第二十七話 チェンジ

10.迷って


 (裸の男がベッドに寝ている……それを見下ろしている?)

 ヒロシは頭を振って、意識にかかった霧を振り払う。

 「お目覚め?」

 声の方を見ると、アマリアともう一人の女がベッドに腰かけていた。

 「アマリア?……ここは?」

 自分のいる所を見渡すと、ラブホテルにあるような丸いベッドの上らしかった。 上を見上げると、鏡になっている。

 「寝起きに自分の裸なんか見るもんじゃ……そうだ! アマリア!俺に何をした!」

 アマリアは肩をすくめて見せた。

 「キスしたら、貴方が勝手に倒れたのよ」

 「何?」

 「興奮しすぎたんじゃないの?」

 ヒロシは、記憶をたどる。 アマリアを問い詰めようとして、キスされ……目の前が真っ暗になった……

 「……そうかな?」

 「そうよ。 それともキスしたときに、口移しで薬でも飲ませたと言うの? アタシが先に倒れちゃうわよ」

 「う……それはそうかもしれないが……裸にすることはないだろう」

 「覚えてないの? 気を失うときに、あなた自分の服を汚したのよ。 脱がしてクリーニングに出したの、感謝してね」

 「え?」

 言われて自分の体の匂いを嗅いでみると、微かな異臭がする。

 「代わりの服なんて言わないでね。 ここには女の子しかいないんだから」

 「そ、そうか。 それはすまなかった」

 気まずい思いしながら頭を下げる。

 「気にしなくていいわよ。 ところで貴方のご用件の方だけど」

 「ん?……あ」

 ヒロシは、『タカシの行方を尋ねる』という自分がここに来た理由をようやく思い出した。 が、みっともない真似ところを見せた上に、迷惑までかけたと

あっては強気に出にくい。

 「この人がタカちゃんよ。 これで信じる?」

 「?」

 アマリアの後ろにいた女がヒロシを見つめている。 初対面のはずだが、みた事があるような気がする。

 「『タカちゃん』てタカシのことじゃなかったのか……」

 言葉が途切れる。 目の前の女に、よく知っている顔が重なる。

 「やっと帰って来たんだ、ヒロシ」

 女が赤い唇を開いてなれなれしい態度で話しかけてきた。

 「……まさか、そんな……タカシ……」

 頭の中が真っ白になる。 昨今、性別を変える人がいる。 そう言う手術があるとも聞いている、しかし……

 「ば、馬鹿を言うな! たった二週間足らずで、男から女になったと! そう言うのか!」

 「大声を出すことはないでしょう」

 『タカちゃん』はわざとらしく耳を塞いだ。

 「あの晩、あの子が女になるのを見たじゃないの、一緒に」

 「あの子?……あいつ! あいつなのか!? しかし、今日会ったのは……完璧に女だったぞ!?」

 「そうよ、アタシもあの子みたいにアマリア姉さんと寝たの。 そして女になったわ」

 ヒロシは呆然としていた。

 「き、気でもおかしくなったのか。 いや、こんなことがある訳が……」

 ヒロシは頭を抱えた。 目の前にいる女が『タカシ』である訳がないと理性が告げている。 だが、別の何かが告げている、これは『タカシ』だと。

 「心配してきてくれたんだ、ありがとう」

 『タカちゃん』はそう言うと、アマリアに手を振って部屋を出た。 後にはアマリアとヒロシだけが残った。

 

 「納得した?」

 「するわけが……何故……何かしたのかあいつに」

 クスクスとアマリアが笑った。

 「もちろん。 エッチな事をしたわ。 貴方も見たでしょう? ああいうことよ」

 ヒロシはアマリアの顔を、そして胸を見る。 薄手のワンピースでは隠しきれず、胸元の谷間がはっきりと見える。

 「ああなると知っていて……か?」

 「今のあなたと同じで、信じてなかったわよ。 女になるまでは」

 ヒロシは、頭をかきむしった。

 「なんで女なんかに!」

 「そっちの方がよかったからよ」

 ヒロシは顔を上げ、アマリアを睨みつけた。 真面目な顔のアマリアが真っすぐこちらを見返してくる。

 「戻れないと知らせたのかよ!」

 「戻れるるわよ」

 ヒロシは目を剥いた。

 「なに?」

 「一度、女になっても。 時間が立てば男に戻れる……ううん、戻っちゃう」

 「そ、そうなのか?」

 アマリアはコクンと頷き、ヒロシの傍に座った。

 「タカちゃんも、女になって帰ったけど、翌晩には男に戻ってここに来たはよ」

 「なんだ、じゃあ……」

 「でも男に戻るのが嫌になったって。 だから完全な女になったのよ」

 「……」

 ヒロシは再び頭を抱えた。

 (何をとち狂ってこんな真似を……)

 アマリアは、ヒロシを慰めるように体を摺り寄せる。 ヒロシはびくりと身を震わせてアマリアから離れた。

 「あら、嫌われたかしら」

 「当り前だろう!」

 「どうして?」

 「どうしてって……あいつが、あんな……」

 「性別が変わったから?」

 ヒロシは言葉に詰まった。 一言でいえば『気持ち悪い』だろうが、感覚的なもので説明できる言葉ではない。

 「まぁ、受け付けない人もいるものね」

 そう言って、アマリアはすっと立ち上がり、ヒロシを見下ろす格好になった。

 「無理には勧めないけど」

 「勧める? 何を?」

 「貴方も味わってみない? 女を」

 「ば!」

 ヒロシはベッドの上をいざって逃げる。

 「お、おれまで変えようと!」

 「いやならいいわよ」

 アマリアは部屋を出た。

 
 「……」

 ヒロシはベッドの上に寝転んだ。 いやでも自分の姿が目に入る。

 「男だ……よな」

 そっとタオルを持ち上げ、アレがついていることを確認して、安堵の息を漏らす。

 (何をやってるんだ、オレは)

 いじけた様に横を向き、そちらにも鏡があることに気がつく。

 「鏡だらけ……そうか、ここはあのショーの……」

 あの少年が、アマリアの腕の中で悶え、女に変わっていったショーが演じられた、あの部屋だった。

 「ここであの子が……」

 あの官能的で現実にはあり得ない男と女の、いや、女と女の交わり。 思い出すだけで股間が……

 「いい、いかん! 何を考えているんだ!」

 そう、あれ超えてはいけない一線だったのだ。 見ているだけならともかく、その中に入ってしまえば、自分もあの少年の……

 「!」

 まさにここがその場所。 ここにいていいのだろうか。 ヒロシは、言いようのない恐怖を感じた。

 「で、出ないと」

 立ち上がり、鏡の縁につけられた取っ手に手を伸ばす。 ここから出ればいい、そうすれば……女になることはではなくなるのだから……

 「……」

 ヒロシは伸ばした手を止め、頭を抱えて蹲る。

 (おれは……どうしたいんだ……)

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