最終話 ロウソク

6.ミストレスの問いかけ


 「貴方は……自分を辱め、命を奪った相手に仕えたいと?……」

 ミストレスは繰り返し尋ね、リュウノシンは静かに頷いた。

 「……」

 ミストレスの表情に、困惑と疑念、嘲笑と驚嘆が入り混じる。

 「正気なのですか……それとも……」

 ミストレスは一つの可能性に思い当たった。 リュウノシンは、ミストレスを退治しようとして返り討ちにあった。 体を取り戻した今、復讐することも可能に

なったのだ。

 「ミストレス……」

 リュウノシンは、懐から凝った造りの短刀を取り出した。 懐剣という彼の国の武器らしい。 やはり、と思ったが、彼女はその件をミストレスに差し出した。

 「貴女へ危害を加えることを懸念しておいでなら、この剣で私の命を奪いなさいませ」

 ミストレスはその剣を受け取り、抜いてみた。 独特の文様が浮き出た刃が、冷たい光を放っている。 ミストレスは剣を鞘に戻し、リュウノシンの顔を

みつめる。

 「……」

 かっての彼とは似ても似つかぬ、プラチナブロンドの青い目をした少女。 しかし、ミストレスを真っすぐ見据える眼差しに、異国の戦士の面影を見た……

様な気がした。

 「……なぜ?」

 ミストレスは問うた。 リュウノシンの視線が微かに揺れる。

 「……私にもわかりません。 ただ……」

 次の言葉を探し、口ごもるリュウノシン。

 「……自分の心に問いかけました。 『どうしたいのか』と」

 ミストレスは無言で先を促す。

 「答えは、『貴女に仕えたい』いえ、『おそばにいたい』と……」

 「己が心に……問うた?」

 今度はリュウノシンが無言でうなずく。 ミストレスは瞑目し、自分に問いかけた。

 −−なぜ、体を与えた。

 −−なぜ、自由にした。

 −−なぜ……その心の内を尋ねる……

 ミストレスは目を見開き、リュウノシンを見る。 そして……

 「許す。 私に仕えよ」

 「は」

 「そして……な」

 「は?」

 「私を……一人にしないで」

 ミストレスは、リュウノシンを抱きしめ、その胸に顔を埋めた。 肩が震えている。 泣いているのだろう。

 「ミストレス……」

 「いくな、いかないで……その体が朽ちれば、新しい体を与える。 だから……」

 後は言葉にならなかった。 リュウノシンは、ミストレスの背中を抱き、子供をあやす様に彼女の背をさすった。

 
 ミストレスは語り終え、自嘲気味に笑って見せた。

 「魂を奪い取ったつもりが……いつのまにか、私の方が彼の虜になっていました……フフ」

 「ミストレス様……」

 リューノが微かに顔を赤くしたようだ。 もっとも、『ノロケ話』を聞かされたミリィ達は、呆れたように二人を見ている。

 
 「さてリィ、ボンバ、ブロンディ。 落ち着いて聞きなさい」

 ミストレスが口調を改める。

 「貴女達の体を犯している病は、私には、いえ、人間の医者でも直せない病です」

 「……」

 「貴女達の時間は、さほど残っていないでしょう」

 ミリィ達はうつむき、震えている。 覚悟していたとはいえ、言葉として聞かされると、ショックがある。

 「ですが、魂だけは救える……いえ、救いではないですね。 そう、『この世にさ迷わせる』事はできます」

 「それは……『死後の世界へ赴けない』と?」

 「ええ 私は人の体から魂を抜き取る技を持つ『悪しき者』です。 抜き取った魂は、宝玉の形になります。 そうなれば、体が病気で駄目になっても、

魂はこの世に残り続けます……無限ではありませんが」

 「どのくらいです?」

 「人によりますが……50〜100年ぐらいでしょうか……」

 ミストレスは三人顔を交互に見た。

 「貴女達が神の御許に召され、次の生を望むのであれば、私は何もしません。 でも……」

 ミストレスは言葉を切り、三人の表情を確かめる。

 「現世に留まりたいと言うのであれば、私に魂を預けなさい」

 「魂を……預ける?」

 「ええ、リューノにしたように、貴女達の体から魂を抜き取り、新しい体に移してあげましょう」

 「ま、待って! 新しい体って……それは」

 「他人の体を奪い取ることになります」

 ミリィ達は絶句した。 彼女たちはミストレスが『優しい聖母のような人』だと思っていたのだ。 それが平然と、他人の命を奪うと言いだしたのだ。

 「そんな恐ろしい事……」

 「私が恐ろしくなりましたか?」

 「はい。 あ、いえ、そうではなくて……」

 口ごもるミリィに、ミストレスは微笑んで見せた。

 「当然ですね、ミリィ。 私は『悪しき者』なのですから。 貴女達を神の御許に行かせないためには、この方法以外の手段を持ち合わせていないのです」

 ミストレスは寂しそうな顔になった。

 「貴女達に怖い思いをさせたくはなかったのですが……まだ多少の猶予はあるでしょう。 部屋に戻って、どうするか話し合いなさい」

 「どうするか……」

 「ええ、神の御慈悲にすがり、御許に行くか。 『悪しき者』の手にかかり、この世をさ迷い続けるか」

 「ミストレス、その言い方は……」

 「言葉を飾ってもしょうがないでしょう。 先延ばしにして、手遅れになるよりはましです」

 
 リューノが三人を部屋まで案内し、暖かいミルクをふるまってくれた。 驚き、恐怖した三人だったが、部屋に戻って落ち着くと、自分たちの体調が

よくない事に気がついた。 熱っぽく、体がだるい。

 「ボンバ、ブロンディ、大丈夫?」

 「ええ」

 「心配するなって」

 二人は気丈に答えたが、顔色は良くない。 ミリィ自身も気分の悪さを自覚していた。

 「神様……御許にまかるのを少し伸ばしてください。 おねがいします」

 手を組み、十字を切って祈りを捧げたが、体調が良くなる気配はない。

 「信心が足りないのかな……」

 そう言われ、ぶたれた事をミリィは思い出した。

 「ミストレス様とリューノ様はアタシたちをぶたなかった……」

 ミリィはそっと二人の様子を伺った。 赤い顔をして、息が荒い。 わずかな時間で体調が悪化したようだ。 急いでリューノを呼んだ。 すぐにリューノが

やって来て、三人を寝かせ、頭を冷やしてくれた。

 「こんなに親切にしてもらえたの、初めてです」

 リューノを見上げながらミリィは微笑んだ。 リューノも笑い返したが、表情が暗い。

 (……この国の神よ。 もしいるのならば、三人の子羊を救いたまえ……)

 心の中でリューノは三人の為に祈った。
 
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