第二十五話 ART

 6.まじない


 「髪の毛を一本もらえるかしら」

 ミヤビ自分の髪に指を絡め、抜いた髪の毛をレイに渡した。 レイはその髪の毛を机の上の蝋人形に練り込む。

 「なんだか呪いの儀式みたいですね」

 レイは顔を上げ、ノブオの顔を見る。

 「当ってなくもないかもね。 この人形を当人に見立て、害を与えるのが呪いだから」

 ノブオは不安になり、念を押す様に尋ねた。

 「ミヤビに害はないんですよね」

 ミヤビがノブオの顔をちらりと見て、目を伏せた。

 「ただのおあそびよ。 なんなら、先に貴方が試してみる?」

 レイがいたずらっぽい眼差しでノブオを見た。 ノブオはためらいがちに自分の髪を抜いて、レイに渡した。 彼女の手の中で、二体目の人形が形を成す。

 「さて、これで準備できたわ。 はじめる?」

 「……ええ」

 
 レイは『ノブオ人形』を机に立て、顔を近づけた。 ノブオとミヤビはその光景を凝視している。

 フゥー……

 レイが『ノブオ人形』に息を吹きかけた。

 ゾクリ……

 ノブオの首筋にゾクリとした感触が走る。

 (え?)

 戸惑うノブオを一瞥しレイが『ノブオ人形』に囁く。

 「可愛いわよ、ア・ナ・タ」

 キュゥッ……

 ノブオの胸が熱く、苦しくなる。 めまいを感じ手を額に当てる。

 ……ノブオさん?

 ミヤビの声が遠い。 目を上げるとレイの顔が見えた。 視線が外せなくなる。

 「キスして……」

 ノブオはフラフラとレイに近づき、彼女に顔を近づけ……

 「やめて!!」

 ミヤビの声で、ノブオは正気に戻った。 後ずさってレイから距離を取る。

 「……レイさん? これ、まさか……」

 「そんなわけないでしょ? 雰囲気に呑まれたんじゃないの」

 とぼけるレイに厳しい眼差しを向けるノブオ。

 「ミヤビ、やめよう。 それ返してください」

 差し出したノブオの手をミヤビがとめる。

 「ミヤビ?」

 「……ノブオさん、見ていて……レイさん。 勇気だけ、ください……」

 ノブオが迷っていると、レイがミヤビの人形を机に立てて、顔を近づけ、囁く。

 ……勇気を出して……貴女の思いを……

 ん……

 ミヤビがノブオを見た。 いつになく真剣な表情だ。

 「ノブオさん……好きです」

 「ミヤビ……」

 こうなると予想しなかったと言えばウソになる。 しかし実際に言われてみると、かなり恥ずかしい。

 「うれしいよ……」

 「ノブオさん……」

 ミヤビがじーっとこっちを見ている。 熱のこもった視線に、目をそらしてしまう。

 ……もっと……迫って……

 「レイさん!? わっ」

 ミヤビが距離を詰め、ノブオの腕の中に飛び込んできた。 ミヤビを受け止めながら、目を白黒させるノブオ。

 ……心のままに……したいように……

 熱い吐息が顔をくすぐる、そちらを見ると目を閉じたミヤビの顔が近づいてくる。 避ける間もなく、唇が重なった。

 ン……

 ム……

 最初は軽く、次第に強く、二人の唇は重なり、互いを求める。

 ……次は……

 ヌルリ……

 唇を舐めるミヤビの舌。 最初はおずおず、次第に大胆に、ミヤビの舌がノブオを求めてくる。

 ……感じるままに……欲するままに……

 トスン

 背中が弾む。

 気がつけば二人は裸になり、ベッドに横たわっていた。 ミヤビの可愛らしい胸がノブオの胸に摺り寄り、申し訳程度の茂みがノブオ自身をくすぐる。 

ミヤビは大胆にノブオに抱き着き、しきりと彼を求めてくる。

 「ノブオさん……愛して……ミヤビを……愛して……」

 耳元でささやかれる声な、ノブオは抗うことが出来なかった。 求められるままに反応し、そそり立つノブオ自身。

 「きゃ」

 男の猛々しさに怯えるミヤビの悲鳴。 それをノブオは子猫の様だと思った。

 ……信じなさい……愛する男を……

 ミヤビの顔から恐れが消え、男を欲する女の顔になる。 初めてとは思えぬ大胆さでミヤビはノブオを掴み、自分の秘所へと宛がう。

 「来て」

 愛らしい顔に、妖しさのベールをまとったミヤビがノブオを誘う。 ノブオは、ミヤビを貫いた。

 「!!」

 破瓜の痛みにミヤビの顔がゆがむ。 が、瞬時に苦痛が消え、女の歓びがミヤビを満たす。

 「は……あぁ……」

 ゆらゆらと腰を揺すり、ミヤビはノブオを感じとる。 ノブオもミヤビに合わせて動き、ミヤビの奥を感じ取る。

 「あ、熱い……」

 「ああ……ノブオさんが……奥に……」

 愉悦の声を上げ、ミヤビがノブオの上で乱れる。 天女の如き愛の乱舞に、ノブオは一瞬すべてを忘れ、続いて熱い命の息吹を吹き上げた。

 うぁぁ……

 ああ……ああ……

 二人の熱い歓びが部屋を満たした。 二人は一体のオブジェの様に硬直し、それからベッドの上に折り重なった。

 
 「……『愛する男女の像』…ふむ、陳腐かしら……」

 レイの声にノブオは跳ね起きた。

 「……な、なんてことを……」

 頭を抱えるノブオの横で、ミヤビが気だるげに目を開けた。

 「ノブオさん?」

 「ごめん、ミヤビ」

 謝るノブオに、ミヤビは不思議そうな声を上げた。

 「どうして謝るのですか? ミヤビは思いを遂げられてうれしいのに」

 率直な物言いに、ノブオの苦悩が深まる。 それを見るミヤビの困惑は一層大きくなった。

 「どうして?……まさかミヤビが嫌いなのですか?」

 「そうじゃない、そうじゃないんだ!」

 レイに操られてミヤビと一線を越えてしまった。 それがノブオに自責の念を抱かせているのだが、ミヤビにはそこまで判らないようだった。

 「これでご満足かしら?」

 レイの問に、ミヤビは無邪気な笑顔で応える。

 「はい、頂いた勇気でおもいをとげられました……」

 最初は笑顔だったミヤビだが、ノブオがまだ頭を抱えているので、なんだか悲しそうだ。

 「彼氏はまだ満足していないようね……もう一度してあげたらどうかしら」

 「ああ……それが良いかもしれませんね」

 邪気の無いミヤビの言葉に、ノブオは心が冷えていく様な恐れを覚えた。
    
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