第二十六話 山の女

3.秘薬


 吾作は『山姫姉』を見て目を剥いた。

 (で、でかい)

 『山姫』の身長は七尺あまりだったが、『山姫姉』は八尺を超えているだろう。 大柄な吾作が子供のようだ。

 「ほう、なかなかのものを下げておるのう」

 『山姫姉』がのっしのっしと歩み寄って来る……


 −−山裾の田んぼ−−

 日が傾き辺りが薄暗くなる頃、百姓衆は一日の仕事を終え、野良道具を片付けていた。 そこに吾作が茂作を背負ってやって来た。

 「おう吾作。 茂作はどうした? 怪我でもしたのか……おい、吾作お前どうした」

 吾作は人目をはばからずに大泣きしていた。 吾作は木の優しい男だが、臆病でも泣き虫でもなかったはず、百姓衆は驚いて二人の周りに集まって来た。

 「おら、おら……こんな悔しい思いをしたのは始めてだ……」

 「どうした吾作。 いかん、茂作は目を回しておるぞ」

 「吾作。 茂作を下ろせ。 だれか戸板を持ってこい。 茂作を家まで運ぶぞ」

 百姓たちは茂作を家まで運ぶと、吾作を伴って庄屋の所に行った。


 庄屋の家に百姓たちや木挽き衆が集まったが、人が入りきらないので隣の寺の本堂に場所を移し、そこで吾作の話を聞くことになった。

 「『山姫』が! あ、いや『山姫』様が出たとな」

 庄屋は壮年の男で、めったに感情を見せることがなかった。 その彼がひどく驚いて、吾作に『山姫』の事を尋ねる。

 「庄屋様ぁ。 おら、『山姫』ぇ……様って良く知らねぇが。 えれぇ人なのか?」

 若い百姓が言うと、若手の百姓が一斉に同意した。

 「若い奴らは知んねぇか。 『山姫』様は人じゃねぇ。 山に中に住む荒神さまだ」

 『神様!?』

 驚く若い衆の周りで、年食った百姓たちが渋面を作って、ひそひそと話始めた。

 「神様っつってもなぁ」

 「供物さ奉っても、気に入んねぇと機嫌悪うなるし……」

 「前に出たはおらがガキの時だったから、かれこれ四十年ぐらい前か?」

 「んだ、里まで下りてきて、酒だせ、男だせって暴れて」

 「酒癖は悪いは、男は喰い散らかすわ……」

 老爺の一人が漏らした言葉に、若い衆が目を剥いた。

 「ひ、人を食らうだか!」

 「いや、『喰う』っつても、寝屋の話だ」

 わいわいと騒いでる百姓、木挽き達を黙らせ、庄屋は吾作に話を続けさせる。

 「……『山姫』様は、おらのモノが立派だと褒めてくれただ。 そしたら『山姫』様の姉様がでてきて、今度は姉様の相手をさせられただ」

 「『山姫』様の姉様!? そんなのがいらっしゃったか?」

 「んだ、身の丈は八尺を超えてただ」

 『それはでかい』

 一同が声を揃えて驚いた。

 「おら、『山姫』様が満足してくれたで、『山姫姉』様もヨロ狐疑せられるかと思っただが……うう……」

 吾作がまた泣き出したので庄屋が宥めて話を続けさせる。

 「『小さい』の一言で……おら人に誇れることは何もないだが、こればっかりは人よりは大きいと……そこをけなされて……」

 おいおと泣き出す吾作を周りが慰める。

 「吾作のモノは、並みの女じゃ入り口すら通らねぇ。 それを小さいはなかんべ」

 「おおよ。 吾作のモノよりでかいやつは、この辺りには……いや『ひのもと一』の大物よ」

 おかしな慰め方をされる吾作を横目に、庄屋は何やら思案顔していた。 そこにこの寺の住職と、庄屋の親で今は隠居の身の村長(むらおさ)がやって来た。

 「庄屋殿、なにやら『山姫』なる怪異が出たとか」

 「和尚様。 『山姫』様は妖の類ではありませんぞ」

 「何を言います村長殿。 身仏の教えから外れた邪法の存在、聞けば酒をかっくらい、男を……その、おほん……とにかくそのようなものが山にいては

村に害があるやも」

 息まく和尚をなだめる村長。

 「前に『山姫』様が出たとき、先代の和尚様がおんなじことを言いましてな、代官所から同心、捕方とかいうお侍さまを呼んで山狩りをしましたが……」

 「そうするのが当然でしょうな」

 「お侍さまは全員『山姫』様に叩きのめされましてな。 その後怒り収まらぬ『山姫』様は寺までやって来て……」

 和尚が青い顔になってごくりと唾をのんだ。

 「ま、まさか……」

 「『山姫』様は和尚を本堂に正座させて、『仏に使える身で、乱暴狼藉をそそのかすなど不届千万!!』と和尚を説教すること一週間。 気の毒に和尚は

半死半生の様になりまして」

 妖怪に坊主が道を説かれては世話がない。 和尚は寺を去り、今の和尚の親がやって来たのだと、村長は話を締めくくった。

 
 「ときに親父殿」

 庄屋が村長に話しかけた。

 「昔のことはさておき、此度はどのようにしましょう。 里まで下りて来られては、面倒なことに」

 「そうよなぁ……過去帳を見てみたが、供物として食い物や酒を備え、機嫌ようお帰りいただくと、その後十年は豊作が続いたとかいうし……」

 「酒や食い物というてもなぁ、去年は不作で今年の刈り入れもまだまだ先……」

 庄屋は腕を組み、本堂の床や天井、百姓、木挽き衆と視線を巡らす。 その視線が、まだぐずっている吾作の背で止まった。

 「これ、吾作。 主は『山姫』様を……お世話して、満足頂いたのだな?」

 吾作は鼻を鳴らして頷いた。

 「んだでも『山姫姉』様は興ざめしてただ。 『山姫』はおらのモノにいい具合だったが、『山姫姉』様のは……あれだと、もうちびっと……」

 吾作は親指と人差し指の先を合わせ、少し開いて見せる。

 「こんぐらい、空きがある感じだっただ」

 ふむぅ……

 庄屋は腕を組んで、鼻息を吹き出した。

 (吾作のモノは人並外れておる。 それで足りぬとなると……梁型でも作るしか……)

 庄屋が黙っていると、隣に座っていた村長が吾作に声をかけた。

 「吾作よ。 ちと村のために頑張ってはくれぬか」

 「村長様ぁ、頑張るいうてもコレが太くできるわけでも……」

 「ある」

 村長がきっぱりと言い、皆の視線が村長に集まる。

 「『山姫』様は底なし。 そのお相手をするものは並みでは務まらぬ、それはおまえのいう通りだ」

 村長は腰に下げていたひょうたんを本堂の床に置いた。

 「このひょうたんには、男のモノに力を与える秘薬が入っておる。 これを飲めば、モノが普段の倍ほどになり、半刻は立ちっぱなしになるというものだ」

 それを聞いて、百姓、木挽き、和尚、庄屋までが目の色を変えた。

 「そ、それは凄い」

 「村長様、なんでかくしてただそんな凄い物ぉ」

 村長はじろりと皆を見回した。

 「いい事ばかりではない。 この秘薬を飲むと、血の巡りの勢いが増す。 年寄りが飲めば、卒中を起こしてアレが立ったまま『昇天』してしまうわ。 それに、

この薬は限られた場所に生えるコケからしかとれん。 これだけ作るのに、四十年かかった」

 村長の話を聞き、今度は皆引き気味になった。

 「そんな危ないモノ、飲むんだか?」

 吾作も嫌そうだった。

 「無理には勧めんよ。 他の誰かでも構わぬ。 ただ、お前は誇りを傷つけられたようなのでな。 もう一度挑む気があるかと思ってな」

 そう言われ、吾作も悔しさがこみ上げてきたようだ。 睨みつける様にしてひょうたんを見つめ、尋ねた。

 「村長様、この秘薬はなんて名前だ?」

 「男のモノを櫓(やぐら)に見立て、それを倍にするという意味で『倍櫓(バイヤグラ)』と呼んでおる」

 「『バイヤグラ』だか……」

 吾作はひょうたんを手に取り、栓を抜いて匂いを嗅いでみる。 ツンとした刺激臭と芳香がまじりあった不思議なにおいがした。
   
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