第二十五話 ART

5.人形


 『タカシ』だったモノは顔のないマネキンのような形になった。 キョウコは『タカシ』の周りをぐるりと周り、顎に手を当てる。

 「たくましい方がいいわね」

 彼女は『タカシ』の肩、腕、腹部を撫でる様にこね回す。

 ゥゥゥ……

 唸る『タカシ』の腕が膨らみ、腹筋が割れる。 両肩が盛り上がり、筋肉の形が浮き出てくる。

 ウッ……

 『タカシ』がよろめいた。 キョウコは慌てて『タカシ』をベッドに座らせる。

 「バランスが悪かったわね。 足腰もしっかりしていないと」

 キョウコは、『タカシ』の足先から太腿にかけてをこね回し、がっしりした足腰の形を作った。 こね回された足の間から、タケノコのように突起が伸びてくる。

 「ふふっ、感じているの?」

 ゥゥゥ……

 『タカシ』は不気味に唸り、生えた突起がビクビクと震える。 それをキョウコが熱い眼差しで見ている。

 「じゃあ、しっかりと形を作らないと……」

 キョウコは『タカシ』自身に細い指をからませ、爪の先で引っ掻く様にして形を整えていった。

 アウッ……

 ツルンとした突起にくびれが生まれ、精密な男のモノへと形が変わっていく。 それも、元のサイズの倍はあろうかという巨根だ。

 ウーッ……

 「ああ、声が出せないとつもらないか」

 キョウコは、のっぺらぼうのような『タカシ』の顔の下半分を撫でた。 そこに口ができ、『タカシ』はしゃべり出した。

 「はぁ、はぁ……ああ……ああっ……」

 「あんまり変わらないか? ふふっ……ねぇ、どうしたいの?」

 キョウコは『タカシ』の頭に顔を寄せた。

 「ほ、欲しい……欲しくてたまらない……」

 『タカシ』には目も耳もないが、周りの様子はわかり、キョウコの声も聞こえているようだ。

 「そうでしょうね……そこは念入りに仕上げたから……」

 『タカシ』は、やたらリアルなイチモツと、口以外は、マネキン人形の様な異形の人形に作り変えられてしまった。 キョウコは『タカシ』の腕に首を回し、

ベッドへと倒れ込む。


 「ふん、ふん、フンンン!!」

 「あっ、あっ、あっ!! いい!! 奥まで来てる!!」

 『タカシ』は、その逞しい体と巨根を駆使し、キョウコを責め立てている。 ベッドの上で、キョウコは激しく悶え、『タカシ』のモノを深々と咥えこんでいる。

 「ああ、いい!! 柔らかくて、熱い!!」

 『タカシ』はただひたすらに腰を動かし、キョウコを求める。

 「いく……いく!?」

 「い、いっしよに……あーっ……」

 二人は互いを力いっぱい抱きしめ、絶頂に酔い、果てた。

 
 ベッドの上に転がっていた『タカシ』は、むくりと起き上がり、ペタペタと自分の体を触る

 「……なんだ……なにが……」

 戸惑う『タカシ』にキョウコが背中から抱き着き、その体に軽く爪をたててゆっくりと引っ掻く。

 「う?……ああ……」

 『タカシ』の口から戸惑いの言葉が消え、愉悦の呻きが漏れ始める。

 「くふふふ……まだ、余計な戸惑いが残っているようね。 無理もないは、『私』も最初はそうだったもの……」

 キョウコは『タカシ』のモノに舌を這わせた。 力を失っていたモノが、みるみる力を取り戻す。

 「や、やめ……ああ……」

 「気持ちよくなってきたでしょう? もうなにも考えられない……」

 キョウコは再び欲望の人形になった『タカシ』を誘う。

 「さぁ……もっとしましょう……私の肉粘土人形『タカシ』……」

 「ああ……」

 『タカシ』は獣のようなうめき声をあげ、モノをキョウコに突き入れた。 

 
 「ミヤビ。 こっちにいってみよう」

 「うん」

 ノブオとミヤビは3Fに来ていた。

 「ここでは蝋人形を作ってるって」

 「うん……」

 ミヤビはおとなしい女性だった。 消極的で、口数も少ない。

 「ここかな」

 『303』と書かれた部屋のドアをノックした。

 ”誰?”

 「すみません……えーと、見学者です」

 ”え? ああ、そう。 入っていいわよ”

 ドアを開けると、ロウソクの匂いが立ち込めていた。 中にはショートカットの赤毛の女性が、前掛けをつけて作業をしていた。

 「初めまして」

 ノブオとミヤビは自己紹介をした。 赤毛の女性はレイと名乗った。

 「本当に蝋人形を作っているんですか?」

 「蝋人形と言うより、ロウで雛形を作るの。 それから、型取りにも使うわ」

 「型ですか?」

 レイは、手を休めて二人の方を見た。

 「ブロンズ像や石膏像を作るとき、ロウや粘土で使って型を作るのよ」

 「へぇ」

 「奈良の大仏様もそうだったはずよ。 ロウで形を作り、周りを粘土で包んで、火で温めてロウ溶かし、最後に銅を流し込むの」

 「そんな風に作ったんですか? パーツに分けて作り、組み立てたのかと思いました」

 「頭の巻き毛は、1つずつ作ってパーツをはめ込んだらしいけど、大仏本体は一体成型だったらしいわ」

 「大変じゃないんですか?」

 「大きな金属のパーツを繋ぎ合わせる方が大変でしょう。 今と違って溶接も、ボルトもないのよ」

 「そういうものですか」

 ノブオはテーブルの上に目を止めた。 20cmほどの蝋人形が2つ並んでいる。 レイはその人形を整形していたようだ。

 「色付けはしないんですか」

 「これはポーズを検討するための試作品だから。 それを参考に絵をかいたり、大物を作るの」

 「へぇ……」

 興味津々でノブオが身を乗り出し、ミヤビも背後から蝋人形を見つめている。

 「人形が好きなの?」

 「特別好きという訳ではないです。 でもこれはなにか……興味をそそられますね」

 「そう? まぁ、人の形をしているものだからね。 本当かどうか知らないけど、西洋には蝋人形を使ったまじないがあるそうよ」

 ノブオは顔を上げてレイを見た。

 「まじない? 藁人形みたいに誰かを呪うんですか? 物騒ですね」

 「呪いに使うこともあるけど。 恋のおまじないに使うとか、災厄の身代わりにするとか、そういう使い方らしいわ」

 ノブオは蝋人形に視線を戻した。 そう聞くと、ただの蝋人形が特別なものに見えてくる。

 「へー……レイさんもそのまじないって使えるんですか?」

 「ええ」

 冗談のつもりが、あっさり肯定されノブオとミヤビが目を丸くした。

 「……冗談ですよね?」

 「そう思う?」

 表情を消したレイがこちらを見ている。 ノブオは気味が悪くなり、ちょっと引いた。

 「……どんなまじないができます?」

 唐突にミヤビが尋ねた。

 「人を変えるまじない、かな? 恋心をくすぐるとか、勇気をださせるとか」

 レイが微笑し、ノブオはほっと息を吐いた。 それならただの『おまじない』の範疇だ。

 「……勇気……わたしにかけて……もらえます?」

 「ミヤビ?」

 ノブオは戸惑ったようにミヤビを見た。 彼女は真剣なまなざしでレイを見ている。

 「……いいわよ」

 レイは微かに笑う。 ノブオはその笑みになぜか不安を覚えた。
    
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