最終話 ロウソク

1.それが始まりだった


 ピンク色にボディペインティングした少女が、薄茶色のロウソクを差し出す。

 (確か、ミスティとか言ってたな)

 少女はロウソクから長く伸びた芯に火をともす。

 シュー

 火花を散らして、芯が燃えていく……

 (ロウソク?……じゃねぇ!!)

 ミスティが『ロウソク』を放り出し、滝と志戸は地面に伏せた。

 ズン!

 辺りが煙に覆われた。 三人は煙を払いのけて立ち上がる。

 「てへ。 間違えちった」

 「馬っ鹿野郎!!」


 −−仕切り直し−−

 
 ピンク色にボディペインティングしたミスティが、ショッキングピンクのロウソクに火をともす。

 ゴゥ!

 ガスバーナーのような炎が立ち上った。

 「またか!」

 「ちっと、強いかな」

 ミスティが、ロウソクの尻をキリキリと回す。 炎が小さくなっていき、ふつうのロウソクの炎になった。

 「よーし」

 「なんだ、これは?」

 滝と志戸は顔を見合わせ、アイコンタクト。

 (おい)

 (ああ)

 ミスティに向き直り、仕事に入る。

 「あんたの話を聞くことになるが……何か曰くつきの品物があるのか?」

 「これ」

 ミスティはロウソクを指さした。

 「なに?」

 「このロウソクが出来たいわれを……語らせてもらうわ」

 ミスティの口調が改まった。

 「そうか……おや?」

 ミスティの背後に、二つの影が立っている。 一人はブロントの白人で、もう一人は黒人だ。 二人とも、2m近い偉丈夫だ。

 「ブロンディとボンバーよ。 二人も語りに参加してもらうの」

 「そ、そうか」

 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 ガラガラ……

 石ころだらけの峠道を、一台の馬車が進んでいた。 御者席に座った男が鞭を振るう。

 「ほれ、しっかり進め。 ウスノロ」

 ピシッ

 ヒーン

 声を上げたのはロバだった。 ロバ車と言うのが正しいかもしれない。

 ガクン!

 石を踏んで馬車が揺れた。

 グウッ!

 背後のうめき声に、肩越しに背後を一瞥する御者。

 「ちっ」

 舌打ちすると、正面に向き直った。

 「ついてねぇ。 大枚はたいて買ったガキどもが病持ちだったとはな」

 彼の背後には、3人の女の子がうずくまり、苦しそうにしている。 一人は黒人、あとの二人は白人で、汚れた布を体に巻いている。

 「まぁ、これでも『館』に連れてきゃ、多少は元が取れるだろうが……」

 馬車は峠を越えて下りに差し掛かった。 この先の道は、山肌にジグザグに引かれていた。

 「真っすぐ下った方が早いだろうに……それ、もっと速く走れねぇのか! 日が暮れちまうぞ」

 ピシッ

 鞭の音が響き、ロバが嘶いた。 心なしかロバの歩みが速くなる。

 「やりゃできるじゃねぇ……おわっ!?」

 突然馬車が傾いた。 馬車の車輪が道を踏み外したのだ。

 「うわぁぁぁ!」

 ヒーン

 山肌を馬車とロバと男が転げ落ちていき、ふもとの森に消えた。

 
 ウ

 ウウッ……

 壊れた馬車の残骸から、一人の女の子が這い出してきた。 苦しそうにあえいでいる。

 「い、痛いよぅ……」

 「大丈夫? ミリィ……」

 彼女に続いて、二人の少女が這い出して来る。 3人とも傷だらけだが、傷とは別に肌がひどく荒れている。

 「おじさんは?」

 ミリィは顔をあげ、力なく首を横に振る。 彼女の視線の先に、男とロバが横たわっている。 どちらも目を開いているが、微動だにしない。

 「ミリィ」

 黒人の少女が体を起こし、ミリィと呼んだ女の子に手を貸した立ち上がらせた。 その背後で、もう一人がヨロヨロと立ち上がる。

 「ボンバ、ありがと」

 黒人の少女は頷き、振り返ってもう一人を見た。 三人目の少女は、馬車の中にあった箒を杖代わりにして立ち上がり、二人に近づく。 三人の少女は

顔を見合わせ、辺りを見回した。 ここは山のふもとに広がる森の入り口で、森の奥は暗くて見通せそうにない。。 背後を振り返ると、馬車が転げ落ちて

きた山肌が見える。 道に戻るには、急な坂を昇って行かねばならないが、今の彼女たちには、無理な相談だった。

 「道が走っていた方向に歩いて、森の中を抜けましょう」 三人目の少女が提案する。

 「ブロンディ、大丈夫かな」 黒人のボンバが聞き返す。

 「わからないけど、運が良ければ道に出られるかも」

 二人は不安そうに顔を見合わせたが、他にいい考えも浮かばない。 ここにとどまっても、誰かが通りかかる可能性はないだろう。 三人は森と山肌の

境界を進みだした。

 
 「なんか……暗くなってきた」

 「ああ……」

 いつのまにか、三人は森の中に踏み込んでしまっていた。 日も落ちかけ、見通しがきかない。

 ガサッ

 ミリィの足が何かに引っかかった。 草をかき分けると、粗末な服をきた白骨が横たわっている。

 「行き倒れだ……」

 驚いてもよさそうなものだが、三人は『恐怖』を感じないほどに疲れ果てていた。 その場にしゃがみこみ、休息を取る。 ミリィは、行き倒れの服を探って

みた。 懐を探ると羊皮紙の束が出てきた。

 「これ何? あたし字が読めない。 ブロンディ?」

 「見せて……『ム』……いえ、『マ』?……『マジステール』?」

 「祈りの文句か?」 ボンバが呟いた。

 ウォーン……

 近くで獣の声がした。 三人は弾かれた様に立ち上がり、よろよろと膝をついた。

 「狼……だ」

 「助けて……神様……」

 森の奥から、目を光らせた狼が数頭、こちらに歩いてくる。 少女たちが動けないのを知っているかのように、ゆっくりした足取りだ。

 「……」

 ミリィ、ボンバ、ブロンディは互いの体を抱きしめた。 狼たちは低く唸りながら近づいてくる。 その時、女の声が聞こえた。

 『ヤメヨ』

 狼たちが足を止め、一斉に首を右に向けた。 ミリィはつられるように左を見る。

 「誰?」

 森の中に白い人影、女が一人、立っていた。 場違いな格好をしている。

 「……メイドさん?」

 彼女は、お金持ちの家の『メイド』のような格好をし、手にはモップを持っていた。 この格好で森の中を掃除していたわけでもあるまいが。 プラチナ

ブロンドの長い髪を背中に垂らし、モップを斜めに構えている。

 (綺麗なお姉さん……)

 ミリィはそう思ったが、狼たちは、別の感想を抱いたようだ。 唸りながら姿勢を低くし、彼女にとびかかる構えを見せる。

 「無益な争いは好まん。 去るが良い」

 メイドは奇妙な言葉づかいで狼たちに話かけたんが、通じなかったようだ。

 ガウッ

 一匹が飛び掛かった。

 スッ

 メイドが金色の風となった。 狼はモップの先で突かれ、矢のように飛んで行った。

 グルルル……

 残った狼たちは、尻尾を丸めると、そろそろと森の奥に消えていった。

 「怪我をしているな。 今の狼たちか?」

 はっと気がつくと、メイドがミリィ達の傍に膝まづき、彼女たちの様子を確かめている。

 「あ、ありがとう……ウッ」

 ミリィは息が苦しくなり、その場に突っ伏した。

 ”これは病のせいか……”

 女の手がミリィの顔に触れるのを感じながら、彼女は意識を失った。
   
【<<】【>>】


【最終話 ロウソク:目次】

【小説の部屋:トップ】