第二十七話 チェンジ

7.誘われて


 (体がだるい……)

 タカシはのろのろと目を開け、枕元で耳障りな音を立てているスマホを手に取る。

 「朝か……」

 軽く頭を振って頭痛を振り払い、身支度を始める。

 (戻ってるよな……)

 トイレで自分が『男』であることを確認する。

 (……あれは幻覚だ……ヤバイ薬かなんかの……)

 自分に言い聞かせ、重い足取りで玄関を出た。

 
 書類の整理をしていると、ひな壇の上司が声をかけてきた。

 「今日は出社日か?」

 「書類を持ち帰れませんから……ヒロシもいませんし」

 『可能な限り家から仕事しろ』とのお達しだが、ペーパーレスは進まず、書類の持ち出し禁止はそのままだ。 ”どうしろと言うんですか” と文句を言えば、

”工夫しろ”と投げ返される。

 「ヒロシ君は……出張か」

 「昨日、客先に回ったら、お客様の本社の方で顔を合わせて相談したいと言われたらしくて」

 「困ったもんだ。 移動後に『隔離期間』があるのに」

 上司の文句は、客先に対してだろうと聞き流す。

 「ところで君、雰囲気が変わったな。 あ、プライベートに口をはさむつもりは無いよ。 ただ……なにか、気になったんでね」

 「そうですか? ああ、エステサロンのお試しに行ったので、そのせいかも」

 「あ、そう」

 軽く返したが、内心では冷や汗をかいていた。

 (アレか?……『女になる幻覚』のせいで女っぽくなったのか? それとも『薬』か何かで、顔色が悪くなったのか……)

 外回りの仕事を持っていると、外見も仕事の一部だ。 直接の査定対象にはならないが、業務成績に響くかもしれない。

 (もう行かない方がいいな……)

 
 「何で定時に仕事が片付くんだ」

 本来喜ぶべきことだが、仕事が減っているからとなると、心穏やかならぬものがある。

 昨日の様に机を片付け、家路につく。

 「飲んで帰るか、家で飲むか」

 迷いながら歩いていると、視線を感じた。 そちらを見ると、ひとりの少女がこちらを見ていた。

 「?……!!」

 顔色が変わるのが判った。 昨日の少年だ。

 (そんな?)

 昨日会った時は、『儚げな少年』だったのが、『ボーイッシュな少女』になっている。

 (落ち着け、女の子の服を着ているだけだ)

 自分に言い聞かせ、そばを通り過ぎた。 背後から少女の声がした。

 「つれないね、おじさん」

 「お兄さんだ」

 舌打ちして振り返る。

 (こいつは……)

 少女は薄く化粧をしていて、どう見ても女だ。

 「いかないの? お店」

 「誘いに来たのかよ。 お前……そうか、あの店の客引きだったのか」

 クスリと少女は笑った。

 「昨日はともかく、おとといは、おじさんたちが自分であの店を見つけたんじゃないの?」

 「お兄さんだ」 こだわるタカシ。

 「ふーん。 じゃあ、お兄さん。 誘われるのはいや?」

 いたずらっぽく笑う少女に焦るタカシ。

 「声が大きい」

 彼女の腕を掴み、近くの路地に連れ込む。

 「人目を考えてくれよ。 往来で、お前みたいな女の子に話しかけられたらどう思われるか」

 「親戚か家族だと思うんじゃない? 『おじさん』と呼んでるし」

 「そう思ってくれるればいいがな。 お前さんは人目をひくんだよ」

 そう、少女が実は『男』だからなのか、異様な雰囲気があり、結果としてやたらに目立っていたのだ。

 「ボクは構わないけど」

 「オレが構う。 まぁそれはそれとしてだ、今日は何の用だ」

 「さっき言ったでしょ。 いかないの?お店」

 「……いかない」

 その言葉を言うのに、自分でも驚くぐらいの抵抗があった。

 「どうして?」

 「どうしてもだ……お前、あの店はヤバイぞ! 今の自分を見れば、判るだろうが!」

 タカシの言葉に、少女が笑った。

 「なんか、大人の説教て感じぃ」

 「茶化すな。 俺はな、昨日あの店で……女になった夢をみせられた」

 「そう言うお店じゃない」

 不思議そうに小首をかしげる少女。 可愛らしい仕草に危うさを感じる。

 「お兄さんはな、おとといのショーはトリックだと思っていた。 昨日のお前さんにしてもだ。 こう、なにか……お前さん自身の体がそうなっているからじゃ

ないかと……」

 「『半陰陽』?」

 「ん、ああ……店でその、アマリアと会うまではそう思っていた。 それがあの……夢というか幻覚という……」

 「どんな?……」

 「どんなって……それは……」

 少女が顔を近づけてくる。


 ”どんな……夢?”

 ”どんなって……そう……体が……”

 ”体が?……どうなったの?……”

 ”こう……妙にふわふわして……なんか……あいまいで……”

 ”そう?……それで?”

 ”それで?”

 ”嫌な体験だったの?”

 ”嫌?……いや、そう言う訳じゃ……むしろ……”

 ”むしろ?”

 ”あれは……なんというか……”

 ”よかった?”

 ”え?”

 ”気持ち……よかった?……”

 ”気持ち……よかった……ああ……すごく……”

 ”そう……じゃあ……”

 少女がタカシの手を取る。

 ”もっかい……行く?”

 ”行く?”

 ”そう……”

 少女が笑う。

 ”女になりに……”

 タカシの中に甘い感覚が蘇る。 体の中が甘いクリームでいっぱいなり、柔らかく溶けていく様な快感が。

 ”ああ……行くとも……”

 タカシは自分の口から出た言葉を、どこか遠くで聞いていた。
   
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