第二十五話 ART

 9.光


 「へぇ」

 ヒロシは感心した様子で双子を見比べた。 二人ともたいした事をしたわけではない。 ミキは顔を白っぽくして、微かに金色の粉を散らせ、サキは逆に

肌を黒っぽくし、目の縁にアクセントをつけていた。

 「さっきまではそっくりだったのに、今は別人だね。 双子と言われてもすぐには判らないよ」

 「そうですか?」「そお?」

 なんだか口調まで変わってきている。

 「サキ、少し言葉遣いが変ですわ」

 「ミキ、あんたが気取りすぎなんじゃない?」

 ヒロシが二人のやり取りに笑っていると、ルーシーがスーツケースを持ってきて、中からブロンドのロングヘアーのウィッグを取り出した。

 「ミキ、これを試してみますか?」

 「あら。 素敵なウィッグですのね」

 ルーシーはミキを鏡の前に座らせてウィッグをかぶせ、ヘアブラシで丁寧に整えた。

 「ほぉ」

 肌を白く、髪を金色にしたミキは、完全に別人だった。

 「女は化けると言うけど、凄いな。 おっとセクハラ発言かな」

 「かもね」

 微妙な感じでサキが相槌を打つ。

 「サキ、貴方も髪を変えてみます?」

 「面白そうねだけど……変わった色のない? 実際にはないような色の奴」

 「これはどうですか?」

 ルーシーはスーツケースの中から青い色のウィッグを取り出した。

 「コスプレ用ですか? 随分用意がいいですね」 呆れた様にヒロシが言った。

 「よさそうじゃない」

 気に入った様子のサキが鏡の前に座ると、ルーシーが手慣れた様子でウィッグを被せ始めた。

 「へえ……」

 「殿方が女性の化粧はを見ているのは感心しませんわ。 外でお待ちになって」

 ミキがヒロシを外に追い出してしまった。 妙に折り目正しくなったような気がする。

 ”いいじゃないの? こういうときにアピールしないと”

 ”けじめは必要でしょう”

 ”まぁ、お熱いのですね”

 (おいおい、初対面の人にそんな話をするか?)

 憮然としたヒロシは、廊下で腕を組んでサキのメーキャップが終わるのを待った。

 
 ”お待たせしました。 お入りになってください”

 (さらに礼儀正しくなったような……乗りやすいなぁ、ミキも)

 中に入ったヒロシは、瞬きして自分の目を擦った。

 「……こりゃすごい」

 青いウィッグをつけたサキは、顔全体をさらに浅黒くし、ついでに耳までとがらせていた。 ちょっと見た目には女の悪魔か何かのようだ。

 「その耳、つけ耳……ってあったけ……それにどうしたんだ、その衣装は」

 さっきまでTシャツにスラックスだったはずだが、今は黒いビキニを姿だ。 ヒロシは、むき出しになったサキの手足や腹、肩までが浅黒く塗られている

ことに気がついた。

 「ルーシーから借りたのサ。 どう? ビキニの下もみてみる?」

 サキは椅子に座り、足を広げてビキニ持ち上げて見せる。

 「よせよサキ! ルーシーさんだっているじゃないか」

 「そうですわ、サキ。 はしたないですわよ」

 「ミキだっているし……ミキ?」

 ミキに目を向けたヒロシは、再び目を見開いた。 ミキも衣装を変えていた。 薄く白い布を身にまとい、腰の辺りを金色の紐で止めている。 サキが

悪魔なら、ミキは女神のようだ。

 「こんな衣装まで用意していたんですか?」

 こっちは全然変わっていないルーシーに尋ねると、彼女は自分の『作品』を見比べながら答えた。

 「交代でモデルをやることにしていたの。 モデル用に用意してきてたのよ。 印象、変わったでしょう?」

 「ええ……」

 改めてミキとサキを見比べる。 顔の形はそっくりなのに、女神と悪魔にしか見えない。

 『……』

 ミキとサキが視線を交わした。 一瞬火花が散ったような気がした。

 
 「ヒロシ」

 ミキが手を伸ばす。 ヒロシはその手を取って、その甲に接吻した。

 「隣の部屋で話しましょう?」

 「はい……」

 さらさらと音を立てる衣装をなびかせ部屋を出るミキ。 ヒロシは当然のように彼女の後をついて部屋を出た。 後にはルーシーとサキが残る。

 「いいの?」 ルーシーがサキに聞いた。

 「ミキが先よ……いつもそう」

 サキはそう言いながらルーシーを見た。

 「こっちはこっちで……フフ……」

 サキの体から淫らな気配が立ち上る。 ルーシーは、冷たい笑いを返すと、自分の服を脱ぎ始めた。

 
 パタン

 扉が閉まる音がして、ヒロシは目が覚めたような気がした。

 「ミキ?」

 先に入ったミキが、ベッドに腰を下ろしている。

 「ヒロシ……愛を交わしましょう」

 ミキが腰紐をほどき、薄い着物をするりと脱ぎ捨てた。 サキのように体に色を塗ったのか、白磁のような裸身に金色の淡い光が纏いついている。 

 「いきなり何を言うんだ?」

 「おかしなことではありませんでしょう? 私達は肉の体を持つ男女。 好ましく思う相手であれば、愛を交わして当然でしょう?」

 そう言ってミキは立ち上がり、両手を広げた。

 「私を求めて」

 ミキの言葉は、頭に、いや魂に直接響くかのようだった。 ヒロシはミキとサキ、どちらにも好意を持っていた。 その部分に、ミキの求めが響く。

 「ミキ……」

 拒む理由はなかった。 魂が求めるまま、ヒロシはミキに近づく。 いつの間にか彼も全裸になっていた。

 「生まれたままの姿で、求めるままに……」

 ヒロシの両腕がミキを抱きしめ、薄い桜色の唇にヒロシの唇が重なる。

 「ああ……」

 優しく幸せな温もりが唇と腕に感じられる。 恍惚とした歓びに包まれた二人は、祝福の寝台に横たわった。

 「ミキ……」

 「ヒロシ……」

 互いの名を呼び、幼子のように互いを慈しむ。 静かで濃密な愛の営みが、寝台の上で進められていく。

 「ミキ……ミキ……」

 「さぁ……私を愛して……あなたの愛を……私に……」

 ヒロシ自身がミキを求める。 ミキはヒロシを愛の巣に誘う。 ヒロシは愛が満たした騎士の剣で、ミキの扉に開門を求めた。 ミキは祝福の笑みを浮かべ、

ゆっくりと門を開いた。

 「ミキッ!」

 突撃する騎士の勢いで、門の中へとなだれ込んだヒロシは、勢いのままに祝福の鉦を突き上げる。

 「ああーっ……ああーっ……あああーっ!」

 ミキは女神の歓びを持ってヒロシに応え、ヒロシの魂はその声に深い満足を覚える。

 「ああ……ああ……愛しい……」

 「ミキ……ミキッ……」

 二人は魂が繋がるような深い歓びに満たされ、寝台の上で果てた。
    
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