最終話 ロウソク

2.救われた3人。 でも


 …………

 ………

 ……

 クゥ……

 ”あ……起きなきゃ”

 体のどこかで苦痛がほどけ、ミリィを突きさす。

 ズキン……

 う……

 呻いて目を開ける。 白い天井が目にまぶしい。

 「あ……!」

 跳ね起きるミリィ。 弾みで体にかけられた毛布が滑り落ちた。

 「うわ、うわ、うわぁぁぁ」

 ミリィはずり落ちた毛布を拾い上げ、きょろきょろと辺りを見回した。 そこは白壁の落ち着いた造りの部屋で、そこに置かれた寝台の上に彼女は寝て

いたのだ。

 「どうしよう、どうしよう、どうしよう! ベッドを汚した。 急いで洗わないと、ぶたれちゃう!」

 
 唐突にドアが開き、メイドが部屋に入って来た。 ミリィは慌ててベッドから飛び降り、よろめいて膝をつく。

 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 ひたすら謝るミリィ。 しかし、メイドは何も言わない。 恐る恐る顔を上げるミリィ。

 「あのー」

 「お目覚めデスカ。 お召モノをお持ちシマシタ」

 メイドは、腕に抱えてた衣服を、ベッドの上に丁寧に置いた。

 「失礼カト思いましたが、お休み中にキズの手当ヲして、体を清めサセテ頂きました」

 ミリィは慌てて自分の体をあらためる。 傷に薬が塗られ、包帯が巻かれている。

 「着替えヲ、お手伝いシマショウ」

 「あ、いえ大丈夫です! 一人で」

 「では、着替えが終わりましたら、オ呼びください」

 メイドは頭を軽く下げ、部屋を出て行った。 残されたミリィは、服を広げてみる。 飾り気はないが、丁寧に作られたメイド用の服らしい。 それに下着も

用意されている。 しばらく躊躇ってから、ミリィは下着を身に着けた。

 
 ドアの脇の紐を軽く引くと、先ほどのメイドが入って来た。

 「あの……」

 「お食事を用意シテイマス」

 クゥ

 ミリィのお腹が鳴り、ミリィは顔を赤くして下を向いた。

 「コチラへ」

 彼女はミリィの先に立って歩いていく。

 
 部屋を出ると、大きな廊下が左右に伸びていた。 ミリィは、どこか偉い人の屋敷らしいと検討をつける。

 「あの……ここはどこ、いえどちら様のお屋敷でしょうか」

 「ここは、『ミストレス』(女主人)のお館です」

 メイドの答えは、ミリィの求めているものではなかった。

 「えーと……はい」

 それ以上の質問はあきらめ、大人しくメイドの後をついていく。


 メイドが案内してくれたのは、質素だが清潔な使用人用の食堂だった。 そこには先客がいた。

 「ミリィ!」

 「ボンバ! ブロンディ! よかった!」

 3人は思わず手を取って、涙を流して無事を喜ぶ。 その間に先ほどのメイドがパンと暖かいシチュー、ミルクを出してくれた。 食べ物の匂いに、3人の

お腹が盛大に鳴った。

 「どうぞ、召し上がってください」

 丸1日何も食べていなかった3人は、争う様に食べ物を口に運ぶ。 メイドは傍に控え、給仕をしてくれた。

 
 「目が覚めたか」

 食堂に入って来たのは、3人を狼から救ったブロンドのメイドだった。 食事に夢中だったミリィ達は、慌てて居住まいをただした 「リューノ様」

 ミリィを案内してきたメイドが頭を下げる。

 「ご苦労」

 リューノと呼ばれたメイドは、3人に向かい合う位置に腰を下ろした。

 「君らの素性が判らなかったので、傷の手当をして、休んでもらっていた。 礼を失する扱いを許して欲しい」

 「と、とんでもありません」 ブロンディがあわてて応える。

 「そ、そうです。 私たちは、この様な扱いを頂く身分では……どうかお許しを」

 ブロンディとボンバは椅子から降りて床に膝まづき、頭を下げた。 ミリィもそれに倣う。

 「気にすることはない。 この館の主、『ミストレス』様はお優しい方だ。 さ、座りなさい」

 リューノは3人に、もう一度椅子に座る様に勧めた。 3人は躊躇ったが、リューノの勧め通り椅子に座った。

 「さて、君らは近在の住人ではないようだが。 なぜ、あんなところをさ迷っていたのだ?」

 リューノは男っぽい口調でミリィ達に問いかけた。 年長のブロンディが応えた。

 「私たちは、『売りもの』なんです……」

 3人は、南の町の孤児院、いや身寄りのない子供の『飼育場』で育てられていた。 仕事ができる年齢になったので、『出荷』されるところだったのだ。

 「でも途中で、3人とも病気になって、肌がひどく痛み、『お客』に断られたんです」

 「……」

 「他の『お客』へ回されることになったんですけど、馬車が事故にあって……」

 「……そうか」

 リューノは苦いモノを吐きだなように息を吐いた。

 「肌にひどい瘡蓋が出来ていたから、よもやと思ったが……今の具合は?」

 ミリィ達は顔を見合わせ、互いの額に手を当てたりする。

 「昨日まではひどく痛みがあったんですけど、今はほとんど痛みません」

 「痛み止めの薬が効いているようだな。 しかし……」

 リューノはブロンディの手を取り、手首の包帯をほどいた。 瘡蓋がまだらに手首を覆っている。

 「この病を治のは無理なようだ」

 「はい、そう聞いています」

 ブロンディが青い顔で頷いた。

 「働いて御恩を返せると良いのですが……」

 リューノは硬い顔で3人の体を順番に調べた。 医術の心得があるような、慣れた手つきだった。

 「……」

 リーン……

 戸口の上にあるベルが鳴った。

 「……お呼びだ」

 リューノは立ち上がる。

 「まだ疲労が残っている。 部屋で休むと良い」

 「あ、あの……」

 「案ずるな。 君らが誰であろうと、今は館の『お客様』だ。 悪いようにはしない」

 「あ、有難うございます……」

 リューノは、すすり泣く3人の肩を叩いて慰めた。 もう一人のメイドに3人を休ませるように言いつけ、食堂を後にした。
   
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