ!”と叫んでいた。

 
 信号が青になった。 エミはため息をついてバスをスタートさせる。

 「……捕まえられるでしょうか……」

 「どうかしらね」

 エミは闇の向こうを見据える。

 「貴方達の眼力は確かよ。 あの二人は、最後まであきらめない。 地の果てまでも逃げ続けるでしょうね」

 
 空を緑色の流れ星が走り、その後を白い流れ星が追いかける。

 「『グリーンピース』と、もう一つは『アップル・シード』かしらね」

 「……そうですか……」

 
 エミの運転するバスが街を抜けた。

 「……帰るのでは?……」

 「お客さん達を、送ってあげないとね」

 フロントガラスの上から青い手が伸び、サムアップのサインを見せた。

 遠くから、滝と志戸の声とミスティの声が聞こえてくる。

 「……どこまで生くのでしょうか……」

 「さぁて……地の果てか、見知らぬ明日か……何れにせよ、先の事は……」

 「……判りませんか……」

 バスは闇の向こうに消えた。

 
 −−翌日−−
 
 ”次の仕事、回してもらえませんか”

 懲りない二人の電話に、エミは机に突っ伏した。
   


<最終話 ロウソク 終>

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