第二十七話 チェンジ

4.体験談


 「有難うございました。 またいらしてください」

 ヒロシとタカシは呼び込みの女の声を背中に歩き出した。

 「なあ、あれ……」

 「多分、トリックとか……だよ」

 追加料金を払えば、その後のサービスがあると聞かされ、ヒロシとタカシはそのつもりでいた。 しかし、『レズショー』の内容に驚愕しそんな気は吹っ

飛んでしまった。

 「そうすると、店の前のやり取りはお芝居だったのか?」

 「……じゃないと辻褄があわない……いや、それだと未成年を風俗で雇ってることに……」

 答えが出るはずのない疑問と、もやもやした気持ちを胸に二人は家路についた。

 
 −−翌日ーー

 ヒロシは外回りの仕事に出かけ、タカシは書類の整理を行っていた。 一区切りついて顔を上げると、退社時間が過ぎていて、オフィスには1/3ほど

しか残っていない。

 「奴は……直帰か」

 デスクを片付けて、カバンを手に会社を後にする。

 「ふむ……」

 昨日の事を思い返しながら駅に向かう。 と、前を歩く人影が目に入った。

 「あれは……昨日の?」

 リュックを背負った人影は、昨日の店の前で見かけたあの少年だった。 タカシは歩調を緩め、少年の後を付いて行く。 少年は駅へのルートをそれて

路地に入った。 その後をついて路地に入りかけて、タカシは苦笑した。

 (と、なにやってんだ俺は)

 頭を掻きながら駅に向かいかけ、ヒロシとの会話を思い出した。

 ”トリックだよな、あれ……”

 「……」

 もう一度向きを変え、少年の後を追う。

 
 「こんな所に公園があったのか」

 ビルの間を抜けて行くと、小さな公園があった。 『緊急時避難場所』の看板があり、その左側には『ボール投げ禁止』『寝泊り禁止』等、ずらりと禁止

行為の但し書きが続き、公園の中が見えないほどだった。

 「いっそ立ち入り禁止にしたらどうだ」

 呟きながら公園に入った。 先に入った少年の姿が見えない。

 「?」

 どこに行ったと辺りを見回すタカシ。

 「誰?」

 背後から声を掛けられ、タカシはギクリとした。 平静を装いつつ振り返ると、入ってすぐの看板を背にして少年が立っていた。 タカシが答えるより先に、

少年がタカシを覚えていたようだ。

 「昨日、お店の前で見かけた人?」

 「あ、ああ」

 場所が場所なだけに、バツが悪い。 返答に困るタカシ。

 「ふうん? そうか、あの後お店に入って、見たんでしょう。 僕とお姉さんのアレ?」

 手を後ろに組み、うつむき加減で話す少年。 昨日のアレを見たためか、仕草が女っぽく見える。

 「……隠してもしょうがないか。 ああ見たよ。 あれがどういう仕掛けか、ありからずっと気になってたんだ。 たまたま君を見かけてね。 聞こうと思った

のさ」

 開き直るタカシ。 うつむき気味に聞いていた少年は、すいと顔を上げた。

 「お」

 タカシは初めて正面から彼の顔を見た。 目鼻立ちがくっきりとして、結構美形だ。 線が細く、はかなげな雰囲気がある。

 「女の子みたい、そう思った?」

 「え? まあね。 それより教えてくれよ。 アレは鏡とガラスのイリュージョンみたいなトリックなのかい?」

 「どうしてそんなことに興味があるのさ」

 「気になるからさ。 あの手の店で、そこまで凝った仕掛けを使うなんて思わなかったし……」

 少年はクスリと笑った。

 「そう……仕掛けはあるよ。 でもお兄さんの思ってるような仕掛けじゃないけど……」

 「へぇ……どんな」

 タカシの質問に少年は応えず、指を自分の襟もとに入れ、ずいと引き下げた。

 「え?」

 少年の胸元の白さが目に飛び込んでいた。 細身の体の割には、胸の辺りは厚みがある。

 「……いや、ひょっとして君、女の子なのか?」

 微か膨らみは、少女のソレに見えた。 顔を使づけようとして、はっと下がって辺りを見るタカシ。

 「ま、まさか……美人局」

 「なに、それ?」

 「い、いや。 しまえよ。 人前にさらすものんじゃないだろ」

 「うん、そうだね。 じゃあっちで見せてあげる」

 少年、いや少女(?)はタカシの手を掴み、公園のトイレに引っ張っていく。 タカシは躊躇ったが、好奇心に負け、一緒にトイレに入った。

 
 「な……」

 タカシは絶句した。 少女(?)は、トイレの中でズボンを下ろして見せたのだ。 そこには小さく縮こまってはいるが、男の証が息づいていた。

 「やっぱり男の子かよ……しかし、随分と……」

 「小さい? だろうね戻りかけだもの」

 「戻りかけ?」

 「仕掛けがあると言ったでしょう。 『アマリアさんのおっぱいを吸うと、体が女の子に変わる』という仕掛けがあるという意味だよ」

 「……よせよ、そんなことがある訳が……」

 否定しかけ、タカシは口をつぐむ。 目の前の少年から、異様な気配が立ち上る。

 「ほんとうだよ……僕の最初は信じなかった。 そう言ったら、『じゃあ体験してみなさい』と誘われたんだよ」

 「誘われた? あの女にかよ」

 呆れた様子のタカシに構わず、少年は自分の体験を語る。

 「一度は断ったけど、アマリアさんのおっぱいが吸えるなら、嘘でもいいかなって」

 それでいいのかなどと考えつつ、タカシは無言で先を促した。

 「最初は『すごく甘い』だけだったけど、すぐに男のアレが……溶けちゃうように気持ちよくなってきて……でも我慢したんだよ、。 アマリアさんを汚しちゃ

ダメだって」

 「えらいな」

 「そしたら『いいのよ、いって』って言われて、いっちゃたんだ。 そしたら、頭の中が空っぽ、ううん『気持ちいい』でいっぱいになったんだ」

 「……」

 「その後はアマリアさんに言われるまま。 おっぱいを吸って、アソコを舐めたり、舐められたり……女の快感って言うのかな? それをたっぷりと味わ

されたんだ」

 「女の快感……」

 「そう。 よかったよ、アレ。 お腹の中にが熱くなって。 訳が分からなくなるほど気持ちが良くなるんだから、そしてアマリアさんが、おっぱいから『女の

心』を飲ませてもらって……」

 「なんだ、それ」

 「んー、説明しづらいなぁ……ただ、なんだか頭がボーっとして、見ているものがあいまいになって……夢を見ているような気分になれるの」

 「……おい」

 タカシは重い息を吐き出した。 少年の告白に恐ろしいモノを感じたのだ。

 「お前、それ絶対に変だぞ。 なにか変な薬を注射されるか、飲まされたんじゃないのか」

 「飲まされたんじゃなくて、飲んだんだよ、アマリアさんのおっぱいを」

 「そういう話じゃなくてだなぁ……」

 「それに、お兄さんはクスリって言うけど、どんなクスリを使えば、男の体が女になるのさ」

 少年の反面にタカシは言葉を失う。 幻覚を起こす『クスリ』はあっても、こんなふうに体を変える効果のあるものは聞いたことがない。

 「そう言えば、お兄さんたちはあの後すぐに帰っちゃったんでしょ? もったいない」

 「もったいない? 何が」

 「アマリアさんか、他の誰かにお相手してもらえばよかったのに。 そしたら説明するまでもなかったのに……」

 「おい、待て! まさか……馬鹿言うな!」

 「声が大きいよ」

 タカシは慌てて口をつぐむ。 公園のトイレで、青年と少年がいかがわしい話をしている現場など、人に見られていいものではない。

 「そのアマリアと……してだなぁ、おっぱい飲まされたら女になっちまうんだろうが!」

 「トリックかなんかだと思ってるんでしょ?」

 「そ、それは」

 「信じてないなら、お相手してもらってもいいじゃないの? それにホントだとしても、時間が立てば男に戻れるなら。別にいいでしょう」

 タカシは改めて少年の体を見た。 目に見えて変化しているようには見えないが、昨晩見た体は完全な女の子だった。 それからすると、確かに男に

戻っている。

 「だからと言って、そんな怪しげな女と……」

 「あのお店の辺りに来るんだから、刺激が欲しいんじゃないの?」

 妙に大人びた事を言い、少年はタカシの眼を見た。 その瞳を見返したタカシは、少年の体験談に興味が湧いてくるのを感じた。

 「そうだな……確かに得難い体験かもしれない」

 「そうそう」

 「一度ぐらいなら平気か」

 「そうそう……じゃ一緒に行く?」

 「ああ……ちょっと待て、おまえ未成年じゃないのか」

 「さぁ?」

 タカシは、とぼけた少年の態度に舌打ちして不快感を示した。
   
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