第二十七話 チェンジ

9.捜して


 「やめた!? タカシが? いつ?」

 出張から帰った来たヒロシは、経理の女性に聞き返した。

 「ええ、3日前に。 部長も怒っていたけどね。 一身上の都合だってさ」

 眼鏡を押さえながら、彼女はキーボードを叩く。

 「なーんか、態度も変になったし……あ、部長が報告をまってたわよ」

 ヒロシは首を振りつつ、出張報告を入力し始めた。

 
 「なんだってんだ、まったく」

 ヒロシは文句を言いながら退社した。 タカシの残務処理があり、駅に向かう道も閑散としている。

 「連絡してみるか」

 スマホを取り出し、タカシにメッセージを入れようとする。 が。3日前からメッセージに反応がないのに気がついた。

 「どういうことだ?」

 スマホをしまい駅に向かう。 独り言をつぶやきながら、タカシが辞めた理由を考える。

 「あの野郎……まさか?……いや」

 タカシと連れ立って行った『店』の事を思い返す。 あの妖しい演出の事を。

 「……ばかばかしい」

 足元の石を蹴飛ばす。

 「お兄さん?」

 背後から声がした。 顔を上げると誰もいない。 なら、自分かと背後を見る。

 「ああ、やっぱり」

 ワンピース姿の少女が立っていた。 深夜のビジネス街で浮きまくっている。

 「俺かい? 何か用かな」

 「ええ、少し前に会ったでしょう?」

 (なんだ? 客引きがこんなところに……!)

 少女の顔が記憶と一致する。 あのショーで『女の子』になった少年、いや元少年だ。

 「君はあの時の……」

 「覚えていてくれたんだ、うれしいわ」

 にこやかに笑うと、少女は腕を絡めてきた。

 「おい?」

 「いかないの? お店に」

 ヒロシは目の前の少女をしげしげと見つめる。 近くで見ると、女の子にしか見えない。

 「君……うまく化けていたな?」

 「え?」

 「あのショーで、少年から化けて見せたろう。 男のふりをしてたのかよ……それとも……」

 クスリと少女は笑って見せた。

 「あれが作り事だと思ったの? お友達と同じような事を言うのね」

 ヒロシは少女の言葉に反応する。

 「君、タカシに会ったのか? 俺と一緒に店に行った男だ」

 「会ったわ。 そして、お店に連れて行ってあげたわ」

 ヒロシは少し考えた。

 (……こいつ、何か知ってるのか? いや……)

 少女は高校生ぐらいの年に見える。 大人の良識で話をすべきと考えた。

 「君なぁ、あの店でバイトしているのか? 未成年だろう」

 「そう見える?」

 「はぐらかす……」

 少女がいきなりヒロシに抱き着いて、唇を奪う。 驚いて、彼女を引きはがす。

 「何をする!」

 「したいから」

 無邪気に笑う少女に、ヒロシは呆れる。

 (こいつ……)

 ヒロシは怒りと困惑が湧き上がるのを感じた。 しかし、相手は少女、怒りに任せて何かしたら自分が悪者にされる。

 「大人をからかうもんじゃない!」

 言い捨てて、少女に背を向ける。

 「お友達がどうなったか、知りたくない?」

 ヒロシは振り返った。

 
 (のせられたか?)

 ヒロシはあの店の前に来ていた。 少女も一緒だ。

 「あいつもここにきているのか?」

 「ここにいるの」

 少女はあの無邪気な笑顔で応えた。

 「じゃあね」

 「おい」

 一瞬のうちに少女は姿を消していた。 ヒロシは視線を店に戻す。

 (なんだってんだ)

 安っぽい煽り文句にけばけばしい装飾。 場末のいかがわしい店にしか見えない。

 (ええい、ままよ)

 ヒロシは店の扉をくぐった。

 
 「いらっしゃい」

 気だるげな声で受け付けの女が挨拶する。

 「聞きたいことがある」

 「ショーだけならこれだけ……」

 ヒロシは女が指を立てるのを制した。

 「友達がここに来たはずなんだが、知らないか」

 スマホを操作して、タカシの顔を映して見せる。

 「あぁ……この男の人なら、もういないわ」

 「もういない?」

 ヒロシは女の言葉の意味を図りかねた。

 「どういう意味……」

 「あら、来たのね」

 後ろから声をかけてきたのは、アマリアと言っていた女だった。

 「そろそろかなと思っていたの」

 「俺が来るのが判っていたと?」

 アマリアの言葉に引っかかるものを感じ、ヒロシの声が険しくなる。

 「ええ、タカちゃんが言っていたわ。 『あいつもまた来る』って」

 「タカシが? あいつはどこに行ったか、聞いていないか?」

 アマリアがクスリと笑う。 あの少女の笑い方にそっくりだ。

 「どうなんだ」

 「教えてあげるけど、貴方は信じないわ」

 「いいから、教えろ」

 いらだちを隠さず、アマリアに詰め寄るヒロシ。

 「いいわよ」

 そう言って、アマリアはヒロシの首に腕を絡め、唇を奪う。

 「!」

 目の前が真っ暗になり、ズボンの中に鈍い痛みを感じる。 貧血を起こすほどの勢いで、アレに血流が集まったせいだと気がつくのと、意識が遠くなるのが

同時だった。

 ”あら、ずいぶんと正直な体ね……”

 アマリアの声を遠くに聞きながらヒロシは意識を失った。

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