最終話 ロウソク

3.館の主は悪しきモノ


 闇の中から声がする。 艶っぽい女の声だ。

 ”どうなの? あの子たちは”

 ’今は落ち着いていますが。 直に病状が悪化するでしょう’

 答えたのはブロンドのメイド、リューノだ。

 ”助けられないの?”

 ’私には無理ですが……貴女はどうですか?’

 リューノの問いかけに、別の女の声が被る。 くぐもった声で聞き取りにくい。

 ’……体の奥が……蝕まれています……何より……弱っていますので……’

 闇の奥で何かが動く気配があった。

 ”ならば、苦しむ前に終わらせるのが慈悲でしょう……”

 ’御意’

 ’仰せのままに……’

 
 ミリィ、ボンバ、ブロンディは部屋に戻され、ベッドに横になっていた。 しばらく眠り、目が覚めると日が落ちていた。

 「起きてる?」

 「ええ」「うん」

 灯りの無い部屋は真っ暗だったが、下働きをさせられてきた三人にとってはいつもの事だった。

 「あたしたちどうなるのかな?」

 「ここで働かせてもらえるといいけど」

 「そ……うね」

 ボンバの答えが少し遅れた。 ミリィは声の方に手を伸ばした。 汗ばんだ体に手が触れる。

 「ボンバ! 熱があるんじゃないの!?」

 「み……たい」

 ミリィとブロンディはベッドから起き上がる。 ブロンディがよろめく。

 「ブロンディ!?」

 「めまいがしただけよ……」

 ミリィがブロンディに手を貸す。 ブロンディの体が熱い。

 「ブロンディも熱が! 誰かきて!」

 ミリィが叫ぶのと、扉が開くのが同時だった。 リューノともう一人のメイドが灯りを持って入って来る。

 「ミリィ落ち着いて」

 リューノがブロンディをベッドに戻した。 その間にもう一人のメイドがボンバのの額に濡れた布をのせてくれる。

 「リューノ様。 二人が……」

 涙声のミリィを慰めたリューノは、手早く二人の脈を取り、熱を測る。

 「大丈夫と言いたいが……君はどうだ」

 リューノがミリィの額に触れた。 リューノの手が冷たく感じられる。

 「熱があるな。 気分は?」

 「なんだか……ふらふらします」

 ミリィも気分が悪くなってきていた。 よろける彼女を、リューノが抱き留め、ベッドに寝かせてくれる。 そこに、別のメイドが入って来た。 盆の上に

ジョッキをのせている。

 「蜂蜜と薬の入ったミルクだ。 飲みなさい」

 リューノ達に助け起こされ、三人はミルクを飲まされた。 薬の効果はてきめんで、熱が引き気分も良くなってきた。

 「あ、有難うございます」

 礼を言う三人だったが、リューノは険しい表情をしている。

 「熱さましは効いたようだが、君達の体は弱っている……」

 彼女はそこで言葉を切ったが、ミリィ達には後の言葉の予想がついた。

 「ごめんなさい、こんなに良くしてもらったのに、お返しも何もできなくて……」

 項垂れるミリィ、ボンバ、ブロンディ。 三人を見ていたリューノは、一息入れて立ち上がった。

 「あまり時間がないようだ。 きなさい。 御主人さまが会いたいさうだ」

 三人は驚いて顔を見合わせたが、リューノに頷き返し、了承の意を示した。

 
 「こんなところにご主人様が?」

 リューノが三人を案内したのは、地下へと続く階段だった。 普通は食料やワインの保管場所であり、人の住む部屋を設ける場所ではない。

 「日の光に弱い体をしておられるのだ」

 そう言ってリューノが先に立って階段を下りる。 その後にミリィたちが続き、その後ろからメイドが二人ついてくる。

 「……いらっしゃいませ」

 「きゃっ!?」

 肩殿の下に、フードとマントを被った女性が灯りを持って待っていた。 声がしなかったら性別は判らなかったろう。

 「……私は……ミレーヌ……」

 名乗った彼女に、ミリィ達が挨拶を返す。

 「……どうぞ……」

 ミレーヌが地下室の扉を開ける。 ミリィは中に灯りがあると思っていたが、扉の向こうは真っ暗だった。

 『……』

 リューノが中に入り、ミリィ達三人は顔を見合わせ、彼女に続いて中に入った。

 キィ

 扉が閉められ、仲が真っ暗になる。 声を上げかけた三人をリューノが制する。

 「直に、目が闇に慣れる」

 リューノはそう言ったが、全く光がなければ目が慣れようもない。 が、リューノが言った通り部屋の中が少しずつ見えてきた。 部屋の奥に長椅子に

体を預けている白い人影が見えてきた。

 (綺麗な人……)

 館の主は、抜けるような白い肌に長く黒い髪をした妙齢の女性だった。 整った顔は、高貴さを感じさせ、長椅子横たわる肢体からは妖艶さが漂う。

 (でも、何故裸なんだろう)

 ミリィが不思議に思った通り、彼女は一糸まとわぬ姿だった。 彼女は優雅なしぐさで体を起こし、口を開いた。

 「リューノ・シン。 その三人がお前の助けた娘達ですね」

 「はい。 ミリィ、ボンバ、ブロンディ。 ご挨拶なさい。 この館の主ミストレス様です」

 ミリィ達は、慌ててミストレスに頭を下げ、助けてもらったことに礼を述べた。

 「礼を言われるのは面はゆい……私は善人ではありません。 むしろ『悪しきモノ』ですから」

 顔を上げたミリィ達は、面食らったような顔をする。

 「『悪しきモノ』……ですか?」

 「ええ……私は、悪魔ですから」

 そう言った赤い唇が笑みの形になる。

 
 ミリィは呆けたように口を開いていたが、すぐに我に返った。

 「あの……それはご冗談でしょうか?」

 ミストレスは、微笑んでミリィに応じる。

 「冗談ならばよかったのですが。 リューノ・シン、話してあげなさい。 私が何をしてきたかを。 私が貴方にしたことを」

 「は」

 リューノがミリィ達の前に進み出ると、静かな口調で話を始めた。

 「ミリィ、ボンバ、ブロンディ。 私は海の彼方、侍の国Japanの住人だったのだよ……」


 リューノ・シンは三人に語った。

 −−自分が男であったこと

 −−あてなき旅の果てに、この館に流れ着いたこと

 −−ともに訪れた娘、その恋人、使用人たちともども、ミストレスの虜囚となったこと

 −−最後には魂をミストレスに奪われ、体は肉人形となり最後には滅び去ったこと、そして……


 「……そして残った私の魂は、ミストレスのものとなった」

 ミリィ達は目を丸くして、リューノの話を聞いていたが、釈然としない様子で問い返す。

 「リューノ様の話だと、貴方の体は失われたのでは? それに、リューノ様の態度はミストレス様のど……えーと、下僕にはみえないのですが」

 ミリィの物言いに、ミストレスが声をあげて笑った。

 「リューノ。 あなたはひどい人ね。 私が貴方の魂を奪った。 それは事実。 でもその後で、貴方は私を呪縛してしまったわ」

 「お館様。 私はお館様の御心に従うのみです」

 リューノは慇懃な程度てミストレスに一礼した。

 「いいでしょう。 その後は私が話しましょう。 リューノ・シンが私を捉えた話を……」

 ミストレスが長椅子に座りなおし、リューノの話の続きを語り始めた。
   
【<<】【>>】


【最終話 ロウソク:目次】

【小説の部屋:トップ】