最終話 ロウソク

4.男の名はリュウノシン


 男はゆっくりと目を開けた。 いや、目を開けたつもりになった。

 ”……”

 視界に入るのは薄暗い赤い闇。 あたりに漂うのは、淫猥な芳香。 そして……

 ああ……

 はぁ……

 気だるげな喘ぎ声がそこかしこから聞こえてくる。。

 男は身を起こした。 床は生暖かく脈うち、しっとりと濡れている。

 ふふ……

 男の体に柔らかいものが触れる。 そちらを見ると、金髪の娘が彼の体を触っていた。 娘も男も一糸まとわぬ姿だ。

 ”……”

 男は優しく娘の手を取り、口づけをして立ち上がった。

 ああ……

 おお……

 辺りには何人かの男女が寝そべっている。 互いに絡みあう者もいれば、目を閉じて眠っている者もいる。

 ”起きたか、リュウノシン”

 艶のある声に振り向くと、白い女がこちらを見ている。 床の盛り上がった個所に体を預け、気だるげな様子で見事な裸身を惜しげもなくさらしている。

 ”ミストレス……”

 リュウノシンと呼ばれた男は、女−−ミストレスに歩み寄り、その前に膝をつく。

 ”変わらぬな、お前は……”

 呟いたミストレスは、リュウノシンを招く。

 ”失礼”

 リュウノシンはミストレスの足に触れ、そこに口づけをする。 象牙のような白い肌に舌を這わせ、彼女の神秘にゆっくりと迫った。

 ”ああ……”

 ミストレスが白い喉を見せて喘ぎ、足を広げる。 薄桃色の秘所が露わになり、リュウノシンを誘う。

 ”よい、まいれ”

 リュウノシンはミストレスに体を重ね、己の陽物でその秘所を貫いた。

 ”くはっ……”

 ”ああ……熱い……”

 ミストレスの柔らかな肉襞が、リュウノシンの陽物を抱きしめる。 リュウノシンは息を押さえつつ、彼女の中に自分自身を押し込む。

 ”くふッ……”

 ミストレスの奥底に、リュウノシンが届く。 熱くうねるモノがリュウノシンを待っていた。

 ”うあっ……”

 先端が蕩ける。 その感覚がモノを辿り、リュウノシンの股間を溶かしていく。

 ”ああ、よいぞ……さぁ……来るが良い……”

 ミストレスの秘所は、深々とリュウノシンを迎え入れ、広がった肉の花びらがその腰に粘りついた。

 ズブリ……

 リュウノシンの下腹が、ミストレスの沈む。 例えではない。 彼の下腹部が、ミストレスの秘所と溶け合ったのだ。

 ”ああ……蕩けます……”

 ”感じるぞ、リュウノシン……ためらいは無用……くるがいい……”

 ミストレスは腕を広げてリュウノシンを抱きしめた。 リュウノシンも彼女を抱きしめる。

 ズブリ……

 リュウノシンの腕が、白い女の背中に潜り込む。 同時に、ミストレスの腕がリュウノシンの背中に……

 ”ああ……蕩ける……”

 ”こい……一つに……”

 男と女の体が、互いの中に溶け込んでいく。 はた目から見たらおぞましい光景だろう。 だが……

 ”ミストレス……”

 ”リュウノシン……”

 一つになっていく体は、互いの快感もまた一つとなる。 男と女の快楽が混ざり、禁断の快楽で二人を包み込む。

 ”ああ……おお……”

 形を失い、快楽を貪る肉の塊となった二人は、うめき声をあげて床の上で悶え狂った。

 
 ”……”

 目を開けるリュウノシン。 視線の先に横たわるミストレスの姿があった。

 (いつからこうしているのだろう……つい昨日のような気もするし、ずっと昔のような気もする)

 ここはミストレスの胎内、彼女の子宮の中だった。 彼女のこれが、子宮であればの話だが。

 (ミストレスに捕らえられてから……ずっと……)

 リュウノシンは異国からながれてきた旅人だった。 旅の途中で、このミストレスの館に宿を求め、そして。

 ”何を考えている?”

 ミストレスが目を開けてこちらを見ている。

 ”……”

 リュウノシンは無言で目を反らした。 ミストレスは悪魔だった。 彼女は館の訪問客を捉え、その魂を抜き取って、自分の子宮に閉じ込めていた。

 ”私の虜になったことを悔しがっているのか?”

 ミストレスの子宮に閉じ込められた魂は、この淫猥な戯れで弄ばれる。 体の方は、肉人形となってミストレスの館の使用人にされるか、ミストレスの

肉体の糧となるのが常だった。

 ”主は強いの。 よくぞいままで……”

 ミストレスに捕らえられた魂は、さほど時を経ずして己を失い、彼女の一部となった。 その魔性の快楽に、正気を保てる者はいなかったのだ。 リュウノシン

以外は。

 ”己を保ち続けたものよ”

 ミストレスはそう言って床に溶け込むように消えた。

 ”自分でも、そう思います”

 リュウノシンは呟いた。

 
 ”クスクス……アハハハハ……”

 甲高い笑い声に、リュウノシンは振り返った。 プラチナブロンドの美しい娘が立っている。 だが、彼女は狂ったように笑い続けている。

 ”新しい獲物よ……”

 彼女の脇に、ミストレスが姿を現す。

 ”惜しいことに、正気を失っていたわ”

 ミストレスは彼女の頬を撫でた。 娘はキョトンとしたが、すぐに笑い出した。

 ”彼女はどうしたのですか?”

 リュウノシンの質問に、ミストレスは首を横に振った。

 ”館に来た時、もうこの様子だった。 乱暴されて、捨てられたようね……”

 ミストレスの口調には微かな哀れみが感じられた。

 ”……”

 目の前にいる娘の体には傷一つない。 しかし、この様子を見れば相当に酷いことをされたのは想像がついた。

 ”ミストレス……”

 リュウノシンは口を開きかけたが、結局何も言わなかった。

 ”ふむ……面白い事を思いついたわ”

 ミストレスが笑みを浮かべた。

 ”リュウノシン”

 ミストレスが彼の体に触れ、突き飛ばす。 リュウノシンは凄い勢いで子宮の中を飛ばされた。

 ”!?”

 リュウノシンはくるくる回りながら、闇の中を落ちていった。

 
 …

 ……

 ………

 ズキン!

 「うっ?」

 リュウノシンは、体を襲う痛みに目を覚ました。 あちこちがひどく痛む。 そして……

 ズキッ!!

 「かっ!」

 体が引き裂かれるような痛みにのたうった。

 「どう? 生身の体の感触は」

 ミストレスの言葉が耳朶を打つ。 そこでリュウノシンは気がついた。 体がある。 しかし……

 「こ、この体は?」

 細い腕と華奢な手が目に入る。 腕には痣や傷が無数にある。

 「鏡を見るが良い」

 リュウノシンは首を巡らし、壁にかかった鏡を見つけた。 プラチナブロンドのあの娘が鏡の中からこちらを見ている。

 「あの娘の……体?」

 「そうよ、リュウノシン。 魂を失った体にお前の魂を入れてみたのよ……く、くくくくくく。 あははははははは」

 何がおかしいのか、娘の体に茫然とするリュウノシンを前にミストレスは笑う。 笑い続ける。
 
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